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迅雷の逆襲譚〈ヴァンジャンス〉  作者: らーゆ
第5章 ■■の■■■
120/164

第13話 二回戦第八試合 電光セッカVS輝竜ユウヒ









 レヒト・ヴェルナー対斎条サイカの決着がついた瞬間の出来事だった。






 輝竜ユウヒは、次の相手が決まるこの試合には当然注目していた。

 決着の瞬間、突然彼の魂装者アルムである刀が輝きを放ち――



 ――――ドクンッ……。



 脈打つような、不可思議な魔力の揺らぎだった。



「……これは、一体……」



 前にもこの感覚はあった。

 あれは確か――。




 □






 二回戦最後となる第八試合――電光イナミツセッカ対輝竜ユウヒ。


 セッカは一回戦の試合、0コンマ9秒での大会最速勝利記録に、誰よりも衝撃を受けている。

 スピードに拘りを持つ彼だからこそ理解してしまう。

 

 ――輝竜ユウヒは、別格だ。

 ――自分はきっと、ここで負ける。


 そう思ってしまう理由はもう一つある。

 理由としては、むしろこちらの方が本命。





 なぜならユウヒと対峙した時の感覚は――。





 □


 



 『Listed the soul!!』――その合図を、絶対に聞き逃すな。



 集中しろ、感覚を研ぎ澄ませ、この一瞬に全感覚を注ぎ込め。




 ――――セッカは、ユウヒが確実に自分よりも強いと理解した上で、なお諦めてはいなかった。

 諦められるはずがない。

 ゼキとセイハが――自分が必死に追いかける二人が、あそこまで熱い戦いをしているのに、自分が簡単に全てを投げ出せるはずがない。

 彼らは互いのこと、簡単に勝てる相手だと思っていただろうか。

 こいつには勝てない――互いに互いを超えがたい壁だと認識しながら、それでもこいつにだけは負けたくないと、そう思って戦っていたのではないだろうか。

 

 そんな戦いを見た自分が。

 あの二人を追いかけた自分が。


 ――――こんなところで、諦められるはずがないのだ。


 ゼキは絶対に上がってくる。

 刃堂ジンヤが、黒宮トキヤが、赫世アグニがどれだけ強いかは知ったことではない。

 彼はいつだって、絶対に勝てないと言われる相手を殴り飛ばしてきた。

 ――そんな相手こそ、彼がなによりも殴り飛ばしたい相手なのだから。


 自分も同じ。

 龍上ミヅキも、レヒト・ヴェルナーも――そして、輝竜ユウヒも、相手が誰だろうが関係ない。どれだけ勝率が絶無だろうが、どうだっていい。


 試合開始前――純粋な、魔力の介在しない集中力のみで、セッカの意識は極限まで研ぎ澄まされ、彼の世界が色を失い、空気は粘性を帯びていく。


 ――――『Listed the soul!!』


 それが響いた刹那、一切のタイムラグなく両者は始動していた。



 ユウヒは《閃光一刀エクレール》のモーションから疾走開始。


 セッカは《思考加速》と《肉体加速》を発動させつつ、全力で右へ跳んだ。

 集中力のみで粘性を帯びていた世界が、さらに《思考加速》によりさらに深く沈んでいく。

 水底のごとき、全てが緩慢に動く世界。


 ユウヒは右手で左腰の刀を抜き放ってくる以上、セッカから見て刀は右方向から迫る。


 後方や左で進めば、そのまま追いすがられてしまうが、右へ避け、刀を躱すことさえ出来れば確実に抜刀直後でがら空きになる相手の左脇腹へ蹴りを叩き込むことができる。


 が、少しでも遅れればそのまま切って捨てられるリスクがある。


 結局の所、スピード勝負。

 本当の意味でスピード勝負を仕掛けるのならば、こちらも攻撃を加えればいいが――そうすれば確実に敗北すると、一回戦の試合を見て痛感している。

 西部劇めいた早撃ち勝負から――なによりも己の拠り所にしていた速度の勝負から、セッカは逃げた。

 それでも、そこまで無様を晒しても、己の一番大切なものをかなぐり捨ててでも、勝利の可能性がある手段を選んだ。


 そして。


「――――ッ!」


 息を呑むユウヒ。


 彼の刃が――空を切る。


 躱せた。

 つまり、がら空きのユウヒへ、攻撃を叩き込める。



 

 ――――勝てる。


 右方向へ跳躍し、着地の際に曲げていた右膝を解放し、左足を軸に、右足を振り上げる。





 右中段蹴り――入る。





 ――――かに思われたが。





 ――――直前、ユウヒは逆手で持った鞘でセッカの蹴りを弾いた。


 鞘は蹴りによって弾き飛び、ユウヒの手から離れていく。

 

 これで勝負は如何に次撃を放てるかに持ち越された。

 ジンヤ対ミヅキにおける、《迅雷一閃エクレール》と《雷竜災牙アドヴェルサ》をぶつけ合った際の状況に近いか。


 互いに体勢は悪い。が、ユウヒは崩れた体勢のまま、抜刀の際のエネルギーをそのまま利用して、右足を軸に体を捻って回転。

 

 セッカはその動きを《思考加速》により把握していた。

 このままでは、確実にユウヒの方が速い。




 どうすればいいか。

 《思考加速》で焼き切れそうな頭をさらに酷使し、考えて、考えて――見つけた。




 現在、セッカの右足は、ユウヒの鞘による攻撃で跳ね上げられている。その上方へ反発する磁場を形成。

 参照先は、龍上ミヅキの《雷竜災牙アドヴェルサ逆襲一閃ヴァンジャンス》。

 磁力の反発を利用した踵落とし。


 セッカのグリーブに包まれた右足とユウヒの刀が――鋼と鋼が激突する音が響く。


 再び互いに弾かれた。今度は大きく距離が開いて、互いの攻撃が届かなくなった。







 ――はずだった。


 ユウヒは攻撃が弾かれた直後、空いた左手に光の刃を生成。

 ジンヤが扱う棒手裏剣程の大きさの光刃を投擲。

 狙いを過たず飛翔した光刃は、セッカの左足へ突き刺さり、彼を地面へ縫い止めた。


 さらにもう一本――光刃を生成し、投擲。

 



「……がッ、ああァ……」


 セッカからうめき声を漏れる。


 貫かれた左足。

 足技を扱う彼には致命的だ――右足が無事だろうが、確実に左足のダメージは全ての動作に大きな影響を及ぼす。




「まだ、それでも……ッ!」


 セッカが吼えた。


 貫かれた左足から鮮血が吹き出すのも構わず、セッカは右足を振り上げて光刃を蹴り飛ばした。


 光刃投擲と同時に駆け出していたユウヒ――光刃を迎撃するために足を振り上げていた以上、次の一撃を防げない。

 ユウヒが刀を振り下ろす――対してセッカは、再び磁場を形成、間に合わない分は磁力反発により強引に足を動かして刀を防ぐ。




「――いいえ、ここまでです」




 ユウヒはセッカの右足が刀に激突する直前、右手で握っていた刀を引いて、左手に握った光剣で蹴りを防ぐ。


「……ちっくしょぉ……届かねえか……負けられねえ、はずだったんだが……」


 やはりか――と、セッカはそう思ってしまっていた。


 それはなぜか。




 それは、輝竜ユウヒ――彼と対峙した時の感覚が、蒼天院セイハのそれと同じだから。




 魔力の差だけではあり得ない、正体不明の忌避感。

 挑むことすら馬鹿馬鹿しくなる程の絶対的な差。


 ――それでも、諦めるのだけは嫌だった。

 ユウヒへの恐怖よりも、ゼキとセイハへの憧れの方が、ずっと勝っていたのだから。

 


 ユウヒは《光》の魔力を自在に硬質化させ、剣などを生成することができる。

 光剣により防がれた右足、左足には光刃が突き刺さったままだ。



「気概は買います。ですが……」



 セッカは強かった。

 大抵の相手を1秒もかからずに、一撃で倒せるはずのユウヒの攻撃に何度も耐えてみせた。


 それでも。


「気概だけでは、ボクには届かない……そして、負けられないのは、ボクも同じです」


 ただ、それだけだ。

 彼には諦められない理由があった。

 ――が、こちらにも理由は当然ある。

 そして、埋めようがない実力差があった。


 ――――ユウヒは右手の刀を振り抜いて、セッカの意識を刈り取った。




 勝者――――輝竜ユウヒ。









 瞬間。


 ――――ドクンッ……。


 再び彼の刀が、奇妙に脈動した。


 ――――そして……。




 □


「……あの光で棒手裏剣作るやつ、ジンヤのパクリだろ」

「いや……別に棒手裏剣は僕の専売特許でもないよ」


 あれは恐らくタイ捨流。

 タイ捨流は蹴り技、関節技など、剣技の中に体術が取り入れられてるのが特徴だ。

 柄での受け技などもあり、ジンヤの技の引き出しにも多大な影響を及ぼしている。

 棒手裏剣を使うのもこの流派の影響だ。


 ユウヒの動きは付け焼き刃のそれではなかった。

 ジンヤとは関係なく、以前から取り入れていた技なのだろう。


 驚くべきは、彼の見せた動きの多彩さ。


 《神速》系統の技が中心かと思えば、今回見せた技はジンヤに近い――というか《全知》寄りのものが多かった。

 居合に投擲、鞘や光剣を利用した二刀も見せていた。

 

 これで彼が、速さだけではないということがよくわかった。


「……つーか、あいつはいくらでも『光』で手裏剣作れるの、ずるくねーか」

「別にずるくないよ……ハヤテだっていくらでも風飛ばせるでしょ?」

「まーな……。……なんつーか……お前、本当な?」

「別に……僕には棒手裏剣があるから……」


 残弾の心配もあれば、取り出すモーションの分、光刃を生成する利便性に劣るが――足りないものを数えていても仕方がない。

 誰かと比べて自分が劣っていることなど、いつものことなのだから。




 □





 ――――ドクンッ、ドクンッ……。


 魂装者アルムから感じる揺らぎが、どんどん激しくなっていく。


 ユウヒは駆け足でホテルの自室に戻っていた。

 予感がする。それが良いものか悪いものかすら判別はつかないが、何かが起きている。


 ユウヒの魂装者アルムは、イレギュラーな存在だ。

 何が起こるかわからない。


「……まさか……そんな、まさか……っ」


 魂装者アルムから感じる断続的な揺らぎ。

 それはどこか、心臓の鼓動――生命の脈動めいたものに思えた。


「ユー姉……なのか?」





 □





 輝竜ユウヒには、絶対に負けられない理由がいくつもある。 


 ――『ごめんね、ユーくん……でも、私達は、永遠に、一緒だから……』




 《魂装供犠サクリフィス・アルム》――魂装者アルムがその命と魂の全てを賭して成し遂げる秘技。

 自身の魂を、永劫に武装化し、人間の姿を捨て去ることと引き換えに、強大な力を得る外法。





 春花ユウミ。

 春のように笑う、誰よりも優しい少女だった。

 大好きだった。

 守り抜くと、誓っていた。

 幼い頃に別れたきりで、その気持ちに上手く判別がつかないが――愛していたと、そう思う。

 それなのに、彼女を守ることができなかった。

 彼女を犠牲にして、生き延びてしまった。






 だから。

 この刀に――、永劫に元に戻ることのない彼女に誓って、輝竜ユウヒは敗北することは許されない。

 必ず彼女と共に、英雄になる。

 彼女が願った英雄にならなければならない。

 もう二度と彼女は笑えないとしても、それでも。


 最愛の少女が変じた刀。

 ユウヒも《魂装供犠サクリフィス・アルム》の全てを知っている訳ではない。

 そもそもあまりにも例が少なすぎて、何が起きるかなどわからない。

 永劫に戻らない、と言われていたが、なにか彼女を取り戻す方法があるのかもしれない。


 どこか抜けている彼女のことだ。


 『ごめんごめん、ごめんね、ユーくん……お姉さん、ちょっとお寝坊さんだったね』――なんて、そんなふうに、当たり前のように彼女にまた会えるのかもしれない。


 ――ドクンッ……


   ――――ドクンッ……


 脈動が激しさを増し、やがて刀が鮮烈な光に包まれる。


「……ッ」


 眩さのあまり刀を取りこぼした瞬間、部屋中を真っ白い閃光が包み込んで――。




 □









 視界を取り戻したユウヒの目に飛び込んできたのは。






 ――――全裸の少女だった。

 




 真っ白い長い髪に包まれるようにして眠っている。

 小学生くらいだろうか。白い肌に、平坦な体つき。






「…………は?」


 


 素直に、意味がわからなかった。


 ユー姉――ユウミが《魂装供犠サクリフィス・アルム》により武装化してしまった当時、ユウヒはまだ小学生、その時のユウヒよりもユウミはずっと年上だった。

 武装化の間、体は成長しない――という可能性はすぐに除外される。

 成長しないどころか、幼くなっている。


 いいや、そんなありえないことが起こりうるのだろうか?





「……ユー姉……なのか?」


「…………んんっ……」




 動いた。


 少女の動きに合わせて、美しい白髪が流麗に舞い、彼女は体を起こして、大きく伸びをした。

 いろいろと危うい動きではあるが、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。











「……………あら、ユウヒ。おはよう、やっと会えたわね」









「……ユー姉? なんだよな……?」


「は? なにをいっているのかしら? わたしは――――……ええと、わたしは…………」



 んー? と人差し指を顎に添えながら小首を傾げる。可愛らしく、しかしどこか大人びた仕草だ。

 喋り方は似ていないが、声質は少し似ている気がする。ユウミを幼くしたような声だ。




「ん、そうね……わたしはリンドウ。リンと呼んでいいわ、フフ……ユウヒにだけは、特別よ?」


「……ユー姉、じゃないのか……? だとしたらキミは……」


「そのユーネーとはなにかしら。他の女の名前? まったく……英雄色を好むというけれど、ほどほどにしてちょうだいね、ユウヒ。アナタが爛れた男になったら悲しいわ。わたし一筋であるのが理想ね」

「…………、」



 思考がついていかなかった。

 誰なのだ、この偉そうな子供は。

 断じてユウヒが幼い日に憧れた女性ではなかった。

 この子供は、幼いユウミの姿をしていながら、彼女とはかけ離れている。



「どうしたの、黙りこくって。やっとわたしに会えたのだから、もう少し喜んだらどうかしら?」


 少女らしからぬ色気のある伏目でこちらを見つめてくる。




「……あー、リンドウさん……でしたか?」

「『さん』はいらないわ。それになにかしら、その距離のある口調は。わたしとアナタの仲でしょう?」

「……いや、初対面……だよな?」

「そんなはずないでしょう、わたしはずっとアナタを見てきたわ」

「なにを言っている? ……ストーカーか?」

「…………失礼ね、アナタ」


「……ずっと見てきたって言うと……キミは、ボクの魂装者アルムだって言いたいわけか?」


 ユウヒとして冗談でも聞き捨てならない言葉だった。ユウヒの魂装者アルムは永劫に一人と決まっている。

 この誰ともわからない子供では断じてない。



「当然よ。龍上ミヅキとの戦いも、刃堂ジンヤとの戦いも、罪桐ユウとの戦いも……つい先刻の、電光セッカとの戦いも、全て共に在ったでしょう、わたし達は」

「……キミは、以前から意識があったと?」

「ええ。なんというか……夢の中にいるような感覚だったわ、アナタのことはずっと見ていたの。わたしとしては早くアナタと話したかったけれど……時期ではなかったのでしょうね。でも、いよいよわたしが必要となった……ということかしら?」

「なんだその疑問形は。……なにか知っているんじゃないのか? やたらとボクを知っているような口を利くけど、キミはどういう経緯で生じた存在なんだ?」



 あまりにも奇妙な態度だ。

 こちらを見透かすような言動をしたかと思えば、自分のことをまったく理解していないようでもある。



 ――誰かユウミ以外のベースとなる人間がいて、その人物がどこかで魂装者アルムに仕込まれたのだろうか。だとしたら、誰が、なんのために?

 ――それとも、何かの要因でユウミとは別の人格が魂装者アルムに生じ、自然に成長して、彼女――リンドウの人格を形成した?

 まるでわからない。

 彼女は一体、どういう存在なのだ。



「…………んー、経緯ねえ……?」

「キミはいつ、どこで、どう生まれた。そのボクへの態度はなんだ? 誰の思惑でそんなことをしている?」

「女を質問攻めにするものじゃないわよ、ユウヒ……でもそうね……えーと……?」

「……どうした」

「……ごめんなさい、さっぱりね」


 ぺろ、と舌を出す少女。これまで見た目より大人びていたというのに、それだけはいきなり幼さの出た仕草だった。


「……はあ?」

「記憶喪失……ってやつかしらね? なんというか……鮮明に覚えている、というか、はっきりしていることは、わたしの名がリンドウであること、わたしが魂装者アルムであること。そして、ユウヒ、アナタを英雄にしなければならないということくらいね」

 

 実質なにもわからない。

 

「……ねえ、ユウヒ」


「なんだ」







「……別にわたしはいいのだけれど……そろそろ何か着せてもらえないかしら? ああ、いいのよ……ユウヒがわたしの肢体をじっくり見たいというのなら。アナタの願いなら、わたしは拒絶したりしないわ。例えアナタが救えないロリコンでも、わたしは絶対にアナタを見捨てない」



「…………今すぐ服を買ってくる、キミは絶対に部屋から出るな」



 ぷいっ、と律儀に横を向いて少女の体を見ないようにするユウヒ。







「ねえユウヒ……裸を見ないようにするのなら、こうすればいいのよ?」


 そう言って少女――リンドウはユウヒの手を取って、自身の薄い胸に押し当てる。


「……なっ、なにを……っ!」


 そして――自身を武装化。


 これで裸の少女は消え去り、再び刀が現れた。





《……ふふ、可愛いわね、ユウヒ。気が動転してこんな簡単なことも思いつかなかったのかしら》


 霊体の少女が現れる。

 霊体の状態でも、全裸であった。この状態なら、他者に見られるかどうかは少女の側で指定できるのだが、結局ユウヒからは視認できるので意味がない。



「……キミの正体がなんだかわからないが……だが、一つわかった」

《……ええ、なにかしら?》

「……キミと話しているとどうにも苛立たしい」

《……あら、わたしと話すだけで心が乱れるって……それって愛の告白かしら?》

「……はあ……」



 ユウヒは霊体のリンドウを無視して、刀を普段使っている袋へ押し込めた。

 武装化を解除できない以上、普段から刀を露出させていてはあまりにも物々しい。そのためにも収納するものは必要だった。

 ユウヒは刀を抱えたまま部屋を出た。

 女性物――というか、女児の服などどこで売っているのだろうか、見当もつかないがどうにかして見つけるしかない。

 そうしなければ、このやたらと偉そうな少女を黙らせることができない。


「なあ、ユー姉……なんなんだよこれ……」

《ねえ、ユウヒ》

「……なんだ」

《裸の霊体のわたしを連れ回すなんて、考えようによっては普通に裸のわたしを連れ回すよりもずっといやらしいと思わない?》

「…………」

《わたしの姿は今は他人には見えないけれど、わたしの意志次第で見せることもできるのよ? なにかの拍子でアナタがガーディアンズに捕まるかと思うとドキドキしないからしら》

「どうしてボクがこんな目に……」

《あら……いじめすぎたかしら? でもしかたないわよね……アナタってからかいがいがあるもの。……それに、また他の女の名前を呼んだもの、おしおきは当然よね?》



 ユウヒは始めて本気で自分の魂装者アルムを投げ捨てたくなった。



 いくら訳がわからない少女が取り憑いたとはいえ、最愛の女性が遺した物だ。

 断じて捨てることなどないが、それでも少し検討してしまう。






 □



 何もかもわからないことだらけだが――しかし、確実にこのリンドウという少女の存在は、自分にとって無視できない、重要なものだ。

 

 彼女の人格はユウミとはまったくの別物だ。

 しかし、彼女の見た目は幼いユウミそのもの。

 そして彼女は、ユウミの武装形態である刀から生じたと思われる存在だ。


 ――――であるならば、もう絶対に会えないと思っていたユウミに再び会うための手がかりになるかもしれない。


 そんな方法があるかはわからない。

 しかし、もしもそんな方法が存在するとすれば――。



 ――――ボクは、絶対にそれに縋るだろうな……。



 ユウヒは己の弱さを理解してしまった。

 この時気づいてしまったのだ。


 ――――英雄という殻の奥底に隠していた自身の惨めな本性に。

 

 ――――ボクは、もう一度ユー姉に会いたい……。




 そのためなら、彼女を――――…………。














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