第8話 頭で描く弾道
4月25日、水曜日。一組の教室に、
――やっぱりヤツが動く前に仕留めるべきね。そのためには素早く狙撃できる位置に着かなきゃいけない。でもヤツには眼がある。あれはもう恐怖でしかない……いやいやいや、何弱気になってるの! とにかく、いつ戦ってもいいように準備しなくちゃ。ゼッタイにヤツをギャフンと言わせてやるんだから!
憎き相手を打ち負かす方法を考えている少女がいた。そこへ、
「何をしているんだ、銃礎は」
その憎き相手、秀一が話しかけてきた。
「別に。考えごとをしてただけだし」
そう強い口調で答えたが、
「そうか」
と流された。しかも、
「てっきり、憎き相手である俺をどう打ち負かすのか、考えているのかと思った」
ものの見事に当てられた。
秀一は続ける。
「お前の克服すべき点は自信過剰なところだ。それと、今みたいに物事を深く考えてしまうことだ」
「どういう意味?」
「戦闘では、深く考えるほどの余裕はない。狙撃手にとっては不要な部分でもある」
鈴菜は半信半疑だった。
「そこで、良い案を思いついたのだが、これをやるには条件がある」
秀一は少し間を置き、
「自分自身に一番影響を与えた人物と戦うこと。つまり、俺とやる、ということだ」
「はああ!? 何でアンタとやんなきゃいけない……いやちょっと待って」
――そうなると先週の恨みをここで晴らせるってことよね? 絶好の機会じゃない!
「いいわ、やってあげる」
――切り替えが早いな。
「ならば放課後、グラウンドで」
授業中。鈴菜はまた考え事をしていた。
――全く、何を考えているのよアイツは。そんなことより、この機会を逃さないためにも、どうすれば良いか考えないと。さすがに前回のような手は使ってこない。ステージはランダムだし、これは賭けるしかないわね。あとはこの狙撃銃で頑張るしかな……。
「おい、銃礎! 聞いてるか!?」
「へっ!? あ、すいません」
声を縮める鈴菜。秀一はこの様子を見て、何かを感じた。
銃。拳銃、機関銃、散弾銃、そして狙撃銃の四つ。狙撃銃においては扱いが難しく、所持しているのは鈴菜だけである。
また狙撃銃にはスコープが装備されており、覗くと見える十字の交点に向かって銃弾が発射される。望遠鏡の機能も搭載されているため銃自体が複雑になり、扱いが難しいのだ。
放課後。防具をつけた二人は、運動場の真ん中で向かい合っていた。キューブは秀一が持っている。
「知ってるか? キューブで展開できるステージは、四桁の数字を入力すれば手動で設定できるんだ。今はどこもランダムに設定されているから誰も知らないけどな。4085っと。これでよし」
キューブを置き、ステージを展開させた。
「え、まさかここって……!?」
ステージは、なんと団地。鈴菜が秀一に負けたときのステージだった。
――どういうつもり? 何故わざわざこんなことを?
と考える鈴菜。
「一撃必殺モードでいくぞ。いいな?」
鈴菜は頷いた。
「じゃあ、始めようか」
試合開始。鈴菜はまず、家と家の間に隠れ、様子を見た。
秀一は一歩も動いてない。目を閉じているだけだ。それを見た鈴菜は、できるだけ彼に近づいた。
――近づくのも大変かなって思ってたけど、何もしてこないじゃない。こんなに近いなら外すこともないし、決めちゃうよ。
銃を構え、スコープを覗いた時、鈴菜は、
――えっ、ちょどういうこと!?
と混乱した。秀一がどこにもいないのである。鈴菜は音を立てずに近づいたため、気づかれていないはずだ。
鈴菜は辺りを見回した。とそこに、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「惜しかったな。もう少しで殺れただろ」
「鎌野秀一! どこにいるのよ!?」
「さぁな。お前がこのステージのてっぺんに向かえばわかるだろ」
「ステージのてっぺんって……あそこ!?」
あそことは、鈴菜が避けてきた青い屋根の家である。
「行くしかないわね。『スピードアップ』!」
足元に魔法陣が現れ、そのまま走り出した。
2分後。目的地についた鈴菜は銃を構え、スコープを覗いた。秀一の姿がない。
――出てきなさい、その心臓を撃ち抜いてやるわ!
そう思った直後。
「お前、初陣戦といい午後の授業といい、俺を倒すことしか頭にねぇだろ。当初の目的を忘れるな」
また秀一の声だ。どこかで見ているのではないかと鈴菜は考えた。
――何をたくらんでいるのアイツは!?
「そんなお前に1つアドバイスをしてやろう。狙撃銃にだけ集中しろ。後は何も考えるな」
声はここで途絶えた。鈴菜はハッとして、少し考えた。
――危ない危ない、今のままじゃ勝てないってことを忘れてちゃダメ。すごくムカつくけど、頭を動かして、ここで決める!!
その時、景色がすべて線で結ばれた立体的な等角図が見えるようになった。この状態なら、秀一の姿もすぐ見つけられそうだ。
――ヤツは……いた! 中心の橙色の屋根の家の裏ね! ってこの線は……! 銃口から出ているってことは弾道!? それなら……いけ!!
弾は水平に飛んでいった。鈴菜はすかさず、
「『リフレクター』!」
と唱えた。五枚の透明な板が背後に現れ、鈴菜はタイミングよく板を設置した。それに弾が当たり、反射して上へと向かった。さらに板を置き、水平になるよう反射させた。
彼女が頭で考えた通りに、弾は動いてくれた。その度に鈴菜は嬉しくなった。
五枚目。秀一のいる場所の真上に設置した。弾はそれに当たって急降下。速さを増して落ちた。
轟音が響き渡った。
「ッし!」
ガッツポーズを決め、落ちた場所にやって来た。
「どうよ、私の実力は!」
「いや凄いな。油断してたら、当たってたな」
――あれを避けたの!?
「さて、君は眼の発動に成功した。次元眼だ。見えるものがすべて等角図になり、全体をぐるりと見渡せるようになる。と同時に、頭に浮かんだものが視覚化されて見えるようになるんだ。お前は空間図形が得意なようだから便利になるだろ」
「なるほど。弾道が見えたのはこれが原因なのねって、何で私が空間図形得意ってわかったのよッ!」
「ただし、弱点がある。頭に浮かんだものがそのまま視覚化されるわけだから、余分な思考が混ざると解除される。さっき俺がアドバイスしたのは、これが起こるから注意しろってことだ」
――あの時のはこういうことだったのね。
「さて、そろそろ決着をつけたいところだが、寮に入らないと怒られるからここまでにしよう」
と言うと、秀一は中断を宣言した。
ステージがキューブに戻り、彼はそれを拾った。
「ほら、早く行け」
秀一がキューブを返そうと校舎に向かおうとしたとき、
「待ちなさいよ」
と呼び止められた。 秀一は振り反った。
「勘違いしないでよね。まだ負けたわけじゃないから。次は必ず倒すから待ってなさいよ!」
鈴菜はそういって寮へ向かった。秀一はキューブを返し、その後を追った。