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迅雷の逆襲譚〈ヴァンジャンス〉  作者: らーゆ
第4章/下 ■■■■■■/■■■■■■
107/164

 エピローグ 雪解けの笑顔


 ――――二回戦第三試合、真紅園ゼキ対蒼天院セイハ、決着。

 

 今大会――どころか、歴代の中でも屈指の壮絶な試合を終えた二人は、体中がボロボロだった。

 両者、医務室に運ばれ――ゼキの容態が心配だったヒメナは、すぐに医務室へと向かったのだが……。


「なっ、なにしてるんですか、そんなところでっ!?」


 ――どういう訳か、ゼキが医務室の外にあるソファに腰かけていた。


「寝てないとダメじゃないですかっ、なに考えてるんですか!?」


 慌ててまくし立てるヒメナに対し、ゼキは包帯で包まれた右手の人差し指を口元にやって、「しー……」と静かにするよう促してきた。

 納得がいかない。

 彼がこんなことをしているのも、彼にそんなことを促されるのも、納得がいかない。


「…………どういうことですか?」


 小声でゼキにそう問うと、彼は医務室の方を指さした。

 首を傾げるヒメナ。

 

「まー、あとでわかるさ。……それよりヒメナ」

「なんですか?」


「――ご褒美とかねえの?」


「……は、はあ!? ありませんよ、あるわけないじゃないですか。馬鹿なのですか? そういうことは優勝でもしてから言ってください」

「あ、優勝したらいいんだ?」

「……べ、別に……か、構いませんけど……?」


 冷静を装うも、顔を真っ赤にしているヒメナはとても可愛らしかった。

 こういうところが、どうしようもなくゼキの嗜虐心をくすぐって来る。


「今はご褒美なしかー。でもこっちからはご褒美あってもいいよな。ヒメナとの特訓、すげー役に立ったしな」

「……べ、別に、いりませんよ」

「ほんとかあ?」

「ええ、ちっとも……ふぎゃう!?」


 ぷいっと顔をそむけたヒメナの足を払うと、彼女を自分の方へ倒してしまう。


 倒れた彼女の小さな体を抱き寄せるゼキ。


「……わり、汗くせーかも」

「……別に、いいですよ」


 左腕と右手が折れているゼキは、力強く彼女を抱きしめることができず、手が浮いている。

 なのでその分、ヒメナがぎゅっと彼の体に抱きついた。


「……本当に、お疲れ様です。……まあ、とても頑張りましたし、これくらいはいいですよ」

「マジか、よかったわ頑張って。……でもごめんな、別にお前のために頑張った訳じゃねえ」

「……そういうの、よくはっきり言えますよね、ほんと……」


 嘘でも自分のために頑張ったと言えないのだろうか。

 ゼキはこういうところで嘘をつかない。

 彼はただ、自分が戦いたいから戦ったのであった、ヒメナのために戦った訳ではない。

 いいや、正確には――途中まではヒメナのことも確かに拳を握る理由の一つに、それもかなり重要な理由になっていたのだろうが。

 彼が一番本気になる時、頭の中からごちゃごちゃした理由は全て消え失せる。

 

 それを寂しいと思う気持ちはある。

 だが、こうして戦いが終われば、彼は自分のことを心の底から愛してくれる。

 女としての自分は、そこに納得している。

 騎士としての自分は、いつか彼が心の全てを己に向けてくれるような、そんな戦いを彼としたいという願いもあるが。

 

「……わりいな」

「……いいですよ、そんな馬鹿な男に惚れてしまった私の負けです」

「っはは、お前のそーゆーとこ大好き」


 ゼキが嬉しそうにヒメナの頭に自分を顔を擦りつけてくる。まるで無邪気な子犬のようだ。


 戦ってる時はあんなにもかっこいいのに、戦いが終わればこんな一面を見せてくるのが可愛らしくて、愛おしくて、ヒメナは彼の真っ赤な髪に指を差し込み、彼の頭を指先で撫でていく。


 二人の視線が重なり。時間が止まる。


 どちらからともなく、唇の近づいていき――――




「――――あの、貴方が真紅園ゼキさんでしょうか………………あっ」




 ――その時、突然現れた真っ赤な髪の少女が、ゼキとヒメナを見つめて固まっていた。


「お、おう、オレがそうだけど……えっと……? 嬢ちゃん誰だ?」


 ゼキは戸惑いつつも、少女へ応対する。ヒメナの方は、耳まで真っ赤にしてその場に蹲ってしまった。


「……嬢ちゃんではありません! まったく、師弟そろって……!」

「……師弟? 師匠の知り合い?」

「え、ええ、まあそんなところです……。その、なんというか、お邪魔だったようですね、申し訳ないです……」

「いや……謝られると余計に恥ずかしいんだけど?」

「うう、本当に申し訳ないです……この時代のことはまだよく……いえ、これは時代関係ないですね……」


 落ち込んでしまう赤髪の少女。

 

 不思議な少女だった。

 年齢と見た目が一致しない。

 年齢にしては、どこか大人びている気がする。

 

 しかしソウジの彼女であるシンラのこともある。

 ヒメナだって、小学生でも通じそうだ。

 だが、彼女達のような合法ロリ族が、見た目のことを言われると怒ることくらいゼキも知っている。

 なのでそこに触れるのはやめておいた。


「…………それで、オレになんか用か?」

「……一言、お礼が言いたかったのです」

「オレ……あんたになんかしたっけ?」

「……ええ。まず、いい試合をありがとうございました。それから……」


 一瞬憂いを帯びた表情を見せる少女。


 そして、深く深く頭を下げて――






「――――兄に代わって、貴方に感謝を」





 

「……? あんた、兄貴がいんのか? オレ、なんかしたか?」

「ええと……そうですね、兄も、とても良い試合だったと言っていました」

「ふぅん……? あんたの兄貴も、強いのか?」

「――はい、とっても」

「んじゃあいつか戦いてえな。兄貴に言っといてくれよ」

「……ええ、わかりました。……それでは!」


 そう言って、赤髪の少女は去っていった。

 不思議な少女だった。

 よくわからなかったが、それでも感謝されて悪い気はしない。

 詳細はわからないが、自分の戦いが誰かに響いたのなら、それ程嬉しいことはない。


 ◇


 ──不知火アザミは、満足気な表情でその場を後にした。


 遠い未来の世界。

 今この時代での、ゼキの戦いは、彼の復讐において重要な意味を持つ。

 奇妙な縁だ。

 別々の時代に生まれながら――よく似た信念を持った二人。

 

 真紅園ゼキは、別に彼のために戦った訳ではない。

 彼の存在も、名前も、何も知らない。


 ――――それでも、アザミはどうしても、ゼキにお礼が言いたかった。


 ――「んじゃあいつか戦いてえな。兄貴に言っといてくれよ」


 叶わない約束をしてしまった。

 

 しかし、アザミは夢想する。

 叶わない夢を見る。


 兄がこの街で戦っている姿を――そんな叶わない夢を、見てしまう。


 ◇


 セイハが目を覚ました時にまず感じたのは――今の心情が、とても奇妙であるということ。


 戦いの後、最後にゼキと一発ずつ殴り合って倒れ、そして満足するように意識を失ってしまった。

 限界など、とうに通り越していたのだろう。

 目覚めた今、悔しいという気持ちはあるが、それ以上に清々しい。

 こんな気分は初めてだった。

 あんな戦いは初めてだった。

 セイハにとって、『敗北』の経験というものはほとんどない。

 師である星河との稽古で勝てた試しがないが、あれは勝負という段階にすら入っていない。

 ゼキがリベンジを果たした時――あの時以来になるだろう。

 あの時は、悔しいという気持ちが強かった。同時に、使命感などからくる不甲斐なさ、己への絶望、とにかく様々な暗い感情に支配された。

 なのに今回は、そういったものがない。

 これでいいのだろうかと不安になる程に、少しもないのだ。

 やり切った。

 やり切った上で、届かなかった。

 そんな不思議な心境に戸惑いつつ、体を起こすと――ツバキが不安そうにこちらを見ていた。


「……セイハ様! お体の方は大丈夫なのですか……っ!?」

「問題ない。あいつの方がよっぽどダメージが大きいはずだ」


 セイハは隣のベッドが空いているのを見て、眉根を寄せた。


(あの男に気を回されるのはどうにも癪だな……)


 野蛮なくせに、なぜかそういうところは察しがいいようだ。

 彼に借りができるのも癪でしかたがない。いつかまとめて返しておこう。


「……セイハ様、申し訳ありません、私が不甲斐ないばかりに……」

「――……なあ、ツバキ」

「……はい」

 

 ツバキはいつもの無表情を保とうとしているが、それでも口端が悔しさに歪んでいた。

 強く強く奥歯を噛み締めているのがわかる。

 以前の彼女なら、ありえないことだった。

 それに、目が赤くなっている。泣いていたのだろう。あの彼女が、ずっと心を凍結していたはずの彼女がだ。


 セイハは静かに目をつぶってしまう。

 心が揺さぶられるのを堪えた。ここでこちらが涙でも見せてしまえば、また彼女を心配させてしまうだろう。


「俺の戦いは、無様だっただろうか?」


 ツバキはそう問われ、一瞬硬直する。

 

 ――確かに先の戦い、これまでのセイハとはまるで違う姿を見せた。圧倒的な勝利でないどころか、泥臭い殴り合いを繰り広げ、最後には敗北してしまう。

 蒼天院セイハとして、この街の平和を守る英雄として、あり得ない姿だ。

  

 しかしツバキはすぐに首を横に振って、否定の言葉を吐き出す。


「いえ、決して……っ、決してそのようなことはありませんでした! 本当に……本当に素晴らしい戦いでしたっ!」

「……ならそれは、キミのお陰だよ。お前がいなくては、あいつと拳を交えるところに辿り着くこともなかったのだからな」

「……そう、なのでしょうか……?」

「そうさ。その座から降りた今言うのもおかしな話だが……それでも言わせてくれ、俺が《頂点》であったのは、キミのお陰だ。勿論他にも多くの理由を、想いを背負っていたが……あの日、俺が全てを失った日――立ち上がることができたのは、キミがいてくれたからなんだ」

「そんな……私は……。救われたのは、私の方で……!」


「そういうものさ。キミが俺に救われたのなら、俺もまたキミに救われた。

 キミは最高の魂装者アルムだよ。少し敗北したくらいで、その価値は少しも損なわれないんだ。

 不甲斐なくなどないさ――……ツバキ、ここまで俺と歩んできてくれて、本当にありがとう」


「……セイハ様……っ!」


 彼女の目元に涙が溢れた。

 

「……なあ、ツバキ」


「……なんでしょうか?」


 ◇


 ――――遠い過去、美しいと思ったモノがあった。

 

 彼女とは、幼少期の頃から親同士の取り決めでパートナーとなることが決まっていた。

 優秀な騎士には、優秀な魂装者アルムを。

 《七家》であり、弱き者達の盾となることが使命の《蒼天院》の者であれば、それが当然。

 セイハもツバキも、そこに一切の文句はなかった。

 きっと出会った頃から、互いの在り方が似ており、相性も悪くないと直感しているのもあるだろう。

 しかし、セイハには一つ疑問があった。


 ――――彼女はいつ笑うのだろうか?


 ずっと無表情のツバキ。

 セイハは彼女が笑うところが見てみたくて、時折彼女の横顔を盗み見ていることがあった。

 気付かれないように、そっとそっと。

 じろじろ不躾な視線を送るのは失礼だと思っていたし、本当に時折、彼女の表情を確認するだけに努めたつもりだった。


 努力も虚しく、結局彼女の笑顔を見ることができないまま月日が流れたある日。


 セイハが縁側で寝てしまったことがあった。

 激しい稽古の疲れが溜まり起きてしまった、彼にあるまじき不覚だった。

 そして目覚めると――頭になにやら柔らかい感触。

 視界に飛び込んできたのは――。

 優しげな笑顔でこちらを覗き込み、セイハの頭を膝に乗せたツバキだった。


 セイハが驚いて目を丸くしていると、彼女は言う。


「……勝手な真似をして失礼致しました」

「いや……俺の方こそみっともないところを……」

「お疲れだったんですよね? では、この件は私の胸にしまっておきますね」

「あ、ああ……ありがとう」

「……? どうされました?」


「……キミは、笑うんだな」


「……ふふ」

「ど、どうした……? なにかおかしかったか……?」

「……ええ。そんな大真面目な顔で、そんなことを言うのですから……私にだって、笑みを浮かべることくらいありますよ?」

「……そうか。おかしなことを言ってすまない。その、キミの笑顔が、あまりにも綺麗で……俺も少し動揺したみたいだ」

「…………っ。……ずるいですね」

「……? なにがだ?」

「……セイハ様の、そういうところです」


 つーん、と何故だかそれきりツバキは、珍しく不機嫌そうにしてしまう。

 だがセイハは知らない。

 その時、どうして彼女の機嫌を損ねてしまったのか理解できず戸惑っていたセイハの顔を盗み見て、ツバキがもう一度笑っていたことを。



 ――ツバキがいつ笑うのか?


 簡単なことだった。

 セイハが必死に彼女の笑顔を見ようと、彼女へ視線へ向けていたこと。

 それに気づいていたツバキは、セイハが見ていないところで、いつも視線に気づいた後に嬉しそうに笑っていたのだから。


 ◇


 ――――遠い過去、美しいと思ったモノがあった。

 ――――今はもう、失われてしまったと思っていたモノがあった。


「……実は、キミに隠していたことがある」

「なんでしょうか?」

「……失望されるかもしれないが、俺はずっと、キミの笑顔のために戦っていた」


 ――全ての涙を凍らせる。

 その信念も、真実だ。だが、だからといって、もっと個人的な理由がないという訳ではない。

 この街を背負う以前――セイハが守りたいと思ったモノはなんだったのか。


 英雄とは、涙を拭う者。

 そして――英雄とは、誰かの笑顔を守る者だ。


 ツバキは己の信念に基づいて心を捨てていた。

 だからセイハは、無理に彼女に心を取り戻せと――無理に笑えとは、言わなかった。

 その判断が間違っているとも思えなかった。

 

 だが今、彼女は心を取り戻している。

 今までのことが全て間違っていたとは思わない。

 それでも、彼女の笑顔を否定することなんて、できないのだ。


 遠回りしなければ、辿り着けなかったのかもしれない。



 そして、セイハの告白を聞いたツバキは――。


「……ええ、知っていました」


 いつかのあの日のように、優しく笑った。


 かつてのセイハが、ツバキの顔を盗み見ていたのに気づかれていないと思っているのがおかしくてしかたなかったように。

 そんなことを、重大な秘密のように告げてくるのがおかしかった。


 ――――そして、セイハは十一年の時を超えて、最愛の笑顔を見た。


「おかしなものだな……」


「なにがでしょうか?」


「おかしいさ……負けてしまったというのに、一番守りたかったモノを見ることができた」




 目元に涙を浮かべながら笑うツバキの顔を見て――セイハもまた、涙を流しながら笑うのだった。




 

 

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