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黒ずくめの襲来

 ほぼ同時刻――その少し前。

 大分寒くなってきた山道をゆっくりゆっくりと下りながら、ナークは一人で腕を組み、うんうんと唸っていた。


「どーすっかなあ。たぶん、つか絶対、シドさん近くにいるはずなんすけどねー……」


 ファランには少し遠くの町まで足を伸ばしてくると言って出てきたし、あながち嘘というわけではない。

 一月も同じ所にとどまっているのは、ナークの本来の性質からすると結構居心地が悪い部分もあるし、そろそろ何か自主的に息抜きが必要かもしれないとは考えている。美少女と二人で一つ屋根の下というそこそこ不健全な生活環境を続けていることもあるし(とは言ってもファランからの脈が皆無な上に彼女がかなりのしっかり者なので、結果的に人生で一番健全なのではないかというような暮らしっぷりではある)。


 だが、彼が今回、少しだけ長期にわたって山を下りる時間を増やそうと決めたのは、気分転換のためでも、商売や買い物のためでもない。ちょっと真面目にシド探しをしようと思っているのが、理由として一番大きかった。


 何しろ、さかのぼれば一月前。奴が格好をつけて森の奥へ消えていったのを見送ったときから、「格好つけて言ってみたはいいっすけど、実はシドさん、そう遠くまで足を伸ばしていないんじゃ?」という漠然とした思いと感じがナークにはあったのだ。


 考えの根拠としては、あれだけファランを昼夜気にかけていた男が、しかも結構不器用なことに定評のある男が、「はい今日から別行動」と言われていきなり容易にできるのか、はなはだ疑問である……という点だ。

 十中八九、反射的に「ファラン!」と誰もいない空間に向かって呼びかけては自分で頭を抱えているに違いない。

 奴はそういう駄目男だ。割と自業自得だと思っているので同情はしない。


 そしてもう一つ、感覚の根拠としては、単純に獣器使い同士の仲の勘だ。こちらは論理立てたものではなく、「なんとなく近くから離れていなそうな気がする」程度でしかないが、それでもそこそこ長い期間のつきあいなのだ、まったくの的外れというわけでもないはずとナークは思う。


 しかしそこで解せないのが、気配やらちょっとした噂やらは聞きつけても、肝心の具体的な所在がこの一月明らかになっていない、ということだ。


「痕跡がないわけじゃないっすのに、なんでこんなに姿が見当たらないんだろう? 青水蛇スィーダの捜索にも引っかかってこないし……奴め、もしかして青水蛇スィーダのかわし方でも覚えたのかな」


 ナークは別れ際、うっかり自分の能力についてシドに口走っていたことについて舌打ちする。

 こと戦闘やサバイバル、身の安全の確保というような話題になると頭の回るシドのこと、あの時いくつか余計に口走った言葉で何か思いついていたのかもしれない。


 青水蛇スィーダは水がある場所ならどこにでも行けるが、逆に言えば水のない、乾燥しているような場所とは相性が悪い。

 青水蛇スィーダにできるのは、あくまで近くの水を把握し、かき集め、利用する――その程度の「もともと在る水を利用する」ことなのだ。

 彼自身の身体も水分でできているため、ある程度自家生産したり供給することも全く出来ないとはいわないが、たとえば日照りの田畑がうるおうほどの雨を降らせたりといった、そこまで大がかりな規模になるとほぼ不可能と言わざるを得ない。そんなことをしたら力の使いすぎで衰弱してしまう。


 だから青水蛇スィーダは川をたどったり、地下水や井戸を利用して遠くまで足を伸ばすことは出来るが、あまり水場から離れてしまうような場所に引きこもられていたら対処のしようがないのだ。

 とは言え、生きている限り水は絶対に必要で、だから絶対どこかの水場には現れているはず……と思っているのに一向に形がとらえられないから、こっちももうちょっと本気を出してみようかなと腕まくりしている所なのである。


「くっそー、伊達に何十年も、いろんな奴らの追跡をかわしてきたわけじゃない、ってことなんすかねえ……そういえばシドさん、噂は聞くしかなりの有名人っすけど、それにしては足取りがつかめなかったりしてたっす。ファランちゃん連れてからは特に……んーむ、今まではタネが割れてなかったから探せたけど、早速対策されちゃったってことなんすかねえ」


 ナークはさらにシドの獣器、紅炎熊グエンジュについて考える。

 紅炎熊グエンジュはその名の通り火を操る獣器だが、青水蛇スィーダと違って自分で発火し、しかも火力や燃やす対象まで調整することが可能だ。また、炎にも種類があって、守りの炎のようなものも発することができるという噂もある(噂だけなので実際どういうものなのかはナークも知らない)。


 ナークがわかっている限りでは、使用者の身体能力を向上させ、とんでもない怪力にさせ、火炎放射ができる――そんな荒っぽい使い方がパッと思いつくわけだが、よくよく考えれば結構使い方次第で応用が利きそうな獣器なのである。

 おそらくナーク以上にずっと獣器と過ごし、その力で生き延びてきたシドの事、自分の武器について熟知し、こちらの思いもよらないような能力を使っていておかしくない。


 つくづく、前回いつもの癖でシドにペラペラしゃべってしまった自分のうかつさが悔やまれる。


「まーでも、過ぎたことは悔やんでも仕方ないっすー。とりあえず、沢まで下りて様子見っすかねえ。町に行って情報収集するか、山ん中うろつくかは、そんときの成果で決め――青水蛇スィーダ?」


 自分で自分の考えを整理するように、あるいは頼りになりそうでならない相棒に言い聞かせるようにしゃべっていたナークだが、ふと異変を感じて立ち止まる。

 耳飾りがゆらゆらと揺れ、首筋あたりに寒気が走る。

 はっとなってあたりを見回してみれば、曇天でもないのに妙に暗い。


「オイオイオイ。マジっすかやめてくださいっす、勘弁してくださいっすよ。こちとら獣器持ちとは言え、武闘派じゃねーんだっつーの……」


 周囲から近づく不穏な気配にナークはぼやきながらさっと見回すが、どうも進行方向が不穏――逃げるには山小屋の方に上るしかなさそうだ。

 と思って振り返ってみると、そちらからもがさがさと落ち葉を踏み分ける音がする。

 思わずうめきそうになるのをこらえ、彼はさっと声を張り上げた。


「やあやあこれは皆様、旅の商人に一体何のご用でしょう? おれっちはしがねえ庶民、あんたがたに対する脅威はまったくございやせん。山賊追いはぎ妖怪荷物置いていけの類いなのでしたら、こっちもそこそこお取引の用意が――ああそう、そっすか。物はいらねえタマ置いてけってか。穏やかじゃないねえ」


 実際に見回した相手の姿が映ってから、ナークの声の調子は諦め口調のものに変わる。

 現れたのは、黒い服、黒い頭巾で全身を包み、顔も妙な仮面で隠した一団だ。

 その数、一、二、三、四、五、六――七、まだいるのか!?

 こりゃ駄目だ、多勢に無勢。一体どこから湧いて出たんだと森の木々を仰ぎながら、顔を覆った手の下でそっとナークは考える。


(ファランちゃん――は、悪いけどちょっと無理っぽいっすね。おれっちが行ったところでどうにもなんねえ。うまいとこ隠れるか逃げるかしてほしいが、この分だと難しいか――いや、もう捕まってるって考えた方が無難か。うーわ、最悪……つか、こいつらの目的はなんだ?)


「あーもうこの人数じゃおれっち抵抗のしようがないっす。やるならさっさとひどくならないうちにやってほしいっす、痛いのは嫌いっすから。けどもうちょっとわがままを許していただけるならー、冥土の土産にどなたがおれっちの首を刈ったのかってことと、なんでおれっちそんな目に遭わなきゃいけなかったってことぐらいはー、教えてもらえませんかねー?」


青水蛇スィーダで水辺に逃げるしかないだろうが、さてどうしたもんかな……うまく情報が引き出せるか、時間稼ぎは有効か悪手か)


 さりげなく自分の耳元に手を当てながら覚悟をしようとしたナークを黒影の一団が静かに包囲しようとし――そこで、奇妙に高い声が上がる。


「待った。よく見てみたら、獣器使い(どうほう)じゃないですか。これはまたご無礼を」


 黒ずくめの仮面の一団の中で、一際背の高い人物が歩み出てくる。

 ナークは思わず顔をしかめてしまった。明らかに様子が変だからだ。


「へえ。お仲間さんにしてはー、ずいぶんと? 物騒な雰囲気してるっすけどねえ」

「いやいや、挨拶の礼儀がなっていなくて申し訳ない。あなたは……そう、蛇、ですか。これはまたお懐かしい」


 素早く黒ずくめ達の腰の刀などの武装に目をやったナークは、困惑と警戒で顔をゆがめる。


(どういうことだ……? こいつ、明らかにおかしいっす。けど、正体がつかめない。しかも向こうはあっさり青水蛇スィーダを見抜きやがった)


「そういうあんたに、残念ながらおれっちは心あたりがないんだがねえ。ひょっとして先代さんとでも、ご縁がおありで? それにしちゃー、ナリはでかいがずいぶんお若い声っす」


 ナークが戸惑っている理由の一つは、黒ずくめの人物が明らかに成人男性以上の体格をしているのに、話しかけてくるのが声変わり前の少年を思わせる高い調子のそれだからだ。

 黒ずくめは立ち止まり、指摘されて気がついたと言うような声音になる。


「ああ、もちろん我々人間同士にはご縁がございませんよ。すみません、ついこちらの感覚で話してしまうものでして、違和感があるのかも。あ、声の方はご容赦ください。こちらの者達は僕の手足、そして目にすぎませんから」


 ナークはそのとき、気がついた。

 木々の間から出てきた黒ずくめの集団から、奇妙なほどに生気が感じられないことに。

 さらに言うなら、スィーダを通して水の流れが感じられないことに――。


(畜生が、専門のいないときに限って、ヤバそうな奴が出てきやがった――なんでここにいないんだ、シドさん!)


「はじめまして、蛇様。僕は蜘蛛です。以後お見知りおきを」


 さっと青ざめたナークに向かって、黒ずくめは人形のようにぎこちなく腰を折ってお辞儀して見せた。

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