第13話 苦い思い出
「揃ったな。行くか」
午後11時。消灯時間はとっくに過ぎ、薄暗くなった廊下を三人は歩く。見回りの警備員が時折やって来るが、物置を上手く利用することによって、見つからずに済んだ。
「んで、どこにいくんだよ?」
と小声で聞く健心。秀一は黙ったままだ。
「着いたぞ。ここだ」
「え、鎌野、ここって……」
「食堂じゃねぇか!!」
と二人同時に叫ぶ。
「うるせぇぞ。早く入れ。えっと、確かこの辺に……あったあった」
そう言って、照明盤の横にあるテンキーで暗証番号を入力。エンターキーを押した。
大きな轟音がどこかで鳴り響いた。
「おい鎌野〜。どこで何があったんだ?」
綾乃は怖がるどころか、むしろワクワクしている。
「厨房だ。ほら」
二人は厨房の床をよく見た。
そこには、地下に続く謎の階段があった。先は暗く、床が見えない。
「行くぞ」
階段をゆっくりと降りていく。いったい何があるのか、二人は想像もできなかった。
暗い暗い道を進んでいくと、何やら大きな部屋についた。既に明かりが灯っている。
「おい、ここって……ステージ!?」
健心は驚いた。建物がなければ草もない。コンクリートのステージだ。
「今からここで、特訓をしてもらう」
「いや、でも……」
綾乃が戸惑う。
「安心しろ。防音壁だからバレることはない」
――いや、そういうことじゃなくて……。
「その前に、答え合わせをしたいと思う。二人が悩んでたことは何か、についてだ。『親との関係』じゃないだろうか?」
「……大正解」
と二人揃って答えた。その理由を、まず綾乃が語った。
綾乃は元々両親との三人家族。大阪に住んでいた。綾乃がクラスメイトの筆箱を奪ったり、花瓶を故意に割るなどの問題行動を起こす度、決まって母親が頭を下げにいく。それは小学四年生の時に健心が博多から転校してきた後も続いた。
小学五年生の春休み。綾乃が家へ帰っても、「お帰り」という母の声が聞こえなかった。不審に思った綾乃は、リビングへと向かった。そこについた途端、顔が真っ青になった。
両親共に、床に伏せるようにして倒れていた。綾乃はすぐに救急車を呼んだ。だが、その後落ち着いて現場を見渡した時、綾乃には大体の予想がついていた。
病院で医者から宣告された事。予想した通り、毒薬を用いた、『自殺』だった。遺書によると、学校へ謝りにいく度にストレスが溜まり、これ以上我慢できない、だそうだ。
こうして、天涯孤独の身となった綾乃。ここでようやく痛感した。親がいるということの有り難さを。
これからは全てを一人でこなしていかなければならない。全て自己責任である。それを覚悟した綾乃はそれまでの行いを反省。善人として生活することにした。
これを証明するために一学期全てのテストで九十点以上を獲得。誰もがこれを認めたという。
綾乃が話し終えた。次は健心の番だ。
健心の家は、江戸時代から代々続く鍛冶屋である。当時は武士や大名などが、ここで作られた名刀を求めるほど有名で、繁盛していた。明治初期に廃刀令が出された今では、立ち寄る客が少なくなっている。作っているものと言えばせいぜいレプリカくらいである。
健心は小学5年生の時にこの状況を見て察した。これ以上続けても稼ぐことは出来ない。新しいことを始めなければ、と。
その年の夏休み、父に思い切ってその事を伝えた。しかし父は「廃業しない」と返された。父と子、始めて意見が食い違った。何度言っても「ダメだ」の一点張り。遂には口論になった。この時期から、健心とその父の関係が日に日に悪くなっていった。
それから1年半。健心が自身の「これから」を決定するきっかけとなる出来事が起こった。
ある日、健心は母に呼ばれて部屋に入った。部屋では、母が正座をして待っていた。正座で、しかも二人きりで話をするということは、決まって何か重要なことを話す。健心はそう思った。悪戯をして怒られたときも、同じシチュエーションだったからだ。
「健ちゃん。お母さんが話したいこと、分かるよね」
――静かな口調。前と一緒だ。
「うん。お父さんとのことで……だよね」
「そう。貴方が家のことについて考えてくれているのは嬉しいの。でもね、お父さんのことも、考えてほしいの」
健心にはこの時、何かが違うと感じた。重要なことなのは変わらないのに。
「この鍛冶屋は、ずーっと昔から続いていてね。当主達にはそれを受け継ぎ、次に繋げる責任があるの。それはお父さんにもある。お父さんは、貴方にそれをわかって欲しかったのよ」
それを聞いた健心の目からは、いつの間にか、大粒の涙が落ちていた。
健心は部屋を飛び出した。僕は何て申し訳ない事をしてしまったんだ。その気持ちに気づいていれば。そう思いながら。
父は鍛冶屋でレプリカを作っていた。健心は息を切らしながら父のもとへ歩み寄った。
「お父さん、ごめんなさい。僕、お父さんの気持ち、何も分かっていなかったんだ」
父は黙々とレプリカを作り続けている。
「僕、僕……」
「何も言うな。これからどうしたいかは自分で考えろ」
さらに涙がこぼれてきた。健心は鍛冶屋を後にした。
「んで、これからどうするか決まったら父さんに言うようにしている、と」
しんとしている地下のステージ。秀一は黙々と聞いていた。
「まあ、それはそれでいいと思うぞ。自分で自分の未来を決める。素晴らしいじゃねぇか」
「鎌野……」
「よく考えろよ。俺は、もうそれが出来ない」
「おい、それってどういう……」
「よし、特訓始めるぞ」