第120話 仙台の三人組
仙台のとある河川敷。一人の少年が黙々と練習に励んでいた。
左ジャブを二回、続けざまに右フック。さながらボクシング選手のような動きを見せる彼は、周りの視線をまったく気にしていなかった。
――このタイミングでっ!
左足による中段横蹴りが空を切る。一通り終えたところで、その場に腰を下ろした。
彼、拳藤大輔もまた『戦闘』出場を志す戦士である。近接戦重視の武器「グローブ」を駆使し、これまで多くのライバルと渡り合ってきた。攻撃重視の彼のファイトスタイルが魔法より物理攻撃を優先しているグローブと相性がよく、常にトップクラスの戦績を上げている。
「いたいた、何してんだここで?」
「涼馬。自主練習だよ」
同じくらいの年頃の高校生が駆け降りる。グローブ使いの少年と面識があるようだ。
「練習場所、借りれるはずなのに?」
「たまにはいいじゃねえか。一人でやってても」
「もうチーム練習の時期なのに何言ってんだ大輔。俺も協力するぜ」
そういうとその少年、原石涼馬はバッグから橙色のグローブを取り出した。彼が持つものはサッカーのゴールキーパーが装着するような分厚いものである。
「本気か? お前今日の練習でぐったりしてたじゃねえか」
一方大輔のグローブは紫色で、中手骨の部分から3センチほどのトゲがついている。他にはない、彼独自のものだ。
「あんなもんちょっと休めばなんてことねえ。さ、始めようぜ」
そういうと涼馬は拳にぐっと力を籠め構える。左手を前に、右手を肩の前に引っ張ったそのたたずまいは、同じグローブ使いでありながら普段遠距離攻撃をくり返している彼からは想像もつかないほど様になっていた。
「珍しく本気ってわけか。いいだろう」
大輔も構えた。左手を腹の前に、右手を顎の前に置くスタイルは、オーソドックスで攻防に優れたスタイルだ。
「いくぜ大輔!!」
「来いよ涼馬!!」
両者地面を強く蹴り、ぶつかる……時だった。
「二人ともストップ!!」
川の向こう岸にまで響かんとする声が、橋の上から降ってきた。
動きを急に止めた二人は、危うくぶつかりそうになった。
「その声は、紗耶香!」
「てめえ邪魔しやがって!!」
「邪魔なのはアンタたち! 公衆の面前でやらないで!!」
駆け降りてくる女子高生。赤いリストバンドを手首に着けている。
「いい加減にしなさい。学校での練習だけでは飽き足らず、ここでも『戦闘』を行うなんて!」
「別にいいじゃねえか。本気でやるつもりはなかったし」
「それでもだめ。原石君、あなた周りになんて言われてるか知ってる?!」
「知ってるよ。「七神の猛獣」だろ? あんなの言わせておきゃいいんだよ」
「それのせいで先生にまで悪い思いされてるのよ?! 私がどれだけ無実を証明し続けたことか……」
「はいはい。さすが風紀委員長の坪内紗耶香様。感謝してますよ」
紗耶香は深くため息をついた。彼自身直すつもりは毛頭ないらしい。
「学園の秩序のためよ」
「それ漫画しかないもんだと思ってた」
「ホントだ。坪内面白いな」
「からかわないで。私本気なんだから」
この三人はともにチームメイトだ。それもチーム結成のころから。
涼馬が「七神の猛獣」などと呼ばれた一年秋ごろから初期に加わっていた二人が脱退。以降誰もチームに加わろうとせず、ずっと三人で練習してきた。今その二枠には新たに一年生が入っており、ようやく始動したところなのだ。
「腹減ってきたな。どっか食いに行くか」
「あ、だったら大井屋はどうだ? あそこうまい飯があるらしいし」
「お、行くか」
即決。二人は立ち上がり、鞄を担いで駆け上がっていく。
「ちょっと、どこ行くの?!」
「飯だよ飯。てめえも来るか?」
「……もう!!」
観念した紗耶香も坂道を駆け上がる。
この三人がそろって歩く姿も、あと少しだけ。それは三人ともわかっていた。だから、その一つ一つを噛みしめ、今を生きている。