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迅雷の逆襲譚〈ヴァンジャンス〉  作者: らーゆ
第5章 ■■の■■■
122/164

第15話 二回戦第六試合 爛漫院オウカVS龍上キララ/わたしが誰よりも憧れているのは




 試合前、リングへ連なる通路にて。


「よし、どうやら前回程は怖気づいていないな。前の試合で自信をつけたかい?」

「……ちょ、それもう言わないで欲しいんですけど……!?」


 ヤクモの言葉に顔を赤くしてしまうキララ。

 一回戦、零堂ヒメナとの試合前。これまでずっと努力とは無縁だったキララは、努力を重ねたことによるプレッシャーに不慣れだったために、泣き崩れてしまった。

 その際、ヤクモの『姉弟子命令』でジンヤはキララを抱きしめ、彼女の頭を撫でてくれた。


 あれは嬉しかった、死ぬほど嬉しかった。

 ――だが、死ぬほど恥ずかしかった。

 なので今回はジンヤ達には先に送り出され、ヤクモだけに最後まで残ってもらった。


 無様を見せるなら、せめてジンヤには見られたくない。そして幸い、ヤクモにも情けないところを見せないで済みそうだった。


「自信なんて……全然。むしろ不安のがいっぱいなんスけどね……」


 零堂ヒメナに勝利したことにより自信がついたかどうか。それはわからないが、しかし彼女に勝ってしまったことでよりプレッシャーが増したという実感はある。

 今でも思う。あの試合、負けていてもおかしくはなかった。ヒメナの方が、勝ち上がるにふさわしい騎士だったかもしれない。何度も何度も、そんなことを考えてしまう。

 ――だが、それは彼女にも失礼だ。

 そんな下らない弱気で、あの試合を汚したくはない。

 

 自分がここにいるのに相応しいのか。そんなことはわからない。それでも、相応しいと信じて挑むしかない。


 ――「アンタブッ倒して、兄貴もブッ倒して、あの金髪とか銀髪のすかしたやつらもブッ倒して、刃堂ジンヤもブッ倒せば、もうアタシはそこらへんの取るに足らないやつじゃない」


 


 あんな大口を叩いたのだ。

 不安なのはいつものことだ。今更足踏みしたところで仕方がない。


「不安ですけど――でもまあ、勝ってきますよ」


 強がりだろうが、にっと不敵に笑って、キララはヤクモに背を向ける。

 横に立つ相棒、魂装者アルムであるユキカと頷き合う。


「よし、それじゃあ勝ってくるといい!」


 ばんっ、とヤクモがキララとユキカの背中を力強く叩いて送り出す。



「……クモ先輩力つよー。……アタシはララと違って繊細なんで加減して欲しいです」

「ユッキー、それどーゆー意味!?」



 相棒の聞き捨てならない言葉に笑いが生まれ、多少リラックスも出来た。

 そして歩みだす二人。

 どれだけ不安を抱えていようが、胸を張って、せめて歩みだけは力強く。



 □


 

 武装化させた魂装者アルムを構え、睨み合う二人。

 キララは二刀、オウカは一刀、両者の武装はそれぞれ刀。


 二人のステータスはこうだ。


     龍上キララ  爛漫院オウカ



 ランク  B       C

 攻撃   B       C

 防御   B       D

 敏捷   C       C

 拡散   C       B

 出力   B       C

 精密   C       A





(一応、ランクはアタシが上。でも当然、その程度じゃ安心できない)



 キララは事前に頭に入れたデータを確認しておく。

 オウカのステータスは確かにそう高くない。だが彼女は一回戦でキララと同程度のステータスであるルピアーネに勝利している。


 それに、『拡散』の項目では負けている。

 彼女の扱うあの桜の刃――あれと撃ち合えば手数で押し切られてしまうだろう。


 こちらが射撃戦でメインにしている氷杭は、威力や弾速など『出力』に関係する部分では勝るかもしれないが、手数と自由度では大きく劣る。


 狙うなら近接。

 恐らく――いいや、雨谷ヤクモの教えを受けた者として、剣戟では絶対に負けない。


(そうなるとまずはどう接近するかだけど……)


 一回戦で零堂ヒメナに使った水蒸気での目くらまし。

 あれはただ使っても・・・・・・効果はないだろう。

 視界を封じた状態で、キララが熱感知で相手を探れるように、相手は《音》による反響定位でこちらの動きを探れる。


(桜刃の特性を考えるなら、まずは……、)

 

 □


 キララが思考しているように、当然オウカもまたどうキララを崩すかに考えを巡らせている。


(こちらの優位は射撃戦。まずは序盤にどれだけそこで削れるか……。そして相手もそれは承知のはず。確実に近接戦を狙ってくると思いますが……)


 まずは間合いが空いた状態でどこまで優位に立てるか。そして如何に近づけないかだが――それでも彼女は、どうにかして近接戦に持ち込んでくるだろう。

 そうなった時、オウカはどう対処するのか――。


(大丈夫――はあります)


 ――龍上キララは、強い。

 なにせあの零堂ヒメナを倒している。

 ルピアーネには悪いが、こちらの一回戦の相手である彼女と零堂ヒメナが戦えば、恐らくは零堂ヒメナが勝利していただろう。

 が、それはこちらとしては僥倖だ。

 一回戦でキララが強敵と当たってくれていることは、オウカにとって有利に働く。

 ヒメナ戦で彼女の動きは概ね把握できている。

 そしてこちらは、一回戦で切っていない手札が温存できていた。

 仕掛け・・・は上手く作用しているはずだ。

 

 二回戦からは、一回戦を踏まえた上での戦いとなる。ここで一回戦どう戦ってきたかの差が表れるが――オウカは、今回のトーナメントの組み合わせに関していえば自分に有利に働いていると確信していた。


 □


 ――――そして、『Listed the soul!!』と開戦が告げられ。


 キララとオウカが、同時にそれぞれ術式を発動。

 キララは火炎を放ち、オウカは桜刃を放った。


 火炎と桜刃が激突――そして、火炎が花びらを燃やし尽くしていく。


「……よし」

 

 まずは予想通り。

 桜刃は耐熱性が高い訳ではない。《火》でなら相性差で押せる。


 以前のオウカとの戦いでは、キララは『精密』に難があり相性差があろうとも桜刃を防ぎきれなかった。

 オウカからすれば、操作性の低い火炎など躱してしまえばいいだけだ。

 

 今ならどこまでやれるか。

 ともすれば射撃戦でもある程度戦えるようになっているだろうか――。


 が、直後。

 キララはその考えが甘かったことを知る。


 ――――桜刃が四つに分裂。キララの火炎を躱して、彼女へ迫る。


「……くっ」


 火炎の操作が追いつかない。

 キララの火炎を置き去りにして、桜刃が迫る。

 




 火炎を手元に戻す――間に合わない。


 火炎を新たに展開――間に合わない。


 氷で盾を――却下。

 一時的には防がれるが、確実に削り取られる。足を止めればさらに大量の花びらに囲まれてしまう。


 刀で斬り裂く――不可能だ。

 桜刃は花びら一枚一枚が連なって形成されている。刀で一度に全てを斬り裂くことはできない。

 




 ならばどうするか――



 いずれにせよ、オウカに接近するには、この咲き誇った結界を突破しなければいけなかった。


 刀に炎を纏わせ、振り下ろし――同時、足元を爆破させ、前方へ踏み込み一気に加速。


 桜刃を斬り破りながら、オウカへと肉薄。


 ただの斬撃では桜刃に通用しなかっただろうが、炎を纏わせることで自身の体を通す程度は削ることが出来た。

 それでも、ノーダメージというわけにはいかない。


 キララは全身に細かい切り傷を負ったが、この程度で接近できたのなら安いものだ。


(痛みで多少太刀筋が鈍るかもしれないけど……それでも、剣戟でなら負けない……ッ!)


 無傷で勝てるなどとは最初から思ってない。

 近づくまでにもっと大きなダメージを負っている可能性の方が高かった。

 

 ここまでは、理想的。

 キララにとって、重要なのはここからだ。


 右の刀による振り下ろし。オウカは最小限の動きで外側へ弾き、素早く刀を戻す。

 戻しが速い。

 こちらが二刀あることは意識出来ているようだ。

 少しでも刀を戻すのが遅れれば、こちらは二刀。どちからの刀の対処に手間取った時点で、もう片方の刀が相手を捉える。

 

 キララの次撃は、左による刺突。


 オウカはこれも先刻同様に防いだ――だが。


(――甘い)


 防いだが、防ぎ方が悪い。

 オウカは両手で思い切り刀を振り抜き、キララの刺突を弾いた。

 強振してしまえば、それだけ戻しが遅くなる。そうなれば隙が生じる。


 そして、キララはこの隙をついて勝負を決めにかかる。


「……し、まっ、……」

 

 目を見開くオウカ。


「遅い――――《業火/逆襲一閃アウスブルフ・ヴァンジャンス》」


 外側へ弾かれていた右手を魔力で覆って爆破。

 その勢いで強引に斬撃を繰り出す。




 一閃――――。




 キララの刀が、オウカの左手を肘先から切断。

 オウカは左手を仮想欠損。

 これでもう、彼女はここから右手一本で戦うしかない。


 □


(マズい……マズいマズいマズい……マズいです……ッ、ここでこんなダメージは完全に計算外……ッ。片手じゃ龍上キララには剣戟で絶対に勝てない……ッ!)


 いくつかあったオウカの策、そのうちの一つは『キララに剣戟でなら勝てると思わせる』ことだった。

 確かにオウカが得意とするのは遠距離。近接が苦手なのは事実だ。

 だが、まったく出来ないという訳ではない。ルピアーネとの戦いでは伏せきったその事実が、ここで活きてくるはずだったが――、近接におけるキララは想定以上に強かった。


 曲りなりにも、キララに膂力では大きく劣るオウカが彼女と打ち合うことが出来ていたのは、二刀と一刀の差によるものだ。

 オウカは一刀、両手から刀へ魔力を注げる。対してキララは片手のみ。いくらキララのが高い膂力を持っていても、片手の彼女には打ち負けない。


 ――が、ここでの仮想欠損は致命的。


「これでは、もう……」



 大きく後方に飛び退って距離を取る。

 片膝をついて、斬撃を受けて今も仮想の激痛が走る左手を抑え込む。

 彼女の零した言葉に、諦めが滲む。

 


《これではもう……なんだ? まさかもうダメだとでも?》

 


 瞬間、魂装者アルムであるリンネの声が、オウカに突き刺さった。


「……ッ、そんな訳ないじゃないですか! でも……ッ!」


 諦めない。諦めるなんて、あり得ない。

 今までどれだけ諦めるなと歌ってきた?

 今までどれだけ挫けそうな人を支えてきた?


《……なあ、オウカ……挫けそうな時、きみは誰のことを思い出す?》


 ――誰のことを?

 

 リンネの問いの意図が掴めず、少し戸惑う。

 

 ファンだろうか?

 リンネだろうか?


 それもある。それもあるが、なによりも――


 ――――あの女・・・・だ。


 誰よりも憧れて。

 誰よりも憎んだ。

 

 諦めて・・・、自分の前から消えてしまった女。




《……オウカ、きみがそうしていつだって彼女を思い出すように、わたしは――》


 □

 

 朽葉リンネに、オウカ程のアイドルへの情熱はない。

  

 幼少期から何事も他者よりそれなりに上手くこなせてしまう故に、リンネには情熱というものが欠落していた。

 そんな彼女が、初めて本気になれることを見つけたと思えた。

 そのきっかけをくれたのがオウカだった。

 

 ――「……え、だってリン、とにかく顔が良いじゃないですか」

 ――「だってオウカ、きみの顔はとにかく良い。わたしと並ぶのにふさわしいと思った」


 だが、それでもやはり、リンネはオウカと比べてしまえばその情熱は薄い。

 だから簡単に挫けそうになる。

 

 アイドルと魂装者アルムの両立は、厳しかった。

 アイドルと騎士程ではないだろうが、それでもとにかく忙しい。


 歌を覚える、ダンスを覚える、次に出るバラエティ番組の打ち合わせ、PVの撮影、SNSでファンへサービスをしつつ、次に更新するブログの文面も考えて――そうやってアイドルとしてすべきことをこなしつつ、同時に常に、頭の片隅で次の試合のことも考えなくてはならない。


 どうすればもっと強くなれるのか。

 魂装者アルムは騎士に比べ楽だと思われがちだが、そうでもない。

 常に自身の武装形態のイメージを確立しておかないとならない。それには毎日仮想展開した武装をチェックし、イメージのメンテナンスを行う。

 武装換装の速度を高めるための訓練も欠かせない。

 高速で行われる戦闘に対応できるような換装を実現するには、何度も何度も、武装の形状を変化させる工程をイメージし、実際に仮想展開した武装で練習を繰り返して練度を高めなければならない。


 時々どうしてこんなに辛いことをしているのだろうと思うこともある。


 元から人付き合いが上手い方ではなかった。

 向いてない、と何度も思った。

 常に愛想の良い笑顔を振りまいて、大して面白くもない話にも真剣に相槌を打っているオウカを見て、自分とは違うと何度も思った。


 やめたいと、思ったこともある。

 せめて、騎士かアイドル、どちらかに絞るとか。


 別にオウカが求めるほどの強さがなくてもいいのだ。

 アイドルでも芸人でも作家でもそうだが、人気が重要な職業は、本業とは別の特技があるとなにかと便利だ。

 だが――別にそれは、高い練度を誇っていなくても良い。

 特にアイドルにおいてはそうだ。

 アイドルにしてはすごい。こんなに可愛いのに、そんなこともできるんだ――その程度でいいのだ。


 オウカが少し桜の花びらを出して操って見せれば、それだけでスタジオは拍手に包まれるだろう。

 その程度で、いいはずなのに。


 ――――「ダメですよ?」


 前にオウカに聞いたことある。

 『程々じゃダメなのか』と、そう聞いた。


「ちょっと出来る程度じゃ強みになんかならないですよ……というか、もうそういう次元でやってないですから」


 別に『アイドルとしては強い』くらいでよかったのかもしれない。

 だがあの女はそうではなかった。

 風祭マツリは、アイドルとしても、騎士としても、今の自分よりも遥かに上だったから。

 

 だったら、こんなところでは止まれない。


 それに、アイドルとか関係なく、騎士として負けたくない相手だっている。


 龍上キララ。あの女には負けられない。アイドルの仕事が忙しくて鍛錬が足りなかったので負けました――なんて、絶対にありえない。


 アイドルの仕事は、騎士をやる上でマイナスばかりではない。

 ダンスや殺陣の稽古は、そのまま騎士としての動きの良さにも繋がる。

 歌う際に集中力を高める作業など、術式構築へ応用できたりする。


 風祭マツリの真似をしているだけかもしれない。

 ただの話題作りで突飛なことをしているだけに思われるかもしれない。


 それでもオウカにとっては――、一見無関係に思える二つが、どちらか欠けても己ではなくなる大切なことだったのだ。


 ずっとオウカと共にやってきて、リンネにもそのことが理解できてきた。

 

 だから――。


 □


 ――《……オウカ、きみがそうしていつだって彼女を思い出すように、わたしは――》


 はっきり言ってしまえば。


 オウカがあれ程執着している、呪いの如き憧憬と復讐の相手である風祭マツリなど、リンネにとってはどうでもいい。


 リンネにとって大切なのは。





《わたしは、いつだってきみを思い出すよ。挫けそうな時思い出すのは、きみの笑顔だ。わたしが誰よりも憧れているのは、きみだ》





「……そんなの、こんな時に……」






《こんな時だからだ。オウカ、きみが風祭マツリを許さないように……もしもきみが諦めたら、わたしはきみを一生許さない》






「…………ふ、ふふ、……ふふふふふ……」


 リンネの言葉を受けて、気味の悪い声で笑い始めるオウカ。


《どうした、ついにおかしくなったのか?》


「ハッ、なんてこと言うんですか、そんなわけないでしょう。ふふ、ふふふ……おかしくてしょうがないに決まってるじゃないですか……リンがそんなこと言うなんて、ああ、本当に、やっぱり……私の目に狂いはなかったですね」

《……どういうことだ?》


「――リン、あなたに出会えて、本当によかった」


 立ち上がる。


「――あなたがパートナーでよかった」


 残されたのは右手のみ。

 だがそれだけあれば十分だ。

 

「――あなたに一目惚れしてよかった」


 それだけあれば、最高の相棒を握りしめることができる。


「そこまで言われて、諦められる訳ないじゃないですか。……まあ、元から諦めてなんていませんけど?」

《本当かい? ――でも、それでこそだね》


 いつもの強がりが吐ければもう安心だ。


 ――キララが放った氷杭が飛来する。


 桜刃を操り、氷杭を全て粉々に砕いた。

 オウカを彩るように、氷の破片が美しく光を反射して輝く。


 爛漫院オウカに、諦めなど許されない。

 だが、どれだけ心を奮い立たせたところで、絶望的な状況は好転しない。

 

 オウカは《主人公》ではない。

 どれだけ強い想いがあろうが、それは一切世界へ作用しない。なんの現象も引き起こさない。 それ自体にはなんの力もない。


 だが、絶望的な状況でも諦めずに思考を続けるには、強い想いが必要だ。


 この想いが、諦めを許さなかった。


 それにより続行された思考。


 思考が、活路を見出す。


 状況は未だ絶望的。





 ――――だが、逆転の活路はもう見えている。







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