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獣器の真実

 ナークは顔は動かさずに目だけを素早く周囲に向ける。

 一団は、上衣と下衣が別れた着物を身にまとっている。上位はおそらくはだけないように襟元が留められるタイプで、特に武道をたしなんでいる者が着やすい種類だ。下衣の方は股引の形で、膝から下を旅人のように脚絆で覆っている。

 シドも似たような構造の服を着ていたはずだが、やはり異様なのは服装が上から下まで黒基調のいかにも闇に紛れるような暗色系で統一されていることと、頭部を覆う頭巾、そして顔を完全に隠す楕円形の仮面だ。

 仮面だけは白色基調で、目の部分だけが二つぽっかり丸く空いているが、妙に暗くなっていて目玉の色が見えない。赤い線で模様のようなものが描かれているが、残念ながらその意味まではわからない。


 しゃべりかけてきた者を含める手前の三人ほどはいかにも武闘派、筋肉質な体つきが服の上からでもなんとなくわかるが、それ以外は皆せいぜいナークと同じ、普通の人間レベルのように思える。

 どうやら下手をすると集団に女も混じっているな、とナークは顔をしかめた。


「蜘蛛……? 虫が獣器に混じっていたとは初耳っす、聞いたことないっすね」


 相手の外見情報をさっと抑えながらナークがひとまず適当に返事を返すと、とたんに男の空気が変わる。

 無言のまま、相手が身体、特に首のあたりにぐっと力を込めた気配がした。


(あ、これはしまったかも)


 明らかに感情を乱し、不快を示している相手を前に、話題の振り方を間違えたかと密かに舌打ちしかけるナークだが、意外にも少年の声を発する男はぶるぶる震えた後首を振り、自分でどうにか立ち直ったようだった。

 こめかみのあたりにきざったらしく指を置く――そんな動作すらもどこか不気味で気持ち悪い。


「ふ、蛇様……そうでしょうとも、あなた様からすれば我々など確かに卑小な存在。けれど末席に座するものではありますが、我らも間違いなくあなた方と同じ魔獣――三百年前にシラン様に封じられた同胞なのです」


 再び耳慣れない単語を耳にしたナークは、少々迷いはしたものの、結局覚悟を決め、あえて踏み込む方を選択する。


「シラン様……? 魔獣退治の中心となっていたのはルゥリィ様だったはずっすが」

「ああ、あなたもまた、汚れた偽りの聖典しかご存じないのか! なんたる屈辱、なんたる悲しみ!」


 案の定激した様子の少年声の男だが、ナークが構えたまま見守っていると、やはり今度も自分で感情をなだめたらしく、少し経つと落ち着いて、奇妙に穏やかな声に戻る。


「しかしそれも仕方のないこと……歴史は常に勝者が自分に都合良く作るものです。そしてあなた様は我々のように、正しい事を知る機会にも恵まれてこなかった――だから仕方ないのです。しかし同胞までシラン様をご存じないとは、僕はこの嘆きを、怒りを、どう表現すればよいのでしょう?」


(いや、しなくていっすから。うーん、宗教……に近いものなんすかね、どうやら。それにしてもやりにくい相手だ、いきなり盛り上がっていきなり冷めやがる。その法則性も、どこまでが許容量なのかってのもまったくわからない。女の子じゃないならやめてほしいね、そーゆーの)


 ナークはこのやりとりの中で得られた情報を必死に役立てようと考えている。

 おそらく、少年の声の人物は中身も年相応に幼いのではないか、というような印象は持った。話の中ですぐに激昂するあたりとか、それを隠せずとっさに出してしまうあたりとか、特に。

 また黒ずくめの集団の動きや、相手が蜘蛛の獣器と名乗ったことから、ナークはこれらの一団がある種の操り人形のような状態になっており、少年が統率なのではないかと能力のあたりもつけている。

 どうも訓練されたというよりか、本当に眠っているか死んでいるような冷たさと静けさを感じるのだ。少年の声でしゃべっている男本人からすらも。


(蜘蛛、繰り糸、操り人形――たぶん、そういう能力だと思うんだよな。だから本体が別にいて、こいつらは奴がさっき言った通り目や手足に過ぎない……いわば青水蛇スィーダの逆版で、しかも複数を同時にできると来たか。なんつー獣器だよ……)


 それにしてもこちらは圧倒的に情報が足りないので、なんとかしてさらに引き出せないかと彼は思考を続けながら口を開く。


「その、シラン様って方について、おれっち不勉強ものっすから初耳っす。どういう方なのか、お聞かせ願いないっすか?」

「おお同胞よ、素晴らしい心がけです。シラン様こそ真の覇者。すべての獣器の作成者にして、獣王の寵愛を賜りし高貴なお方」

「……その、おれっちたちが知っている話では賢人ルゥリィが仲間を募って獣器に魔獣達を封じたってことっすが、本当は違くて――そのシラン様こそが、本物の獣器作成者ってことなんすね。だったらどうしておれっちたちはそのことを知らないっすか?」


青水蛇スィーダ。いや、割とマジで初耳っすけど、どうなんすか。こいつの言ってること、本当なんすか)


 ナークは確認しつつ相手の反応をうかがいがてら、次の話題に話を誘導する。

 ついでに彼は心の中でそっと青水蛇スィーダに呼びかけてみるが、蛇は場を静観したまま黙して動かない。

 さっき警告してきたことといい、今一緒になって警戒していることといい、ナークが戦うなり逃げるなりしようとすればちゃんと手伝ってはくれるのだろうが、相変わらず微妙に頼りにならない相棒の仕事っぷりである。

 ナークはこっそりため息を飲み込みつつ、心得たとばかりに朗々と語り出した少年の声に耳を傾ける――。




 まるで説教をする僧のような、彼の長い長い話をまとめてみると、こういうことらしい。


 その昔――三百年ほど前、シランという一人の女性がいた。彼女は秘術を伝承する、謎めいた流浪の民の一人だった。

 シランは自らの一族が諸国から偏見を持たれ、迫害される事に心を痛め、あるときついに都に行って願い出た。

 いわく、諸国を悩ませている魔獣を自分の秘術を用いて封じるから、その代わり自分たちがもう二度と脅かされないための権利をください――と。


 ちなみにこのとき、身寄りがなく流民だった彼女の身元引受人兼他者との仲介人となった人こそ、後に大賢人と語り継がれているルゥリィその人だとか。

 また、シランが表立って行動すると反発が大きかったため、王族であり人望もあったルゥリィが皆の代表者となり、顔役となっていた――これが最初の過ちであった、と少年は私情を交えたコメントをする。


 ともかく、その後各地から人を集め、協力して次々と魔獣を封じていったのは、伝承通り。

 ただし、表のまとめ役であるルゥリィのことは素直に人々は賞賛したが、裏の実行者であるシランには風当たりが強いままだった。むしろ、獣器退治に関する良いことはルゥリィのおかげ、悪いことはシランのせい、というような風潮すら高まっていったらしい。

 彼女は自分と自分の一族がこれ以上虐げられないために行動したはずなのに、成果を上げても結果は裏目に出たという、なんともひどい話だ。


 だが、彼女にとっての本当の地獄はここからだった。

 まず、獣器を作ることが出来る――魔獣を封じるだけでなく、その力を使うことができるようになったと知った人々が、利益を求めて動くようになる。

 具体的には、獣器使いによる武力部隊の編成、そして周辺諸国への侵攻を国王が始めた。

 これに対抗するために、周辺諸国もまた獣器を求めた。

 ――そしてその矛先は、シランが愛する彼女の一族に向いたのである。


 シランは自分の功績を評価し、彼女の一族を保護するよう王に求めたが、その願いは叶わなかった。

 むしろ、獣器の周辺諸国への流出とその対抗を恐れた諸侯達によって、シランの一族は襲撃を受け――シラン一人を残して、皆殺しとなった。


 シラン本人もまた、厳重な管理の下に置かれた。

 約束が果たされなかったからと、魔獣退治と獣器作成に難色を示し始めた彼女には、連日苛烈な拷問や脅迫が加えられたという。

 シランは一族に生き残りがいることと、その身の安全をちらつかされて結局は従わざるを得なかった。

 本当はもうとっくに死に絶えた家族のために、最後の獣器作成にすべてを賭けることにした。


 彼女が命がけで作り上げた獣器こそが、無皇凰オウド――そして今こそ、シランの無念を果たすときなのだ。



 少年は浮かれたような調子で、すらすらと語って聞かせる。


「……ちょっと待ってくださいっす」

「おや、同胞よ。何か気になることでも?」


 辛抱強く少年の話を聞いていたナークは、ついに話の途中で声を上げた。

 少年はそれに対して不快に思ったと言うよりかは、純粋に驚いたような反応を示す。

 ナークは一度唇を舐めてから、ゆっくり尋ねた。


「シランさんって人がひどい扱いを受けて、おれっちたちの知っていた話が違ったってのはわかったっす。けど――獣器無皇凰オウドは、作り上げることができなかったはずっす。だからこそ、無皇凰オウドは最後に都を荒らして去って行き、賢人は後に帰ってくることを予言した――」

「違います、違いますよ! あなたは解釈を間違えている。狡猾な権力者達は、真実をすべては話していません。無皇凰オウドは三百年前に完成していました。だからこそ、彼らは凶鳥の片割れなんて警告を出し、その存在を、彼女の報復を恐れたのです――」


 ナークは猛烈に嫌な予感が自分の胸にせり上がってくるのを感じる。

 今まで聞いた話も大分胸くそが悪いものだったが、それ以上の何かが起きるようなとてつもなく嫌な予感がした。

 落ち葉を踏み分けるがさりとした音が響いて、少年は語った。


「シラン様はすべてを賭けて、自分の身体に最強の魔獣を封じることに成功しました。そしてその力を卑劣な周囲に利用されないために、自ら命を絶ったのです」


 やめろ、とナークは自分の唇が震えて動くのを感じた。

 しかし、恍惚とした少年の語りは止まらない。


「翼を持つ女子。背中に特殊な入れ墨のごとき模様を持つそのお方は、生まれながらにして常人には見ることの叶わない存在を認識し、彼を意のままに操ることができるとされます。なぜなら彼女は、他でもないシラン様の転生体であり、獣器無皇凰オウドそのものなのだから。そして無皇凰オウドによる愚民共への復讐こそ、シラン様の、ひいては我らの悲願。何人たりとも邪魔はさせません――」


 ゆらり、と黒ずくめ達が揺れ動く。

 ナークはパッと耳に手をやった。

 会話相手の態度の変化を感じ取ってか、仮面の下で、ぎょろりと血の気のない目が動くのが見える。


「残念です。同胞と思って話をしてきましたが、あなたも所詮は汚れた罪人の一人でしたか」

青水蛇スィーダ!」


 少年が失望したようにつぶやき、黒ずくめの集団が一斉に飛びかかってくるのと、ナークが叫び、蛇が彼の耳飾りから飛び出したのは、ほぼ同時のことだった。




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