第140話 空き時間
午前10時31分。第三試合があまりにも早く終わってしまい、スケジュールの繰り上りが起こる可能性が騒がれていたが、予定通り進むとアナウンスされ、その騒ぎも沈静化した。
ここは栃尾実業高等学校の控室。五人の選手が机に向かい合い、
「……よし、見るか」
これまでの試合のおさらいをしていた。
第一試合、七神高校と久次来高校の試合。基本に忠実で各々の立ち回りも上手。正統とも呼べる試合だった。特に試合中盤の乱戦は学ぶべきところが多く見られ、同時に七神高校の強さたるものを理解するには十分だった。
第二試合、楓城学園と佐納高校の試合。動きは少ないがじっくりと戦略を練られるような、長期戦に向いた試合だった。
第三試合、蓮聖学園と卯ノ木高校の試合。これはあまりにも情報が得られないために諦めることにした。なぜなら10分もたつことなく試合が終了してしまったから。そのうち約4分は睨み合いが続き、終盤に至っては何が起きたかすら、彼らには分からなかった。
「しかもその原因作ったチームが二回戦に進んじゃったから、対策しようがないんだよなぁ」
「一番欲しかったチームの情報が無いってどういうことさ?」
杖光寺綾乃が憤慨する。
彼女はリーダーではあるが、サバサバした性格ゆえに『戦闘』では一人突っ走りそうな印象を与えている。
「この際考えるのは夕方にしません? 二回戦以降は明日やるんですから」
「そうそう。それより他チームの分析を急がないとね」
メンバーで唯一の二年生百地芳樹と、クールビューティーという言葉がよく似合う飯盛七海。いつの間にかチームのまとめ役となった二人がその場を収めた。
「戦術が違いすぎて何とも言えないけど、共通しているのは互いに作戦変更の余地を与えているってとこだな」
タブレット端末を凝視する益田賢太。もとから細いつり目をさらに細くして、睨むように見ていた。
「時間が10分越えてる試合が二つ……確かにそう考えても悪くないよね。あれ」
「どしたの健心?」
「それならやることは一つじゃない?」
「やること……あぁ、そういうことですね!」
すぐに気づいた芳樹。七海も察したようで、笑みを浮かべている。
「え、みんなマジ?」
わかっていないのは綾乃だけだった。
「ほら、僕らの武器をよく考えて」
「……あっ、速攻か!」
そう、栃尾実業の持ち味は、近接武器と高い機動力による短期決着型の戦闘スタイルである。
弓矢や狙撃銃などの遠距離武器を持たない彼らにとって長期戦は不利である。そのため、二人一組を常に維持しながら挟み込むようにして倒す、という戦法を確立している。
「もう頼むよリーダー。俺らの持ち味を存分に活かせるんだからさ」
「ごめんごめん。じゃあ次、アイツらについて作戦練るか」
「近距離武器だけ、しか情報がない……」
リーダーを任命された銃礎鈴菜。相手チームの簡易プロフィールを見て唸っていた。
県立東高等学校の控室。こちらも長い待ち時間を利用して念入りに作戦を練っていた。しかし、綾乃や健心の戦い方はともかく、ほか三人がどのように立ち回るかが想像できないでいた。
「近距離だけなら、ある程度作戦は絞られそうだけどね。まあ銃礎には少し難しいかな」
「またあんたは……。まぁいいわ」
――お、耐えたね。
「ボクたちはいつもどおり、各々が動き回って削りに行く。それでいいと思うよ」
竜胆侑宇里は冷静さを失わなかった。というより、鈴菜の困り顔を見ていつもの調子を取り戻せた。
彼女もまた魔術師で、得意とするのは「青」、変身魔法である。その変身魔法を駆使し、立川侑宇里として暮らしていたが、選抜試験における他の魔術師との邂逅により自ら正体を現した。
「お互い持ち寄ったでしょ? 新戦法」
「あたしは付き合わされただけなんだけど」
「おー疲れ様でーす! 飲み物買ってきましたよセンパイ達!」
扉を開けて入ってきた巽陵悟と花坂雄斗、そして北川桃子。三人とも二年生である。
「ちょっと、パシッたつもりはないんだけど」
「そんなつもりじゃないですよ。僕達なりのお礼だと思ってくだされば」
「ふぅん、まぁいただくわ。ありがと」
鈴菜は人数分ある缶ジュースからブドウ味のソーダをつかんだ。
そして真っ先に開けて一口飲む。
「コーラ飲めないんだ」
「苦手なのよ、これだけは」
「そうなんだ。じゃボクがもーらお」
コーラを掴む侑宇里。
それを見て一斉に残ったジュースを取る二年生達。
どうやら彼らの読みは当たっていたようだ。迷うことなく選んでいく。
「てか北川ちゃん、大変だったでしょ? 自我の強い男子二人についてって」
「い、いえ……そんなことは、ないですよ」
相変わらず桃子は両手を前で重ね、おずおずとした仕草で答える。
「お話聞くの、楽しいですし」
「そっか。何かあったらボクに教えてね。銃礎が代わりに怒るから」
「なんであたし?!」
鈴菜が後輩二人にいじられ、侑宇里がそれに乗っかり、どうすることもできない桃子はただアワアワする。いつもどおりの東高校チームの姿が、そこにはあった。
「さてと、練習した成果は実現できそう?」
「銃礎先輩に練習に付き合ってもらったおかげで、僕はイメトレ十分です!」
「わ、私も、大丈夫です」
「北川ちゃん、顔が辛そうだよ。心配しなくても、いざとなったら騎士が守ってくれるからさ」
「……?」
「あ、侍だった」
「それ僕のことですか? 言っときますけど、必ずしも守れるとは」
「守れる守れないじゃなくてさ、チームの勝利のために守り抜く、だよ?」
「……ぜ、善処します」
無理やり押し切られたような気もするが、間違ってはいない。雄斗は桃子をちらと見ると、
「あっ、その……よろしく、です」
俯きながら小さくそう言った。思わず会釈をする。
「はいはい、俺も作戦練ってきたっすよ!! 今からそれを力説して」
『時間になりましたので、第四試合を開始します。競技場中央に集合してください』
「ああっこれからなのにぃ!」
「まぁ期待してるわよ。さ、行くよ」
午前10時45分。一日目最後の試合が、間もなく始まる。