第10話 ■■■■■■■■■■■■■■■
「みづき……! ねえ、みづきっ……!」
声が響いている。
めるくの涙に震えた声だ。
一体どうしたというのだろうか。
そもそも、自分は今、なにをしていたのだろうか。
倒れている。ここはどこだろうか。なぜ自分は倒れているのか。
ここは――リングの上だ。
試合、そう試合をしていた。誰と? あのやかましい女――ハンターとだ。
――そうだ。
毒。
毒を入れられたのだ。
動くことができないと、そう言っていた。
本当にそうなら、ここから逆転する方法などない。
敗北。
――また、負けるのか。
これだけ無様を晒してきておいて。
あれだけ頂点に立つと吠えておいて。
こんなところで。
まだ刃堂ジンヤどころか、輝竜ユウヒにすら辿り着いていない、こんなところで。
□
「――《開幕》、か……」
「ああ、お前ならいずれそこへ至るはずだ」
ミヅキは蒼天院セイハから、その存在について聞かされていた。
《開幕》。《主人公》。《英雄係数》。
なんでもミヅキは未だその領域には至っていないらしい。だが、ランクから考えれば素質は十分に有り、いずれミヅキならば可能だと、セイハは言う。
《係数》とやらの仕組みについては把握しきれていないが――なるほど確かに、自分は《英雄》などという器ではないだろうと納得してしまう。
セイハやトキヤと自分の違い。
誰かを守る英雄としての在り方。
英雄。正しい存在。そういったモノへの負い目が、ミヅキの中にはあった。
ミヅキはこれまで、大勢の人間を傷つけてきた。今更英雄になど、なれるはずがない。
そして――そうであるなら、ミヅキは《主人公》になれず、《開幕》も使うことができないということになる。
だから負けたのだろうか。
《主人公》でないから、こんなところで負けるのだろうか。
――――許せるだろうか、そんなことが。
《英雄》でないから?
《主人公》でないから?
《開幕》とやらが使えないから?
――――知ったことか。
――――刃堂ジンヤが、その程度で立ち止まったか?
□
刃堂ジンヤは、諦めなかった。
《開幕》を使わずに、《開幕》の使い手すら倒してみせた。
そんな相手を倒すと誓っているのに、たかが毒程度で倒れていいはずがない。
だが、龍上ミヅキは《主人公》ではない。
故に、ここで彼が都合よく覚醒することもなければ、脈絡なくポケットから解毒剤が出てくることもない。
今持ちうる手札だけで、この状況を切り抜けなければならない。
そんなことが可能か――?
当然、可能だ。刃堂ジンヤならばやってのけるだろう。
ならば出来ない道理はない。
――そして、龍上ミヅキは立ち上がった。
「……わりィな……またテメェに、そんなツラさせた」
「……、みづきっ! みづき、みづき、みづき……っっっ!」
大粒の涙を流しながら何度も彼の名を呼ぶ相棒が伸ばした手を掴み取る。
野太刀を握り、駆け出しながら――ミヅキはこう呟いていた。
「――――《肉体負荷超過》」
□
「……すげえ、なんでだっ!? 動けないはずじゃねえのか?」
「そういうことか……」
「なんだよ、わかったのか……? って、ああ……! そうか……! そういうことか!」
ジンヤが答えに到達した、という事実からハヤテも答えに至る。
――生体電流操作。
《精密》の練度を極めた果てに到れる境地。
ジンヤクラスの《精密》がなければ不可能なはずのそれを、ミヅキが使っているということは。
「……龍上くんも、辿り着いたってことだろうね」
ハンターが使った毒は神経毒。
神経毒とは、その名の通り神経細胞に作用する毒――つまりは、体を動かすために脳から発せられる命令自体を阻害してしまうのだ。
だが、生体電流を操作し、能力によって強制的に体に命令を出すことができれば?
ジンヤやミヅキのような、《雷属性》の術者なら、それが可能だ。
さらにミヅキは、ジンヤが使っていた《肉体負荷超過》を使っている。
これによって、脳のリミッターを外し、限界を超えた力を発揮することができる。
元が貧弱なジンヤでさえ、凄まじい膂力を叩き出すことが出来る技だ。
最初から強大な力を持つミヅキがそれを使えば、その力は計り知れない。
先刻のハンターの魂装者を破壊した力。
あの時から既に、ほんの一瞬の間ではあるが使っていたのだろう。
ジンヤはあの時からその可能性に至っていた。だから毒への対処もすぐに思い浮かんだのだ。
「……さすがだよ。当然だけど、僕とやった時よりも、一回戦の時よりも、ずっと強くなってる」
そう漏らしたジンヤを見て、ハヤテは何度目になるかもわからない呆れた顔をしてしまう。
声が震えているのに。
宿敵に専売特許を奪われ、さらに強力になってしまったというのに。
恐怖は確かにあるだろうが――それでもジンヤは、宿敵が強くなったことに歓喜し、笑っているのだから。
短期間で強くなる、ということが起こるだろうか?
この大会という特異な期間、それは容易に起こりうる。
強敵との戦いにより極限まで追い込まれる、というのも大きいが、それよりもまず、出場する選手は全員、この大会に照準を合わせて己を鍛え、新たな技を開発し、習得するために訓練する。
ミヅキは以前から、ジンヤの技を模倣しようとしていた。
それがこのタイミングで結実した。それだけのことだ。
ジンヤが以前から《疑似思考加速》を習得しようと訓練しつづけ、輝竜ユウヒとの戦いで成功させたのと近い現象だろう。
都合よく覚醒した訳ではない。
ただ、強敵との戦いで追い詰められ、日頃のトレーニングの中であと一歩のところで成功するはずだったという技術を、土壇場で成功させたというだけの話だ。
《主人公》でなくとも、誰だって、自分の中の限界を超えることはできるのだ。
□
「なッ――、ホワイ……どうして……なんで、立って……ッ!」
「そうじゃねェだろ」
どうして立ったか?
今更そんな部分を疑問にしている段階ではないのだ。
「――――疑問に思うならな、なんでテメェが負けるか、だ」
一閃――爆発的の強化された膂力によって、残った二本の鋼腕をまとめて叩き切った。
「まあ大層な理由なんざねェよ……ただ、オレはこんなとこじゃ終われねェだけだ」
さらに振り抜いた野太刀が静止する位置に磁場を形成。
野太刀を反発させる力によって高速の切り返し。
「《雷竜災牙・逆襲一閃》――……あいつの真似なんざ気色悪いが、使えるモンならなんでも使わねえとなァ」
その一刀で、決着だった。
薄れゆく意識の中で、ハンターは最後にこう告げる。
「……ああ、やっぱりワタシが惚れたダーリンは強いデスネ……それでこそ、惚れる甲斐がありマス」
「……抜かせ。テメェの戯言に付き合う気はねェが……テメェの強さは気に入った。挑んでくるならまた相手してやるよ」
毒は勘弁してもらいてェがな……と薄く笑いつつ、野太刀を杖にして、どうにか立ち続けているミヅキ。
二回戦第五試合ハンター・ストリンガー対龍上ミヅキ。
――勝者、龍上ミヅキ。
勝者が告げられた瞬間に、ミヅキもその場へ倒れてしまう。
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「…………なんだよ、ネフィラのやつ、いい顔で笑うようになったじゃん」
ハンターの本名を呟きつつ、優しげな笑みを浮かべているのは。
かつてハンターにとあるヒーロー映画を見せた少女――ガウェイン・イルミナーレだった。
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第10話 ■■■■■■■■■■■■■■■
第09話 《主人公》ではないのだから
第10話 《主人公》ではないのだとしても




