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迅雷の逆襲譚〈ヴァンジャンス〉  作者: らーゆ
第4章/下 ■■■■■■/■■■■■■
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 第27話 たった一つ叶っていたこと



 二回戦第二試合、黒宮トキヤ対夜天セイバ――――勝者、黒宮トキヤ。



 刃堂ジンヤは、その壮絶な試合を目の当たりにしていた。

 単純なぶつかり合う力の量だけでなら、もっと上の試合はあった。

 《開幕》を使った屍蝋アンナの方が、魔力量で言えば上だった。

 しかし、これは――。


「駆け引きや術式の完成度……総合力で言えば、ここまでで一番に見えたな」


 戦いはパワーだけで行うものでも、テクニックだけで行うものでない、あらゆる要素を総合して比べるものだ。

 つまり、この戦いの勝者――黒宮トキヤは、本当の意味で『強い』。

 

「……どーすんだよ、アレ……」


 隣の席に座るハヤテが呆然とした面持ちで声を漏らしていた。


「――でも、やりようはあると思うよ」

「……マジか!? いや、そうであってもらわねーと困るが、にしても、どうやって戦うんだ?」


 ジンヤの言葉に驚き、大きく仰け反りつつ問いかけてくる。ジンヤは親友の問いに対し、思考しつつ回答を口にしていく。


「戦う前に『巻き戻し』を見ることができたのはラッキーかな、組み合わせに感謝だね、初見だったら確実に詰んでただろうし」

「確かにな……、ありゃ初見殺しすぎる……いや、それに対応してたセイバ先輩もやべーけどな……」


 『巻き戻し』は範囲外の第三者から見れば状況が把握できるが、範囲内にいれば記憶ごと巻き戻されているはずだ。

 そうなれば、『巻き戻し』を自覚できない以上、対処のしようがない。


「っつーか、ジンヤ」

「……ん、なに?」

「組み合わせに感謝じゃねーよ、お前だって楽に勝ち上がったわけじゃねーだろ」


 言いながら、ジンヤの額を小突くハヤテ。


「……その通りだね。ハヤテとアンナちゃんは、どう考えても楽な相手じゃない……どころか、大会内でも屈指の強敵だ……そういう意味じゃツイてないけど……でも、やっぱり僕はツイてるかな」

「……ああ? なんで?」

「だって、一回戦も二回戦も最高に楽しかったし……、次の三回戦も、最高の相手だ。こんなに良い巡り合わせ、ツイてるとしか言えないでしょ?」

「……ったく……、お前、本当にどこまで……」


 ハヤテは大きく息を吐き出した。

 それは呆れてしまった溜息でもあり、安堵の意味が含まれているものでもあった。


 ――黒宮トキヤの強さを目の当たりにした時、正直ジンヤにはどう声をかけていいかわからなかった。

 お前なら勝てる、とそう言うのは簡単だ。実際、どんな相手だろうが今のジンヤならば勝てると信じたい気持ちはあるが――それでも、現実問題として、黒宮トキヤを打倒する方法はまったく見えなかった。

 だがジンヤは、『やりようはある』と言ってのけ、さらに組み合わせに感謝とまで言い出した。

 自身の認めた男の凄さを再確認する。

 同時に、誰よりも倒したいと願った宿敵の背中が遠ざかっていくことに焦燥を覚える。


「……ちっくしょォ……いいなあ……」


 小さな声で、思わずそう呟いてしまった。


「……ん、どしたの?」

「いんや、なんでもねーよ」


 もっと戦いたかった。

 もっと強くなりたい。


 一回戦でジンヤと戦い、敗北した。その結果を覆そうとは思わない。あの戦いはなにより尊い大切なもので、それをなかったことにするつもりはない。

 それでも、願ってしまう――一回戦で当たっていなければ、もっと成長した、もっと強いジンヤと戦えたかもしれない。

 そんなありえない『もしも』を、想ってしまう。


(いいや、そうじゃねーよな……)


 そんな『もしも』はいらない。

 今自分が考えるべきは、未来のことだ。


 もっと強くなろう。

 そして――第二十八回彩神剣祭アルカンシェル・フェスタで優勝し、神装剣聖エピデュシアとなった親友を叩き潰してやろう。

 

 風狩ハヤテはそんなことを、静かに誓った。


 ◇



「……面白い。現時点で・・・・ここまでできるか、黒宮トキヤ」



 試合を観戦していたレヒトは流麗な仕草で口元に手を当てつつ思案する。


 レヒトには《並行世界》における記憶がある。それは、トキヤのような断片的なものではなく、もっとはっきりとしたものであり、さらに思い出している範囲も広い。

 現状のトキヤより、さらに先の彼を知ることができるのだ。

 ――が、レヒトは意図的にその記憶を引き出すことはしていなかった。

 なので今のレヒトは、『トキヤがこの先の未来でさらに強くなる』ということは知っているが、具体的にどういった能力を使うかなどは知らないのだ。

 知ってしまっては、つまらないから。

 今の自分が持てる力で、彼を叩き潰したいから。

 レヒトがトキヤへ執着する理由こそ、《並行世界》由来のものだが、それでも彼は自分だけが持っている記憶で有利になろうとはしなかった。


「俺達の《因果》が再びぶつかる時も近いな。ああ、らしくないことはわかっているが、それで疼くな――別世界のオレならば、こんな想いは抱かないのだろうが……構わないだろう」

 

 らしくないと、そう口にしながら――宿命の時を想い、男は静かに闘志を燃やした。


 ◇



 どこかのビルの屋上。

 プールが備え付けられたそこで、足先を水につけている少女がいた。


 紺色のスクール水着、胸元にはひらがなでこう記されている――『さいか』と。


 斎条サイカが、試合を映していたホロウィンドウを消し去り、がっくりと項垂れる。




「………………………………………………セイバ、まけちゃった」



 

 すると手元に魔力を集約させ、小さな火球を生み出すと、プールに向かって叩き込んだ。

 次の瞬間、轟音と共に巨大な水柱が天へ伸び、やがて周囲に瞬間的な雨が注ぐ。


「…………あーあ、セイバ負けちゃったあ……つまんない、つまんない、つまんないつまんないつまんないのぉっ!」


 苛立たしげに火球を放ち続け、その度に轟音が響いて大気が震える。


「まーまーサイカちゃん、そうイライラしないでー! あ、いや、やっぱイライラしていいや、そのイライラを試合にぶつけちゃおー!?」

「…………うん、そーだね」

「そーだよそーだよ、八つ当たりにみんなブっ殺しちゃお!」

 

 プールサイドに立てられたパラソルの下、ビーチチェアの上に優雅に寝転んだ水着姿の少女――罪桐キルが、軽い口調で少女を邪悪な方向性へ誘導していく。




(さて……これで三回戦第一試合はジンヤくん対黒宮トキヤは確定か。

 いよいよだね~……今頃トレバーは大慌てだろうなあ、ウッケるぅぅぅー笑笑

 あーもう、超超超ったっのしみー……。

 ジンヤくん……はやくキミの絶望が見たいなあ、きゃっははっ♡)




 悪辣の少女は嗤う。

 彼女は知っているのだ――これから先、ジンヤがぶつかることになる壁を。

 それに直面した時、彼が味わうことになる絶望を。



 ◇



 ――――ああ、負けたのか。


 医務室で意識を取り戻したセイバは、こちらを見つめるルミアの瞳が濡れているのを見て、瞬時に全てを理解した。

 最後の瞬間――、トキヤが《リワインド》を使った後の攻防。

 勝てると思っていた。一つもミスをしていないと、思っていた。最後の最後で、ほんの些細なミスを犯し、負けた。

 

 ――これで、終わり。


 三年であるセイバの大会はここで終わり。来年はない。もう二度と彩神剣祭アルカンシェル・フェスタに出場することはできない。

 一生だ、もう一生、この雪辱を果たす機会はない。

 それが戦いというもの。

 ほんの些細なミスが、取り返しのつかない最悪の失敗になる。

 わかっているはずだった。

 こんなものは、本来の戦いが齎すものよりもずっと生温い。

 なぜなら本来の戦いでは、些細なミスで命を落とすからだ。

 負ければ終わり、二度と覆らない。


「ルミア……、ごめん……、ごめん……」



 セイバは親友であるロウガを亡くしている。

 命がどれだけ不可逆かを、知っている。彼にとって敗北の重みは、他の騎士とは違う。命の重みを知らぬ者達とは違う。

 負けたら全てが終わり。

 弱い者は、何も守れない。


「ごめん、ルミア……」


 常に冷徹であり続けた少年が、大粒の涙を流しながら、何度も何度も最愛の少女に謝り続ける。

 

 セイバにとって、この敗北はつまり――ルミアを殺したことと同義なのだ。

 

 彼の冷徹さは、殻だ。

 弱さを守るための鎧だ。

 その脆弱な鎧の中には、臆病な少年がいる。

 

「……ねえ、セイバ……」

 

 ルミアはセイバをそっと抱きしめて、ゆっくりと彼に語りかける。


「今、セイバが考えてること、わかるよ……、負けちゃったら、全部終わりだと思ってるんだよね……、強くなきゃ、何も意味がないって、思ってるんだよね……」

「だって……そんなの、当たり前で……」

「でも――それでもぉ……っひ、ぐぅ……、こう、言わせてよ……、」




 ルミアは泣きじゃくりながら最愛の少年へ告げる。






「――――頑張ったね、セイバ」




 その言葉は、セイバの心に響いて、溶けていく。





「セイバ、頑張ったよ……。セイバの嫌いな、甘ったれた精神論なんかじゃない……、セイバは頑張ったんだよ……セイバ、強いよ……、これだけ強かったら、誰だって守れるよ……!」

「でも……俺は……っ!」

「でもなんか、ないよ……っ」


 ルミアは叫ぶ。震えた声で、涙に濡れた声で、溢れた想いを彼にぶつける。


「セイバは強いの! セイバは頑張ったの! それでも足りないっていうなら、足りない分は私がなんとかするよ! 私だって、強くなる……もっともっと、強くなる……! セイバが守れないもの、全部私が守るから……二人で強くなれば、それでいいでしょう……!?」


 滅茶苦茶ではあるが、一応の理屈は通っていた。

 セイバがほんの少し及ばずルミアを守れないのなら、その分だけルミアが強くなればいい。

 実際の戦いは、トーナメントの一対一とは違う。状況や勝利条件はもっと複雑になる。一人では勝てなくても、二人で戦って勝てばそれでいいというケースだって、あるかもしれない。


「そ、うか……」

 

 認められなかった。

 だって、負けたら終わりだから。

 負けてしまえば、失う。弱ければ失う。そのことしか、考えられなかった。

 認められなかった、はずなのに。


 ――頑張ったね。


 彼女の言葉が、何度も胸の内で響く。


「俺……頑張れたのかなあ……」

「何度も言ってるでしょ……セイバ、頑張ったよ、セイバは強いよ……それは世界の誰にも、絶対に否定させない……ッ!」

「そっか……そう、なのか……」


 


 セイバの頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。

 もう訳がわからない。

 ルミアを守るために戦っていたのに。

 ルミアを救える人間になるために戦っていたのに。

 なのにどうして、今こうして彼女に救われているのだろう。


 ――夜天セイバは、確かに敗北した。


 優勝することができなかった。

 彼の願いの大半は叶わなかった。

 斎条サイカも、黒宮トキヤも、蒼天院セイハも倒せていない。

 才能がないまま才能がある者を倒すことはできなかった。

 戦いを憎んだまま、戦いを愛した者を倒すことはできなかった。

 それでも。

 だとしても。


 ――――なに一つ、叶っていない訳ではなかった。


 ルミアを守れる男になる。

 たった一つ、なによりも大切なその願い――それはきっと、確かに叶っていた。


 そして、それを叶え続けるにはどうすればいいか。


「……ルミア……俺、もっと強くなるよ。今度こそ、誰にも負けない」

「うん……それは私も同じだよ……強くなろう、二人で」


 二人で強くなり続ければ、互いを守り続ければ、きっと誰にも負けないはずだから。


 こうして、夜天セイバの剣祭は、敗北で幕を閉じた。


 優勝は、一人だけ。

 最強は、一人だけ。

 勝者は、一人だけ。

 これは望んだ結末ではないけれど。


 それでも、この夏に全てを賭して戦った経験は、彼の人生において最高の財産となる。



 ◇



 真っ赤な髪の少年が、颯爽と歩んでいく。

 控室からリングへと繋がる通路――その途中で、待ち構えている者が一人。


「――――よう、勝ってこいよ、ゼキ」

「あったりまえじゃないッスか、トキヤ先輩」


 すれ違い様に、拳をぶつけ合うゼキとトキヤ。

 それだけだった。

 トキヤは観客席へ戻っていき、ゼキは戦場へ向かう。

 余計な馴れ合いは不要。

 二人が互いへ向ける視線は、敵へのそれだった。

 つい先日、海で馬鹿なやり取りをしていた二人とは思えない。

 いいや、こういった切り替えの上手さ――遊ぶ時は遊び、それでも戦いとなればその全てを忘れて、相手を全力で叩きのめせる、そんな気質は、二人に共通しているものだ。


 すれ違った後はもう、二人は互いを振り返らない。

 トキヤの次の相手は、刃堂ジンヤ。

 そして。

 真紅園ゼキは――いよいよ、宿命と拳を交える。




 ◇

 



 雷轟ソウジは、実況席を出た先にあるロビーのソファへ深く腰掛け、静かに思案していた。


(……いよいよ次はゼキの野郎か)


 思い出す、彼との出会いを。

 今のゼキも決して穏やかとは言えないが――それでも、あの頃のゼキと比べれば大きく変わった。

 ソウジとゼキの付き合いは長い。

 あの頃――出会ったばかりの頃のゼキは、手のつけられない獣だった。

 目に映るモノ全てに対して赫怒をぶつけるような、出会った者全員に喧嘩を売るような、そんなあまりにも荒い気性。

 ソウジはゼキと出会ってすぐに壮絶な殴り合いを始め、彼を叩き伏せた。


 昔の自分に似ている。

 そう思ったから、彼のことは放っておけないのだろう。

 今では彼と自分は師弟の関係だ。


「……オレが師匠、ねえ……」


 不思議そうに、口にした。

 実感がない。いや、ソウジにとっては、時に全てのことが実感の伴わない夢の中で揺蕩っているように感じることがある。

 それは――この世界・・・・に来てからずっと味わっている感覚だ。





「おかしな話だよなァ……なあ、レンヤ……」





 あの日、全てを失った。

 あの日、全てを奪われた。





『――なんでだよッ!? なあオイ、ふざけんじゃねえぞッ! テメェ一人で全部背負ってんじゃねえよッ! 答えろよ、レンヤァッ! オレァ……オレァそんなにも頼りねえかッ!?』





 炎の中――どこか困ったように笑う男の背中を、覚えている。


 誰よりも倒したいと願った親友のことを、覚えている。


 世界の全てを焼き尽くし、世界と最愛――その天秤せんたくを砕き、全てを救った英雄のことを、覚えている。



 ――雷轟ソウジは、この世界の人間ではない。






 


 彼はあの日――、赫世レンヤとアーダルベルトとの戦いの最中、レンヤによってこちらの世界へ送られてきたのだ。

 








「……なあ……テメェ、今どこでなにやってんだよ……」



 あれから、親友には会っていない。

 あの戦いはどうなったのか。

 自分達の世界は、どうなったのか。

 わからないことだらけのままで、ソウジは新しい世界で、新しい立場を得て、新しい出会いによって、新しい関係を構築していて――。

 それでも、忘れられる訳がない。

 今が全て夢なのではと思うように。

 目覚めたら、全て元に戻っていて。

 あのバカみたいに笑いあった夏に戻れるのではないかと、ずっと夢想してしまう。


「――その質問は、私がお答えしましょう」


 その言葉を口にしたのは、少女だった。

 不思議な少女だった。

 背格好は中学生くらいにしか見えないのに、どこか落ち着いた雰囲気。

 白いスカートに、同じく白のパーカー。どこか地味な印象の服装。フードを目深に被っていて顔は伺えないが、隙間から伸びている長い赤髪が美しい。

 服装の地味さに反して、彼女自身が持つ魅力は凄まじい――というか、あえて自身の魅力を地味な服装で隠しているような、そんな印象を受ける。






 彼女がフードを脱ぎ去った。ふわりと、赤色の髪が舞う。




「…………あんたは……?」




































「始めまして、雷轟ソウジさん。


 私の名前は、不知火アザミ。

 

 まず最初に伝えておきましょう――――赫世レンヤは、生きています」


 不知火アザミ。

 ――彼女がかつていた世界では『アザミ・シラヌイ』と名乗っていた。

 

 


 遙か未来で生まれる一つの可能性の世界。

 そこで大きな過ちを犯した、贖罪の少女。


 今はその贖えぬ罪のために、世界を救うために戦う少女。





































そんな感じで、アザミさん本編合流……!

誰こいつ?という方は『メモリア』の方をよろしくおねがいします……。


そして、そろそろ雷轟ソウジの過去がちらっと出てきます。

誰こいつ?という方は『キミのためのラグナロク』をよろしくおねがいします……!


この作品、複数の別作品のキャラが出てきますが、『メモリア』と『キミラグ』だけはヴァンジャンスの正統外伝なので、ある程度読んでる前提でいきます。

逆にそれ以外は読んでなくてオーケーな仕様にしていきたいので、そっちのキャラはほぼ別人として、新たに描写していきます('、3_ヽ)_




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