第11話 策謀は張り巡らされて
「目が覚めマシタカ? ダーリン♡」
龍上ミヅキが目覚めると、ベッド脇にいた金髪碧眼の少女――ハンター・ストリンガーがそんなことを言いながら身を寄せてきた。
大した面の皮の厚さだと思う。
誰のせいで死にかけたと思っているのだろうか。
それに『勝ったら付き合う』という戯言を吐いておいて、負けたというのに未だに『ダーリン』などとよく抜かせたものだ。
だが、そういった諸々のツッコミ所に構うのは面倒だった。
「……みづきっ! よかった……っ!」
「いらねェ心配かけたな」
抱きついてくるめるく。
めるくの頭に手を伸ばしかけて――、ミヅキは手を止めてしまう。
それをハンターがこちらをニヤニヤとしながら見つめていた。
「……チッ」
嫌なところを見られた。舌打ちした後、めるくを引き剥がす。
「……みづき、へーき? もうしなない?」
「当たり前ェだ、こんなとこで死んでられるか」
「そっか、よかった……」
心の底から安心したというように、ガタンと音を立てて椅子に座り込むめるく。
そしてゆっくりと横に座るハンターへ視線を移して、
「……ひとごろしおんな」
ぎろり、と鋭い目つきでハンターを睨みつける。
「シ、失礼デスネ……! 事前に解毒の方法は医療スタッフにも伝えてありましたカラネ? とっても安全デシタヨ? ワタシがダーリンを殺すわけないじゃないデスカ!」
「べーっ」
思いっきり目をつぶって、限界まで舌を出すめるく。
ハンターが何を言っても取り合ってくれない。彼女は必死なのだろうが、どうにも微笑ましくなってしまう。
「メルク、もういい。済んだ話だ」
「みづき、こころがひろすぎ」
ぶーっと膨れるめるく。
ミヅキは彼女を無視して、ハンターに鋭い視線を向けつつ続ける。
「さて……バックれるつもりはねェみてえだな。で? メルクの正体ってのはなんだ?」
――『ただで済むと思うな、お前はヴェルンドの商品に手を出した。必ず殺されるぞ、必ずだ』
かつてめるくを保護した際に、彼女を拘束していた犯罪組織の男に言われた言葉だ。
あの男は末端も末端。大した情報は持っていないだろう。
あの時は何も知らなかった。
だが、あれからミヅキもめるくの正体に纏わる情報については独自に調べていた。
『ヴェルンド』というのは、ミヅキの推測が正しければ――。
「そうデスネ……、まず一つ謝罪デスガ、ワタシもめるくちゃんのことを全てを完璧に知っているわけじゃありマセン」
「……あァ?」
前提を覆すようなことを言い出すハンターに思わず苛立った声を発してしまう。
「ウェイウェイドウドウ……それらしいことで気を引いたのは謝りマス……とにかくワタシに興味を持って欲しくて……そう考えると健気で可愛くないデスカ?」
「死にてェかテメェ……」
深い溜息を吐きつつ、軽蔑の目を向けた。
言葉の強さの割には怒りが薄い。怒りを通り越して呆れているからだ。
「ウウッ……ジョークが全然通じないデス……でもそういうクールなところも素敵デスネ……。まあそれはさておき……もちろんまったく知らないわけじゃないデスヨ? 例えば、めるくちゃんが作られた場所を知ってマス」
「……作られた、か」
ふざけていたかと思えば一転、突然欲しかった真実を告げられた。
「ワタシの所属する《工房》――《装神の工房》はそういうところなんデスヨ」
「……やはりテメェは《工房》の人間か」
《装神の工房》。
ミヅキが手に入れていた情報の中には、意図的に破壊されたデータがあった。
そこに出てくる男――《殺戮の創造者》。
これが『ヴェルンド』の正体。
めるくとなんらかの深い関係がある男。
そして、ミヅキはハンターも『ヴェルンド』と関係がある人間だと推測していた。
でなければめるくの正体など知っているはずがないからだ。
「……《工房》についてはどこまで?」
「さあな。テメェが信用できるってわかったら教えてやるよ」
はっきり言って大した情報は持っていない。《工房》が《使徒》と関係しており、さらにその上に《終末赫世騎士団》なる存在があるという大まかなことは知っていても、やはりその詳細については掴めていない。
だが、ハンターは《ガーディアンズ》にとって敵側の人間だ。
そこは明確にわかっている。
ミヅキも立場上は《ガーディアンズ》に近い人間。セイハに借りもある。ここでこうしてハンターと密かに接触していること自体問題があるが、それはめるくのためなので仕方がない。
かつてジンヤのために迷いなく《ガーディアンズ》として動くセイハやゼキと敵対した過去があることから分かる通り、ミヅキは自身が優先すべきことを前に、細かいことに一々取り合ったりはしない。
「デスカ……デスヨネ……まあ今はそこについてはいいデショウ。話を戻しマスが……《工房》は人為的に騎士や魂装者を改造する実験が行います。ワタシもその実験を受けていマスガ……めるくちゃんは、さらに『上』のセクションでの実験に関わっているはずデス」
「……なるほどな。そもそも下っ端のテメェじゃ知ることができねえってわけだ」
「ワタシもそこそこ上の人間ではありマスガ……そういうことデスネ。めるくちゃんに関することは一番上――恐らくは、ビクター様が直接取り仕切っている実験デショウ」
「ビクター……ビクター・ゴールドスミスか?」
「ハイ、今ミヅキクンが浮かべている、あのビクター・ゴールドスミスで間違いないはずデス」
ビクター・ゴールドスミス。
世界的な超有名人だ。武器商人であり、天才発明家であり、騎士。彼が関係する分野は多岐に渡る。
例えば今でこそ当たり前になっている《端末》やホロウィンドウなども、彼が関わっていたはずだ。
近頃はVRを利用した戦闘訓練システムを発表し、騎士の訓練用のためのドローンを開発しているという噂もある。
現在の最先端技術、そのほとんどに関わっていると考えても構わないだろう。
その有名人が、世界の闇に関わっている。
ミヅキはこれについても、事前に推測はしていた。これも以前《使徒》の組織で手に入れたデータから推測できることだ。
しかしやはり確定という段になってみると驚きに強い実感が伴う。
「世間に知れればさぞ騒ぎになるだろうな」
「……デスネ。まあ、簡単に言えば悪いトニー・スタークか……キングスマンのヴァレンタインって感じデショウカ」
「違いねえな」
「……! やっぱり映画、見る方デスカ!?」
「……人並みにはな」
「~~~~っ! 映画、何が好きデスカ……っと、いけないデスネ……真面目な話の最中デシタ」
例えが通じたのが余程嬉しかったのか身を乗り出しかけるも自制するハンター。
「……デスガ、まあ今のところ言えるのはこれくらいデショウカ」
「……まあいい。収穫としちゃ十分だ」
最終手段として、直接叩き潰す相手が明確になったのは素晴らしい。
究極的には、ビクター・ゴールドスミスを叩き潰せば、全ての謎は明かされるのだ。
今までよりもずっとわかりやすくなった。
勿論、相手は超大物だ。今すぐには絶対に不可能。
警備は当然とてつもなく厳重、ハンターと同レベルかそれ以上の強力な部下もいるだろうし、なによりもビクター本人の実力も、現状のミヅキよりも圧倒的に上のはず。
そう簡単にはいかないだろうが――目の前には利用できそうな相手もいる。
めるくのために必要になるのならば、なんだってする。
ミヅキは既に、そう決めていた。
「……で、テメェはオレに情報を与えてどうしてェんだ?」
「話が早くて助かりマスガ……まだ、この先の話はできないのデス」
「あァ? どういうことだ?」
当然、『この先』があるのだろう。
ただミヅキの気を引きたくてこんな話をしているはずがない。他に何か目的があるはずなのだ。
「もう少し、アナタを力を見極める必要がありマス――デスカラ今は、この大会を勝ち上がってクダサイ――できマスヨネ?」
「言われるまでもねェ。潰してェヤツがいるんでな、テメェのことがなくても優勝してやるよ」
「頼もしい限りデス。……期待していマスヨ? 詳しくは言えませんが、めるくちゃんの主になるということには大いなる意味が伴いマス……それは誰にでもできることではありまセンガ……しかし、アナタならできると、信じていマスヨ?」
散々ふざけておいて、最後には意味深な言葉を残してハンターは部屋を後にした。
「……ねえ、みづき……」
「……」
不安そうなめるくの声。彼女の言いたいことは察せていた。
「……つくられた、って……なに……? めるく、ふつうじゃないの……?」
平然と語られたが、彼女にとってその事実は容易く受け止められるものではないだろう。
聞かせるべきではなかった。あの勝手な女に苛つくが、しかしいつかは向き合わねばならないことも確かだろう。
「……下らねェ。テメェが作られたとして? それで何が変わる?」
ミヅキはそれについても事前に予測していた。
この程度、大して驚くような事実でもないが――めるくにとってはそうではないだろう。
過去がない少女。自身という存在がどういうものかもわかっていないところに、『作られた存在』などという、誰しもが簡単に受け止められるはずもない事実まで突きつけられているのだ。
「……メルク、忘れんなよ――この先テメェにどんな秘密があったとしても、テメェがどんな存在だったとしても、それでもな……オレとテメェが交わした誓いは、何一つ変わらねえぞ」
□
「いいか、メルク――これが最後だ、オレは誓うぞ……もう負けねえ。
オレは必ず最強の騎士になる。テメェはどうだ?」
「めるくはぜったい、さいきょーの武器になる……みづきにふさわしい、さいきょーにッ!」
「こっから上がるぞ、二人でな」
「…………うんっ!」
□
風狩ハヤテに敗北した時に決めたことだ。
これだけは、なにがあっても揺らがない。
水村ユウジを倒した。
ハンター・ストリンガーを倒した。
だがまだだ。まだこんなところでは止まれない。まだ頂点には、最強には程遠い。
「……みづきは、なにがあっても、めるくのこときらいにならない?」
「さあな。一々下らねえことでビビってる腑抜けにオレがどう思うかなんて、テメェはもうわかってるんじゃねェか」
「……んっ、じゃあもういい! びびらないっ、こわくないっ! みづきがいいなら、なんでもいいっ!」
不安に濡れた瞳を拭って、少女は強い意志を秘めてこちらを見つめてくる。
「……みづき……ありがと……」
「……あァ? なんだよ」
めるくはまた、心から彼に感謝した。
彼女だけが――めるくだけが、ミヅキの心の傷を知っていたように。輝竜ユウヒに受けた屈辱により歪みきって、惨めな八つ当たりを繰り返していた時期から、ずっと信じ続けてきれくれたように。
同じように、ミヅキだけがめるくの全てを知っている。全てを信じてくれる。
何もなかっためるくを使ってくれる。それだけで、めるくが救われていたように。
今もまた、ミヅキが唯一の救いになってくれる。
――この先にどんな真実が待ち受けていようが関係ない。
ただ二人は、あの日の誓いのために頂点に向かって突き進むだけだ。
□
「ヘイ、《アラクネ》。勧誘の首尾はどうよ?」
「上々デスヨ。強力な仲間が増えるのも近いかもしれないデスネー」
ここでもまた、大会が終わった『先』を見据えた策謀が一つ。
□
「ふむふむ……きひゃひゃ! 龍上ミヅキの《深度》が少し上がるかな? あーあ、またジンヤくんがおきざりにされてるかな、ウケるウケる笑笑」
――罪桐キルが、どこかで嗤う。
並べられたこの街の騎士を模した人形達。
ミヅキの横に、ハンターのモノを置いた。
龍上ミヅキ。
つまらない負け方で終わると思ったが、そこまでではなかったようだ。
だが所詮はモブとモブの戦い。ただ可能性が確定しないというだけのこと。
補正がない以上、毒であっさり死ぬ可能性もあれば、そうでない可能性もあるのだ。
しかし彼には見込みがある。
「輝竜ユウヒと相対するなら……やっぱり真逆の方向にいった方が綺麗だとは思うけど。さてさてどうなるかな~……」
今更ユウヒと同じように英雄を目指したところで追いつけるはずもない。
その方向性でミヅキに勝ち目があるとは思えなかった。
だがなんにせよ、これでハンターが勝ち上がるパターンよりは面白くなった。
彼女如きでは、あれ以上の見どころはなかったが、龍上ミヅキならばもう少し面白いものを見せてくれるかもしれないからだ。
「ま、別にどうでもいっか。そんなことより次は~」
あっさりとミヅキに興味をなくすキル。
次の試合はレヒト・ヴェルナー対斎条サイカ。
「さあ、サイカちゃん……好きに自由に派手に暴れて、そして――――」
ここでもまた、彼女の策謀が起動する。




