第136話 感想戦と情報戦
午前10時10分、第二試合が終了。見ごたえはあった試合だが、
「なんかパッとしないな」
「第一試合と比べちゃうと、ねぇ」
観客の評価は必ずしも良いものではなかった。
「……甘いな」
ここまでの試合を観客席から眺めていた男がそう言う。
「地形を変化させるのはいい案だったけど、それ以降の動きがまだまだ未熟。あの時点でプランをもう二つくらい用意すれば早く倒せてたはず。佐納も対策は良いが後手に回りっぱなしで、守りを優先しすぎている」
「Oh,手厳しいね、ユージは」
そばにいた金髪の女性が隣で冷や汗をかいていた。
彼女もまたこの『戦闘』の関係者で、ここまでの試合をすべて最初から見ていた。
「そりゃそうだろう。やるからにはどんな些細なことでも指摘しておかなきゃ」
「……失敗したから?」
「……いや、こうなることはわかってた。それだけだよ」
剣崎雄治。かつて七神中学高等学校に在籍していた男で、翔陽の父でもある。
2021年3月、雄治は翔陽の作戦の手助けをし、魔術師の共存の可能性に大きく貢献してきた。ところが政府の部隊がそれを好機ととらえ、敵対する天使と悪魔の殲滅プロジェクトを打ち出した。
とどのつまり、『戦闘』の選手である中高生を利用しようとしている。魔術師が含まれているとなればなおさら、だ。
雄治は声を上げ、それに抗議した。だが、受け入れられなかった。
「陽軍と陰軍は変わった。いつにもまして攻撃的になった」
「そうね、今までと見違えるくらいに」
政府の部隊、名前を対天魔特別対策部隊という。自衛隊とはまた別の存在である彼らは本来、天使と悪魔の侵略から迎撃するために創られた部隊であり、自ら戦地に赴くようなものではなかった。それだけに、雄治の受けた衝撃は大きかった。
「そろそろ第三試合、か。似たようなものにならなきゃいいが」
「……ええ」
「……今にして思えば」
蓮聖学園の控室。三摩澄佳がぽつりとつぶやいた。
「よく勝てたね、あたしたち」
「そうですね、悪魔だらけのトーナメントで、まさか出場権利を得られるとは思いませんでしたよ」
二年生の那木脩人も同じことを言う。
『戦闘』公式戦の一か月ほど前、出場メンバーを選定するためのトーナメントが校内で開かれた。激戦の末、彼らは見事に勝ち抜いたのである。
「まぐれ……だとは思うけど」
「俺はそうとは思わない。みんなの実力が彼らより上回った、それだけだ」
生徒会長の鎌野秀一の言葉に、四人は頷く。
「ところで、さっきまでの試合なんだけど……」
「どうした三摩、何か気づいたことがあるのか?」
生徒会副会長の天井悠平だけでなく、藍華や脩人もまだ何か分かっていない。
澄佳は改めて話をつづけた。
「おもいっきり使ってたよね、魔法」
「あぁ、言われてみれば確かに。七神の平野君でしたっけ」
「あの途中から狂ったやつ? あれってホントに魔法なんか?」
「見返してみたが間違いなく魔法だった。橙色の『幻影魔法』だ」
そして秀一は、その魔法について知っていることを話した。
他者に付与することで幻覚を見せ、撃退する魔法。魔法そのものに攻撃力はないが、精神的なダメージは見込めるという。
「だがあそこまで狂うことはないはずだが……」
「先輩、あり得るのが一つだけあります」
しばらく黙っていた藍華が口を開いた。れっきとした魔術師である彼女には、思い当たる節があるという。
「自分に付与するんです。その魔法を」
「え、てことは、自分に魔法をかけたってこと? 暗示みたいに?」
「そうです。ですが理論上可能なだけで、実際やったという話は聞いたことがありません。何せ、解除するための方法が存在しないのですから」
「自分で解除できないってこと、か。相手になったら厄介かも」
ブルブルと震える脩人。秀一もまた、得体のしれないものと戦うことにぞっとした。
「……とにかく、いまできることを考えましょ。優勝目指さなきゃ、だし」
澄佳がこれ以上聞きたくないといわんばかりの形相で話を変える。
「……わっかんないなぁ」
「何が?」
「蓮聖学園のメンバーよ。事前情報を見てもどうくるのか予想がつかないんだよね」
リーダーの峯岸航大は、頭を抱えていた。
私立卯ノ木高等学校。高松市にある至って普通の高校だが、『戦闘』公式戦は初参加。それゆえに、他校の情報を仕入れるのに苦戦していた。
「それは相手だって同じでしょ? できることから考えてこ」
航大は同級生である木崎志乃の言葉に「そうは言うけどなぁ……」と返し、さらに続けた。
「特にリーダーの鎌野秀一君。三年前の公式戦での彼に関する情報はほぼゼロ。途中で中止になったとはいえ副リーダーとしての活躍がないってのはどうよ?」
「……鎌野君、か。久しぶりに聞いたな、その名前」
「た、滝川? 知ってるのか、彼のこと」
「うん。それに、彼の行動は頭に入ってるよ。な、恭介、夏季」
「……まぁ、そうかな」
天野夏季はそう言う傍ら、自らの言動に違和感があることを自覚していた。
夏季は中学のころと比較しておとなしくなっており、誰かと張り合うこともなくなった。彼女はもう、他校に進学した友人としゃべっていた時が一番生き生きしていたとさえ思うようになっていたのである。
「てか話すのめんどいから後よろしく」
「はいはい」
対して市岡恭介には大きく変わったところはない。いつもの、気だるげで面倒くさがりな性格である。
「見た目パワー系にみえる大鎌、彼の武器なんだけど、実はそこまで重さはないし、その分攻撃力も低い。だから必然的に、彼は手数で攻めるスピード型になるといえる。それと……」
少年、滝川冬我により、一部の人にしか知られていなかった情報が明かされていく。
この三人は、かつて七神中学に在籍していた生徒で、翔陽率いるチームと互角の勝負を繰り広げていた。
「それ、マジなのか?」
「大マジ。信用できるものだって、自信を持って言える」
「そっか。あ、いいこと考えた」
双方の作戦会議は続く。第三試合開始はもうすぐだ。