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迅雷の逆襲譚〈ヴァンジャンス〉  作者: らーゆ
第4章/下 ■■■■■■/■■■■■■
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 第31話 正義の理由





 ――――「この街には、俺がいる」





 それは、蒼天院セイハの口癖であり、彼の父親の口癖でもあった。




 セイハの父は、セイハと同じく《ガーディアンズ》に所属し、この騎装都市の平和を守っていた。

 騎装都市。異能力者の街。ならばその街を脅かす者達も当然、異能の力を持ち、それ故に街の外よりもずっと危険な『悪』が存在する。

 ならば、その悪に対抗する、圧倒的な正義が必要であった。

 

 それが、セイハの父だった。

 セイハはずっと、父親に憧れていた。

 そして、父親からずっと聞かされている、ある話――いいや、伝説があった。


「俺には憧れた人がいるんだ。その人の背中を追って走り続けたから、こうして強くなれた。そのお陰で、街を守れているんだ」


 憧れた男である父。

 その父が憧れた男。

 一体どんな人なのだろうか――幼いセイハは、その人物に強い興味を持った。


 そして――――。




 ◇




 セイハの両親が、殺された。

 その後、セイハはそれまで以上に凄絶な覚悟を以て鍛錬に励むようになる。

 強く、強く、誰よりも強く。亡き父に少しでも早く追いつけるように。父はもういない。ならば、自分が強くなるしかない。

 この街に平和を、安心を――人々に、笑顔を。

 そのためには、絶対的な『正義』を成す者がいなければならない。

 ――全ての涙を凍てつかせる。

 それが、両親を失い、心が枯れ果てるまで泣き続けた彼の決意。


 そうして、セイハは15歳にして、同年代では比肩する者がいない程に高みまで上り詰めていた。

 だが、彼はその力を誇示しようとはしなかった。

 セイハは中学時代の三年間、一度も大きな大会には出場していない。

 もし彼が出場していれば、龍上ミヅキの中学時代三連覇は危うかっただろう。

 

 なぜ出場しなかったのか?

 その時、セイハは既に《ガーディアンズ》として任務を受けており、街を守ることが優先だった。大会に出場している暇などない。そんなことをしている暇があれば、少しでも強くなって、一人でも多くの人を救うべきだ。

 

 ――そんな考えだったセイハを変えた出会いがあった。


 その時期に出会ったのが、天導セイガだ。

 厳密には、父の生前にも、父と話す彼を見たことがあるが、直接話したことはなかった。

 

 天導星河てんどうせいが、国内最強の騎士――彼こそが、父の憧れた男だ。

 星河は、セイハが《ガーディアンズ》の活動に専念するために大会に出場していないことを聞くと、彼にこう言った。


「それは逆だね。キミが街の平和を願うのなら、剣祭に出場してキミの実力を知らしめるべきだ」


 星河の考えはこうだ。

 剣祭は都市内どころか国内、いや世界から注目されるイベントだ。そこで圧倒的な力を見せつければ、街中の悪――どころか、いずれ街へやって来る悪にも、蒼天院セイハという『正義』の存在を知らしめることができる。


 かくしてセイハは、剣祭への出場を決め、そして一年時の初出場にして優勝を果たした。


 だが、その道は決して平坦ではなかった。


 


 ◇


「星河さん――俺は、どうすればもっと強くなれますか?」


 真紅園ゼキとの戦いで敗北を喫した後、セイハは星河のもとへ向かった。


「――キミに正義を背負う覚悟はあるかい? それがあるのならば、私が教えられることの全てを授けるよ」


 ゼキは昨年の大会でセイハに破れ、ソウジに弟子入りをした。

 だが、それよりも先に――昨年の大会が始まる以前、セイハは星河に弟子入りをしていたのだ。

 

 それからの日々は、地獄だった。


 ◇


「立て、セイハッ!」

 

 国内最強の騎士から猛攻を受け、吐瀉物を吐いてその中に沈むセイハ。それでも、星河は攻撃を緩めなかった。


「キミがそうして寝ている間に、どれだけの人が悲しむ? どれだけの人を救える? さあ、立つんだ」


 重力操作により、強引に体を持ち上げられ、拳を叩き込まれる。

 

 それは稽古というにはあまりに凄惨。

 一方的に攻撃を食らい続け、セイハは何度もリングに沈んだ。


 学生の頂点。

 セイハはそこに自分がいる自覚があった。だが、そんなものになんの価値もなかった。

 星河はそんなところでセイハを満足させるつもりなどない。

 彼が見据えている敵と比べれば、学生の中での頂点など、取るに足らない相手だ。

 

 この世界を脅かす災厄。

 《終末赫世騎士団》。

 そしてその長、アーダルベルト。

 

 星河が戦わなければいけないのは、そういう次元の敵だ。

 この世界で最強の存在を倒すための力をつける。彼は、そういう意識でセイハと向き合っていた。




「セイハ、思い出せ――キミはなぜ、正義を求めた?」





 辛い時、折れそうになる時、もう立てないと、そう思った時――セイハはあの日を思い出す。


 ◇


 両親が殺された。


 犯人を憎んだ。

 理不尽を憎んだ。

 悪を、憎んだ。


 だが、それだけではない。

 セイハが正義を願ったのは、ただそれだけではなかった。


 父への憧憬、そして――。


 


 零堂ツバキ。


 いつも無表情だが、しかし――優しく笑う、少女だった。


 彼女の母親は、セイハの両親を殺害した疑惑をかけられたまま行方を消した。

 そして、凶器とし魂装者アルムであるツバキが使われたという疑惑も残されたままだった。

 母親が罪を犯したという事実。自身が殺人に使われたという事実。


 少女が背負うには、あまりにも重すぎるものだった。


 それからツバキは、笑わなくなった。

 自らの心を封じてしまったから。


 彼女の涙。

 彼女の笑顔。


 今はもう失われてしまったモノ。

 


 ――――それがセイハの正義への衝動、その原動力。



 両親を失った。

 それによりセイハは、自身の妹であるヒメナと、幼馴染であるツバキ――二人の心を封じ、彼女達の笑顔すらも失った。


 憧れだけではない悲壮な決意。

 


 もう、彼女のような存在を生み出したくはない。

 誰かが泣くのは、見たくない。



 全ての涙を凍てつかせる。



 そのために――――。



 ◇




「――――この街には、俺がいる」





 ――蒼天院セイハという、正義がいる。

 ――蒼天院セイハという、英雄がいる。


 だからどうか、安心して欲しい。

 

 助けての声に。

 頑張れの声に。


 応えないなどということは、決してしないから。


 


 ゼキの一撃により、意識を失いかけたセイハ。

 混濁した意識の中で、過去のことを思い出した。

 

 沈んでいく意識を、誰かの応援が繋ぎ止めた。


 いつか助けた誰かの声に、助けられた。


 ならばもう、絶対に負けられない。


 立ち上がるセイハ。


 沸き起こる大歓声。


 そして――。







「――――《開幕ライトアウト》――――」


「――――《大紅蓮海牢だいぐれんかいろう綿津見神わたつみのかみ》――――」






 そして――物語の幕が上がり、世界はセイハによって書き換えられた。


 



 《開幕ライトアウト》には、いくつかの種類がある。



 屍蝋アンナの《冥界の果てから永ヘルヘイム・フォリー久の狂愛をあなたにアムールエテルネル》。

 これは能力強化系。元から使っていた『影操作』の性能をさらに強化するというものだった。

 基本的に大抵の《開幕》はここに分類されるので、この系統に属するものは多い。




 黒宮トキヤの《紅蓮繚乱・凍刻紅刃サンディクス・ホロロギウム》。

 こちらは武装強化系。トキヤの武器である両剣を強化し、それに伴い能力も向上するというもの。

 



 夜天セイバの《天之尾羽張あまのおはばり黄泉伊邪那美よみいざなみ》。

 これは武装強化系寄りの、能力強化系との複合タイプだ。

 セイバは自身の無効化能力は強化していく伸びしろが少ないことにいち早く気づいて、複数系統を同時に伸ばした。



 分類はあるものの、結局は『《開幕》前よりも能力を強化する』という点では同じ。この分類は、どういう方向性で能力を伸ばすのか、というものだ。


 そして、蒼天院セイハの《開幕》は――。



 ◇


 リング上に、巨大な氷の立方体が出現した。

 リングの横幅が90メートル。

 立方体の一辺は、30メートル程。学校の校舎などよりもなお高い、ビルで言えば10階相当程度だろうか。

 

 そして、セイハはただ巨大な氷を出現させたという訳ではない。

 

 

 氷の中には――――。


『こ、これは――――――――――っっっ!? なんということでしょうか!

 突如巨大な氷が出現し、その中には両選手が!

 そして、驚くべきことに、氷の中は、全て水で満たされていますッッ!!』


 そう、これは氷で出来た水槽――いいや、牢獄だ。殺人機構と言ってもいいかもしれない。

 一度悪を捉えれば、絶対に逃さない檻。


『なんつーデタラメな……ッ!』


 ソウジは目を剥いた。

 あの氷、ただの氷ではない。

 凄まじい魔力を感じる。

 もし、ソウジの予想が正しければあれは――。



「…………ッ、が、はっ……っ!」


 水が満たされた氷の中で、ゼキはパニックに陥りかけていた。

 突然出現した氷の箱。内部は全て水で満たされ、呼吸をする術がない。


 一秒でも早く脱出しなければいけないのだが、しかし――。


(――……壊れねえ……ッ!? どうなってんだ……ッ!?)


 ゼキは極限まで魔力強化した拳で、何度も氷を叩きつけていた。

 水中では体勢が安定せず、さらに炎を思うように扱うことができないが、それでもただの氷ならば、魔力強化したゼキの拳に耐えられるはずがない。


 ゼキを閉じ込めた氷の箱。

 その氷は、全てが《天蓋》以上の硬度を誇っていた。


 《開幕》で得られる莫大な魔力によって生み出された硬度の氷、そして凄まじい量の水。

 通常ならば絶対にあり得ない出力と魔力量。


 単純ではあるが、しかしあまりにも恐ろしい技だった。




 これがセイハの《開幕ライトアウト》。

 

 誰かを泣かせる悪を、絶対に許さない、逃しはしないという決意の結晶。




 武装強化系でも、能力強化系でもない。




 

 ――世界創造系《開幕ライトアウト》。

 

 《大紅蓮海牢だいぐれんかいろう綿津見神わたつみのかみ》。




 水で満たされ、強制的に水中に引きずり込まれた。それによって呼吸ができない、上手く動くこともできない。

 さらに上下左右前後、全て《天蓋》を上回る硬度の氷によって閉じ込められている。


 そしてセイハは水に含まれた酸素を、魔力を通して取り込むことが出来る。

 呼吸が可能になることで、活動時間の制限もない。

 

 一度展開してしまえば、維持のために魔力を注ぎ続ける必要もないので、持続時間の点でも優れている。




 脱出不能。

 呼吸不能。

 破壊不能。




 完全に、手詰まりだろうか?


 ――いいや、否。





(壊す? 逃げる? 馬鹿かクソったれ……逃げれねえなら、セイハをブッ倒せばいいだけだろうが……ッ!)


 この状態でもセイハを倒せばこちらの勝利だろう。

 そうでなくとも、ダウンを奪えばこの巨大な氷の箱は消え去るはず。


 ゼキはそう考え、氷の壁に攻撃するのをやめて、セイハへ向かおうとするが――。


 さらなる絶望が、彼を襲う。


 右腕が、凍りついた。

 ただでさえ水中で動きづらいというのに、さらに動きが阻害される。

 これでは満足に攻撃もできない。

 そして終わらない。

 絶望に、絶望が重ねられる。


 ――セイハの動きが、捉えられない。


 水中だというのに高速で動き回るセイハ。あちこちに氷壁を生み出し、それを蹴飛ばし、縦横無尽の軌道を見せる。

 ありえない動きだった。

 ここは水中。

 あんな速度を叩き出せるはずがないのに――。


 ――スーパーキャビテーションというものがある。

 自身を気泡で包み込み、自身と水の抵抗を軽減させるという、魚雷などに使われる技術。

 さらにセイハは、自身からも激烈な水流を噴射し、推進力を得ている。

 これも同じく高速魚雷に使われている技術だ。


 今のセイハは、地上で動くよりもずっと速い。


 水中高速機動を可能にしたセイハが、水中で身動きができず、呼吸もできず、さらに氷により動きを阻害されたゼキへ襲いかかる。


 殴り飛ばされたかと思えば、即座に飛ばされた地点にセイハが現れ、さらに蹴りを浴びせられる。

 なんとかガードするも、それが限界。そして、水中で上手く体勢が立て直せないゼキに対し、セイハは360度――いいや、720度どこからでも襲いかかってくる。

 

 大抵の戦いは、地面を足をつけて、相手と向き合って行う。

 が、水中では上下の概念すらない。

 ここでゼキは、何もすることができない。




「ごッ、はァァ……ッッ!!」



 さらに殴り飛ばされ、氷の壁に叩きつけられる。

 僅かに残った酸素全ても吐き出してしまい、意識が遠のいていく。



 ゼキの動きが鈍った、その時――――、



「…………貴様が弱い訳ではない。ただ、俺の《開幕ライトアウト》が、絶対であるだけだ」



 ゼキの右手をセイハが掴もうとする――直前、朦朧とする意識の中で、ゼキはほとんど思考も介さず、伸ばされた手を左手で弾いた。




 それにより、セイハに左手を掴まれ――そのまま流れるように関節技へ移行。




 左手を両足で挟み――――へし折った。


 ――――左腕、骨折。






 セイハは打撃をやめ、ゼキの体を確実に破壊していく方針へ切り替えた。

 水中では、どこからでも技を仕掛けることができる。

 まったく予想しない角度から組み付かれ、技に移行する。


 あまりにも一方的。


 セイハは、ゼキが自ら降参するような精神を持っていないことをよく理解していた。

 彼は絶対に諦めない。

 死んでも諦めない。

 

 だからこのままでは、彼を殺してしまう。


 故にセイハは、強制的に戦いを終わらせるために、ゼキの背後から組み付き首を締め上げた。

 スリーパーホールド。

 

 落としてしまえば、ゼキの意志など関係なく、勝負は終わりだ。





《お兄様……っ! お兄様……、しっかりしてくださいっ、目を開けてください、お兄様……っ!》





 霊体となっている魂装者アルムのクレナが叫び続ける。

 魔力を通した会話ならば、水中だろうが関係ない。




 クレナの声は、確かにゼキに届いているはずだ。




 ――――――しかし、ゼキからの返答はなかった。








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