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迅雷の逆襲譚〈ヴァンジャンス〉  作者: らーゆ
第5章 ■■の■■■
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第09話 《主人公》ではないのだから





 ――ハンター・ストリンガーは、譲れぬ想いを胸に立ち上がった。


「ハッ、まだやるか……面白ェ」




 ミヅキは自分が口にしている言葉が、自分でも信じられなかった。

 諦めが悪い人間。それは以前、ミヅキが最も唾棄していた部類の者だ。

 才能が全て。人は己の分を弁えて生きるべきだ。その考えを己に言い聞かせるように、他者を傷つけてきた。才能がない者に、諦めるということを突きつけてきた。


 だが、そんなことは他者から決めつけられることではない。

 意味がないのだ。

 諦めない人間はいる。

 そういう馬鹿が、この世界には存在している。


 そしてその類は人間は強い。


 嫌いだったはずなのに。

 軽蔑していたはずなのに。


 今ではどうにも、そういうタイプには真逆の想いを抱いてしまう。


「言ったはずデス――ミヅキクンはワタシに負けてダーリンになってもらうってネ」


「下らねえ、まだ言ってんのか……だが」


 彼女から、軽薄な口調が消えた。

 ボロボロになりながら、口端から血を流しながら。

 それでもなお、凄絶な笑みを浮かべている。


 彼女が己へ執着する理由は知らない。

 どうだっていい、興味がない。

 

 だが――。


「さっきよりずっと悪くねえツラだ」


 この女に興味はないが、楽しませてくれるなら話は別だ。


《むぅ……みづき、あいつのこと、ちょっといいっておもってる》

「下らねえこと考えてんな、ブッ潰してやるんだろうが」

《……とうぜん、あいつはぶっつぶすっ!》


 めるくの言葉を聞いてミヅキは笑って再び野太刀を構える。


「……いくぜ、これ以上何もねェならこれで終いだ」


 ――立ち上がって見せた以上、これで終わってくれるな。


 そんな意味を言外に込めて呟き、疾走を開始する。


「――――《雷竜災牙ハイドラ・アドヴェルサ》」


「――ッ……!」


 さらにもう一本。

 ハンターの鋼腕が、宙を舞った。


 これで鋼腕は残り二本。

 削られていけば、近接格闘においても遠距離攻撃においてもアドバンテージが消えてしまう。

 そうなればもはやハンターに勝ち筋はない。


 ――しかし。


「こうも言ったはずデスヨ、ダーリン……ワタシはクモ、少しばかり狡猾な女なのデス♡」



 ハンターが右手の指先を引いた。

 それによって、斬り飛ばされた腕がミヅキへ迫る。


 ミヅキは素早く野太刀を振って腕を弾く。そのモーションを終えた際に出来た隙、そこへ今度は残った三つの手で一気に岩槍を放つ。


「――ッ、」

 

 野太刀で迎撃――却下、糸を付けられれば次の一手が打てなくなる。

 ならば雷撃か――却下、岩槍を防ぎきれるかどうか、確実性に欠ける。


 ミヅキは野太刀の形状を変化させ、金属で出来た半球の盾を作り出す――これだ。

 これにより、岩槍を防ぎ切ることが出来る。盾に糸を付着させられるかもしれないが、盾の形状を維持したまま後方へ下がり、糸を除去。

 そして再び接近、腕を切り落とす。

 後はこれを繰り返せば、確実に勝てる。

 現在苦戦させられているのは、やはりあの多腕の存在が大きい。常に防戦を強いられていれば、勝負を決めることはできないだろう。

 

 ――――だが、勝ち筋はもう見えている。


 そう思った、瞬間だった。


「視界を遮ったこと……それから、一つ忘れ物があったのは失敗デスヨ?」

 

 ハンターの冷たい声が響いた。

 

 現在彼女に出来ることはないはずだ。

 

 腕は二本切り落とした。そして残った四本は全て攻撃に費やしていた。

 これ以上の攻撃はあり得ない――はずだった。








 そして、彼女はを引いた。

 そこからは糸が伸びている――だが、何と繋げているというのだろうか。

 





 リング上に残っている物――それは、ミヅキが最初に斬り飛ばした方の腕だ。











「ぐッ、がァァァ……ッ!」


 やられた。

 失念していた。意識外にある物の再利用、狡猾な手だ。二回戦のジンヤ対アンナで、ジンヤが初手に使った棒手裏剣を終盤で再び利用したのに近いか。

 これくらい、思い至っているべきだった。

 だがもう遅い――食らってしまったのなら、その後のことを考えなければ。


 ――そこでミヅキは驚くべき事態を目の当たりにした。


 切断された腕は変形し、指先が鋭く尖ってミヅキの体へ突き刺さっている。

 そして。



 ――体が熱い。

 目眩がする。息が荒くなっていく。意識が薄れる。


「なにを……まさか……」


 なにをされたか。答えは簡単だろう。


 彼女は、何度も答えを口にしていた。




 

 ――ワタシはクモ。















 蜘蛛ならば、を持っていてもおかしくないだろう。













「……もしここで使わなければ、輝竜ユウヒか……もしくは赫世アグニに使おうと思ってマシタ。当たりさえすれば、赫世アグニだって倒せマスヨ?」



 ここで使ってしまった以上、次の試合からは警戒されてしまうため、当てることが困難になるだろう。

 ――だが、当たりさえすれば確実に勝利できる。


「ワタシの能力は『糸』を操るだけじゃないデス……概念属性・生物系統《蜘蛛》。それがワタシの能力。つまりは、蜘蛛が出来ることならワタシにも出来るんデスヨ?」


 彼女は『後天的に能力を操作する』という実験の貴重な成功例だ。ならば糸を出すだけなどという単純な能力であるはずがない。

 

 彼女のランクはB。だが、彼女は魔力量などが操作された訳ではない。実験で改造されたのは能力のみ。改造された部分はランクにおいて考慮されていない。


 ならば彼女の実力が、先天的なランク以上になるのは当然だ。


 しかしながら、それはつまり『彼女には改造実験を受けて強くなることができる才能』があったということ。

 この手法では才能がない者――例えば刃堂ジンヤの能力を強化する、などということは不可能だ。

 

「クロドクシボグモという蜘蛛がイマス」



 ――クロドクシボグモ。

 世界一の毒蜘蛛で、0.1mg以下の毒で人間は致死量となることがある。8mgの毒を持ち、単純計算で一匹あたり大人80人を殺せてしまうという猛毒を持つ。

 この毒を受ければ、全身麻痺、呼吸困難といった症状が現れ、30分以内に死に至る。



「その恐ろしい毒蜘蛛よりも、ワタシの力は上デス。ミヅキクンが死ぬまで30分もかからないデショウ……というか、もう動くことすら出来ないはずデス」



 こればかりは気合ではどうにもならない。


 どれだけ強い想いがあろうが、人体の構造上不可能なことというのがある。



 龍上ミヅキはもう動くことができない。


 ――そして。


「終わりデス……やはりワタシが見込んだ通りの男デス、ミヅキクン、アナタは強かった」


 ここで使わずに突破できるのならば、輝竜ユウヒや赫世アグニを倒してやりたいという気持ちもあった。

 しかしこれで満足だ。

 これで龍上ミヅキが手に入る。

 ハンター・ストリンガーの恋は、成就するのだ。


 ハンターの拳が、動けないミヅキを捉え、彼の体を大きく後方へ弾き飛ばした。


 彼はもう、立ち上がろうと動くことすらなかった。



「……みづきっ! みづき……! たってよ……! おわりなの……? こんなところで、もうおわりなの……っ!?」



 武装解除しためるくが彼に駆け寄り、泣きじゃくりながら叫ぶ。



「それは酷デスヨ、めるくちゃん。事態はもう立てるかどうかじゃなくて、死ぬかどうかデスカラ……安心してくだサイ、解毒剤はありマスカラ、ミヅキクンを殺させはしませんカラ」



 踵を返し、ミヅキに背を向けるハンター。



 会場の誰しもが、毒という強力な一手に驚きつつ、確信した。




 ――勝負は、決まった。








 □






「きひひ……あーあ、こういう波乱があるんだから《主人公》じゃないモブって可哀想」


 戦いを見ていた罪桐キルはおかしそうに笑った。


 毒での決着――それはあまりにも『つまらない』だろう。


 もしもこれが輝竜ユウヒや赫世アグニならば? 

 彼らならば、『都合よく』毒を躱すか、そもそも毒を使わせる前に圧倒するか。

 いいや、そもそも『毒』などという『つまらない』手段を使う相手と相対することすらないのだ。


 龍上ミヅキが、このトーナメントでハンターに当たってしまったのは、そもそも彼の《係数》が低いから。



 彼は《主人公》ではないのだから――当然、主人公補正などなく負けることだってあるのだ。



 この世界の法則はとても残酷だ。


 《係数》が低い者は、なんら劇的ではない、《主人公》らしさの欠片もない、こういったつまらない敗北をしてしまうのだ。





「でもま、少し残念かもね……彼が勝ち上がってたら面白いことになってたのに」







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