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激突 中編

 四方八方から襲ってこようとする人形のような黒ずくめ達をさっと見回したシドは、ひとまず紅炎熊グエンジュの炎で自分の周囲に火柱を続けざまに上げながら中庭を一気に走り抜ける。

 ちらりと目の端で左右を確認し、左腕を大きく振って中庭に下りてこようとした者達に火を浴びせると、もがきながら何体かが、渡り廊下の手すりからバタバタ落ちていく。

 シドは動きの遅い彼らから走ってある程度の距離を離すと、前方の先ほど少年が立っていた廊下にたむろしている黒子達を牽制するようにやや手前に火を放つ。後方は中庭に侵入直後、一番最初に一気に蹴散らしたおかげで燃えかすになりかけている連中がフラフラ身体を揺らしているだけだ。

 背後の心配をしなくて済むこのうちに、さっさと突き進んでしまう予定だった。


 しかし黒子達は一切動じる様子を見せず、むしろ炎に向かって突っ込んでくる。

 シドはそれを確認すると、後方の集団を燃やし尽くしたのと同じように前方に向かって左腕を突き出し、業火をお見舞いする。

 炎を浴びてふらりと立ちくらんだものの一つに、再び廊下に飛び上がり様蹴りを食らわして吹っ飛ばすと、数人がまとめてどさどさ倒れる。


 燃えながらも彼に向かって突っ込んでくる者達の手をかいくぐり、ついでのように、ある者の振りかざした刀をいなし、ある者には腹に重たい拳を乗せて吹っ飛ばし、ある者には足を引っかけ、ある者には攻撃をかわしながら相手が飛び込む勢いのまま転ぶように誘導し、ある者からは武器をたたき落とさせたり取り上げて別の者に向かって投げつけたり――そうやって集団を次々に散らし、少年の消えた方に向かってどんどんと動かぬ屍の山を積み上げながら移動する。


 狭い廊下に突入する直前、シドの付近の黒子達がいきなり加速したかと思うと、どこをどう移動してきたのだろう、いつの間にか四方から一斉に飛びかかってくる。

 シドは黒子達につかみかかられる直前、深く息を吸い込んでから咆吼した。


 震えるのは紅炎熊グエンジュを中心とした、場の全体だ。

 一際激しい勢いの炎がシドを包み込み、全方向から彼につかみかかって抑え込もうとした黒子達が炎に触れると一瞬でじゅっと音を立てて消え去る。


 ――山小屋の道中で襲ってきたのと同じ、死体の操り人形。


 生者ならば本能的、反射的に見られるはずの炎に対する躊躇が一切見られなかったこと、仮にそういったものに耐性のある戦闘慣れしたものにしては動きに精彩が欠けていること、意思が見えないこと――何より、黒ずくめの集団の誰一人からも温度を感じられないこと。

 いくつかのことを根拠に飛びかかってくる者の正体をそう見極めたシドは、振る腕に込める力をさらに増す。

 彼の筋肉は時にしなやかに伸び、時に盛り上がって固く張り詰め、時にやわらかに流れて衝撃を受け流す。


 シドは大勢相手でも慌てずに、集団の動きがたまに変則的な動きを見せるものの基本的に鈍いことを最大限利用しようとする。こちらの機動性を生かして囲まれる前に突き進み、進んだ先に扉を見つければ、後方からの追っ手をとどめるために迷いなく閉めていく。

 ひょっとしたら帰るときにもう一度開けなければいけないかもしれないが、今は基本的に撤退する理由がない。

 少年は奥に向かって走って行った。紅炎熊グエンジュの感覚を頼りにすれば、何かがいるのは進んでいく先。別に襲われたからと言って全員を相手にしなければいけないわけではにのだ。あくまで通行の邪魔になりそうな部分や接近してきたものだけを相手にし、それ以外は極力無視をする。


 中庭の渡り廊下から室内の廊下に続く部分の大扉があり、怪力を生かして素早く動きかんぬきまでかけたおかげか、後方からの増員を抑える事ができたのは大きかった。


 襲ってくる数は既に軽い目算でも数十を越えている。下手をすると百ぐらいはいるかもしれない。

 しかし、戦場を駆け抜けてきた経験もあるシドにとっては単調な動きがベースの操り人形達の相手はそこまで苦ではない。

 数が多いこと、限界がわからないことに不安はあるが、紅炎熊グエンジュで燃やしてもさほど良心の痛まない相手な分、有象無象に襲いかかられてもむしろこれからの準備運動になったぐらいかもしれなかった。


 左腕を構え、火柱を上げ、黒を割りながら走り続けて、彼は廊下から一つの部屋に至る。


 勢いよく扉を開けると、少年を追ってたどりついた終点は祭儀場らしい場所だった。

 広々した空間の中心には何かをまつるスペースらしい壇があり、結界が張られ香が焚きしめられたいかにも物々しい貴人の寝床のような物がある。四方の帳は下りており、中身は見えない。


 シドは集中するように目を細めたが、紅炎熊グエンジュは反応しなかった。

 いかにもな見た目をしているし、そこにファランがいるかとも思ったのだが――。


 そのとき、彼の背後で勢いよく音を立てて扉が閉まる。

 とっさに振り返ったシドは、すぐに自分の入ってきた所が固く閉まった上に怪しげな紋章が封印のように浮かび上がるのを見て、この場所に誘い込まれて閉じ込められたのかと悟る。中央部の結界は、もしかするとこのための作動装置だったのかもしれない。


 ――少年を追い、こちらに来るのは罠だったか。


 舌打ちしかける彼の耳に届くのは、軽くきしむ床板、それからしゃらりとこすれる金属の音。

 扉の方から再び室内に目を戻すと、黒ずくめの少年が――仮面を外し、黒い頭巾を脱ぎ捨てて素顔を晒した少年が、祭壇の影から姿を現したのが見える。


 改めて見ると、シドは自分の顔が一層険しくゆがみ、顔がこわばるのを抑えられなかった。

 整った顔立ち、それを崩す蜘蛛の巣のような入れ墨、異国を思わせる髪飾り――ナークあたりなら好みそうだ――、そして極めつけが、ファランよりもやや幼いぐらいの面立ち。


 本当の本当に、ガキじぇねえか。


 口の中で密かに毒づく彼に向かって、美貌の少年は微笑んだ。


「タフだな、結構ここに来るまでに削れたと思うんだけど、物量押しは駄目かあ。量がいても動きが単調で、所詮ただの死体だからかな。何しろ僕はご覧の通り肉弾戦なんて向いてない方ですから、あまりご縁がなくて」


 戦う前の口上なら多少やり合うことがあっても、一度戦いが始まると寡黙になりがちなシドは黙ったまま相手の言うことに任せている。


 シドがやりにくさを感じているのは、少年の顔がさらにファランとどこか似た部分があるからだ。目が紫色で、肌が白い。幼い顔立ちなのに髪まで真っ白なのはどういうわけかと思うが、その部分についてあまり掘り下げても自分に得がない予感しかしないのでそこで思考を打ち切る。


 しかし少年は、誘い込んだシドに話しかけることをやめない。


「こんなに大勢、どこから仕入れてきた――って顔をしていますね。元は屋敷の人間達ですよ? どこかには僕の父親も混ざっていると思います。珍しくもない話ですよね。裕福な人間なんて誰だってやることは一緒でしょ? 移民の女を安値で買って、奴隷のようにこき使いながら犯して、生まれた子どもの容姿が尋常じゃなかったから座敷牢に閉じ込めて育てた。黒闇蜘蛛アルデラと出会うまで、僕の世界は六畳一間しかなかったんです。彼にはとても感謝しているんだ。世界を、僕の生まれてきた意味を教えてくれたから」


 すらすらとどうやらかなり陰惨な身の上話を語る少年の手元で再びしゃらりと音が鳴った。

 直後、シドが足を引いて身体をひねると、少し前まで自分のいた場所に向かってびゅんと飛んできた物がある。

 灰色の影は少年の方から伸びてきて、そのまま少年の手元へと戻っていく。

 彼の右手に収まったそれは鎌の形状をしていた。ただ、普通の鎌とは違い、柄に分銅つきの長い、かなり頑丈そうな鎖がついていて、少年はそれをいくらか巻いてもう片方の手に持っている。先ほどからしゃらしゃら鳴っていたのはこの鎖だっただようだ。

 大人の持つ剣や刀ほどではないにしろ、それなりに重たいだろうし何より特殊な形をしている武器だったが、少年は扱いにそれなりに慣れている様子があった。


 かすりもしなかった鎌を苦笑しながら揺らし、笑い声を上げる。


「はは。優しい人だから僕のそこそこ悲惨な身の上話でもすれば隙を作ってくれるかと思ったんだけど、そう単純には行かないかあ。そうですよね。獣器使いは皆普通の人間とはどこかが違う。あなたの顔の傷、年季が入ってますね。さぞ今まで苦労を積み重ねてこられたのでしょう。少しばかりの不幸自慢じゃあ、揺らいではくれないか」

「ファランはどこだ」

「ようやくしゃべったと思ったらそれかあ。……邪魔だなあ、本当に」


 少年は朗らかな表情にわずかに不快をにじませ、一度鎌の柄から手を離して流れるようにスライドさせ、鎖の部分を持つ。彼はゆるやかに右手を動かし、ぶんぶんと鎖から垂れ下がった鎌を無造作に回し始めた。


「あのね。誰にもシラン様の邪魔はさせない。有象無象達で散ってくれるなら良かったんだけど、まあ所詮は死体人形の塊、元からそう期待してはいない。僕があなたをここに誘い込んだ意味、わかってますよね?」


 彼は朗らかにわらい、爽やかに語りかけてくるが、今やその紫の目は笑っていない。


 シドはじっと彼を見つめ、にらみ合いの中鎌がぶんぶんと回る音だけがしばらく続き――そして硬直したときが動き出す瞬間、二人は同時に床を蹴った。

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