第137話 第三試合~卯ノ木vs蓮聖~①
午前10時15分。二校の選手達が展開されたステージに入っていく。
四方を高く薄い壁に囲まれた仮想空間には、大河を挟んで一戸建ての家々が並ぶ街並みが見える。
今回のステージ名は「市街地3」。他の市街地ステージより戦略や駆け引きが多くみられるといわれている。
「まず西側の建物に潜んで動向を伺う。そして、何かしらの攻撃でおびき寄せてから奇襲を仕掛ける。武器を見る感じ大きめなのが多いから、彼らの動きに制限をかけるつもりで」
「何かしらってのが気になるけど、それがいいかもね。急襲からの一撃必殺! かっこいい~」
「見張りはあたしと恭介でいいわね?」
「うん。それでお願い」
卯ノ木高校の作戦は、今回のステージの特色とマッチしている分、蓮聖学園より一歩リードしている。
「あ、嵐?!」
今回の天候を除けば。
ステージは毎回ランダムに選ばれる、これは周知の事実であるが、『戦闘』ではさらに天候までもランダムで選定される。朝昼晩のみならず、雪や雨など様々。
また天候状況は、試合が開始されるまで秘密にされる。想定外の事態に対応できるかを問われているのだ。
「これいけるんですか?」
「……ちょっと微妙かも」
卯ノ木高校の作戦は、早くも頓挫の危機に迫っていた。
午前10時20分。各々が心配事を抱える中、試合開始のブザーが鳴り響く。
――嵐……。
民家の間を縦横無尽に駆け巡る暴風と、地面をえぐる勢いで激しく降りしきる大雨をその身に受け、秀一はステージ一帯を眺めていた。
「先輩、とりあえず中へ。冷えますよ」
――仮想体だから大丈夫なはずだが……。
「分かった。今行く」
秀一は屋根から飛び降り、空き家に入る。
東側からスタートした蓮聖学園。じわじわと西側に詰め寄る作戦をとっていたが、この悪天候故に変更せざるを得なくなっていた。
「やむまで待つ、のは得策じゃなさそうね」
「澄佳の言うとおりだな。この様子じゃ止みそうにないし、時間だけが減ってくだけだ」
「向こうも同じ考えとすると、ホントに打つ手がありませんね」
脩人が頭を抱える。
様々な憶測がチーム内を駆ける中、秀一は西側を見つめていた。それも鋭い視線で。
「先輩?」
「……嫌な予感がする」
何かをため込むような音。
それはすぐに止んだ。
「まずい、上だ!!」
直後、轟音とともに屋根に穴が開いた。
卯ノ木に奇襲を仕掛けられた。
直撃は免れたものの、全員が瓦礫などでダメージを受けた。
「見つけたよ、鎌野君!」
煙の中から冬我が飛び出す。
卯ノ木の攻撃は終わらない。
秀一が素早く前に出て、大鎌を振り回す。
柄までもを用いた、防御寄りの戦闘スタイルだ。
「東方向へ逃げろ、ついでに追い打ちに警戒!」
四人を逃がし、秀一は一人、アタッカー二人を相手に立ち向かう。
「逃げると思ったよ、遠距離組は四人を捕捉後追撃を開始。逃すなよ!」
遠くから屋根を駆け抜ける足音が聞こえた。
どうやらすぐ近くにまで詰められていた様子。
「滝川はチャンスがあったら仕掛けて。前衛は俺がやる」
片手剣を武器にもつ航大による的確な指示を、冬我は承諾。
程よく距離を保つ。
「さて、お手並み拝見と行こうじゃないか」
突っ込む航大。左手の剣を振り下ろす。
同じく左利きの秀一は大鎌を回転させてはじく。
そのまま柄で腹をつく。
一瞬ひるんだが、屈することなく踏ん張り、盾を構える。
後ろからの大振り。いつのまにか冬我が回り込んでいた。
それに対して飛び上がる秀一。
ひねりを加え、刃先を向ける。
冬我はかろうじて回避するも、左腕に切り傷を負った。
――着地の隙……!
突き攻撃をしかける航大。だがそれも失敗に終わる。
何かが肩をかすめた。同時に剣が大きくはじかれた。
「速っ?!」
――手数が多いとは聞いていたけど、こんなに手ごわいなんて……!
死神がふるうような大鎌。見た目はとても重そうで、軽々と扱えるようなものではない。
ところが、鎌野秀一はそれを可能にしていた。
――いや、速いどころじゃない! こちらの攻撃がこうも容易く防がれるなんて!!
ハンマーからのサポートがあるとはいえ、これではこちらが防戦一方だ。
猛攻を行いつつ、次の作戦を練らなければ逆に蹂躙される。
「峰岸君!!」
卯ノ木リーダーを呼ぶ女子の声。味方でないのは確実だった。
――三人目。
声のした方を向く秀一。何かを構えているのが見えた。
――が、回転銃?!
気づいた時には、もう弾丸が目の前に。
被弾は避けられない。
ダメージを最小限にとどめることを優先し防御。
同時に後退する。
「先輩、こっちこっち」
物陰から藍華が手招きをする。
それを確認し、素早くもぐりこんだ。
「回転銃……初めて見ましたよ」
「中学の時の『戦闘』でも見たことがない。今回の『戦闘』に向けて新しく造られた武器の一つだろう」
幸いにも卯ノ木は秀一達を見失ったようで、追撃は行われなくなった。
「一応偵察しましょうか? お姉ちゃんよりうまくはできませんけど」
「頼む」
すると藍華は魔法陣を展開。中から黒猫が現れ、西側に向かって駆けていった。
花坂家は代々紫の魔法『召喚魔法』の伝承者としてその地位を保っていた。それは小動物を召喚・使役する魔法で、主に偵察に使われる。
動物の目は使役者の目とリンクし、本人の視界にその光景を映し出す。
またその視界は瞬時に切り替えることができる。
「そういえば、鎌野先輩は使わないんですか、魔法」
藍華の質問に秀一は目を伏せた。
しばらくの沈黙の後、彼は口を開く。
「自分の力を使うわけにはいかない。この戦いのバランスが崩れる」
普段の彼らしくもない、強い口調。
「……だが、やむを得ない場合は別だ」
徐に立ち上がり、秀一は暴風雨の中を駆け抜けていった。
「花坂。先輩の魔法って、何なんだ?」
先ほどまでの話を聞いていた脩人は、今まで不思議に思っていたことをついに聞き出した。
「言いたくないけど……あの人の魔法はね、青紫なの」