第119話 死神の憤怒
鎌野秀一は、魔術師でありながら普通の人間としての要素も併せ持つ特殊な少年。それにより生命力を感知されることがなく、悪魔だらけの高校でも何不自由なく生活できた。一年生時の出来事があって以降は多くの生徒、もとい悪魔から標的にされたが、その都度的確に対処していった。
その勇気ある行動に助けられた一般生徒は多いが、彼はお礼を一切受け取っていない。曰く、「助けようと動いた訳じゃない。あいつらが勝手に目の敵にして勝手に襲いかかってきたから、それを止めただけ」とのこと。だが彼のお陰で実害が減少しているのは確かだ。それによる感謝の気持ちだけは、秀一も理解していた。
しかし、これでは納得のいかない者達も少なくない。数人の悪魔が結託し、次の行動へと移す。
「呼び出された理由、分かるね?」
その少年は表情を変えることなく問いかけた。当時生徒会長を務めていた男である。もちろん、彼も悪魔の一人だった。
周囲には同じく生徒会のメンバーが一人の高校生をにらんでいる。
「いいえ、全く」
一年生の秀一は首を振った。
互いに表情を崩さす対峙する。生徒会室は不気味なほどの静寂に包まれていた。
「君はこの学校に置いては異端だ。異端は排除せよ、それが日本の文化のはず。それに則って、君の処分をこれから決めることにした」
「……確かに日本は集団主義の文化を持っている。周りと違うことをしたら嫌われる、だから皆と一緒に同じことをする。それは間違っていない。だが、それだけで排除しようとするほどこの国の人間は落ちぶれていない」
「なるほど、私の考えが少し過激だということか。だが、君のその意見こそ異端を排除しようとする言動ではないのか?」
「これは批判だが非難ではない。現に撤回しろとは一言もいっていないさ。そこでメモを取っている書記に聞いてみるといい」
書記はハッとしてすぐメモ帳をポケットにいれた。恥ずかしそうに目をそらしている。
「……まあいいだろう」
「で、そろそろ本題に入らないか」
「何をいっている? 今話していることがまさに本題ではないか?」
「いや、本題はそれとは別にある。どうした、目が泳いでるぞ」
彼の観察眼は侮れない。事前調査で分かっていたことだが、油断した途端に発揮されてしまった。会長はため息をつく。
「君には全てお見通し、というわけか」
――単純に作戦ミスだろう。やはり悪魔は悪魔か。
「今度は何をする気だ」
「心を読むことができる君なら分かるだろう。ま、それをしたとしても、間に合うかどうかは別だが」
「あなた達、一体なんのつもりで」
「うるせぇ」
校舎裏。高校三年生くらいの男が、一年生の少女を突き飛ばす。壁に激突した彼女は一瞬気を失いそうになったが、すぐに持ち直した。
「お前、中学では名の知れた奴だって聞いたぜ。三摩家の令嬢で、常にトップクラスで居続けた女だってよ」
彼女の名は、三摩澄佳。彼女もまた一般の人間である。
もともとターゲットの一人ではあったが鎌野秀一の台頭により狙いから外れていた。それが今、生徒会と結託して再び襲い始めたのである。
「でも今守ってくれる奴はいない。遠慮なくできるって訳だ」
「センパイ、この女、結構いい身体してるらしいっすよ? 俺の目に間違いはありゃせんから」
澄佳は青ざめた。これから何をされるかを悟ってしまったからだ。
「でも見た目そこまでではないぞ?」
「そりゃそうっす、なぜなら」
ハサミを取り出したその後輩は彼女の制服を切り裂いた。
「いやぁぁ!!」
「この女着痩せするタイプっすから」
現れた"それ"の豊満さに、悪魔達は動揺した。耐えられず出血する者もいた。
「やっば、なんだこれ……!」
「想像以上でしょ?! 俺も生は初めて見ますけど、やっぱ本物はちげぇや……!」
胸元を素早く隠す。その仕草がさらに刺激を強めた。
「もう無理……!おい、先やっていいか?」
「しょうがねぇな。後で回せよ」
後ろで我慢の限界に達していた男が彼女の手を振りほどいて押さえつける。
抵抗すら許されない。犯される。彼女は何もかもを諦めた。
「じゃあ遠慮な――」
瞬間、彼女の姿が消えた。掴んでいた手も、その感覚がなくなっていた。
「なっ、何!?」
「どこへ消えた!」
辺りを見回すも気配すら感じられない。
「探せ探せ! そう遠くへは行ってないはずだ!」
「――!」
外側からかけられた衣服の感触で、澄佳は現状を理解した。さっきまでの暴漢が嘘のように消えている。
ここは一体どこか。そう思い見渡すと、先程押し倒されていた場所の上、北舎の屋上だった。
――誰かが、私をここに……。
かけられた衣服は大きく、男性用だとすぐにわかった。
温かい。あの集団の熱気とは全く違う、全身を包み込むような暖かさだ。
「こんな計画を考えるとは、連中にしては頭が回るな」
「あなたは……鎌野くん?」
「怖かったろ。でも大丈夫だ。直にすべてが終わる」
そういうと秀一は飛び降りた。
――一体何を……。
怖くなって、下を向く気にもなれない。澄佳はその場に居続けた。
「最初からこれが狙いってわけか」
たじろぐ悪魔達の前に、少年が上から現れた。青紫の髪と瞳を持つその少年は、その顔に怒りをにじませていた。
「お、お前は鎌野秀一!」
「企みはすぐにわかった。あまりにも単純で馬鹿馬鹿しくなったさ」
指揮していた男の胸ぐらを掴む。
「これ以上手を出すなと言ったはずだ。やはり悪魔にはこんな約束、意味がなかったということか」
「貴様ぁ、我ら悪魔を侮辱するか!!」
素早く振りほどき引っ掻く。
紙一重で避けた秀一は後ろに下がる。
「結局こうするしかないのか。あまり大事にはしたくなかった」
そういうと秀一は左手を前に突き出す。大鎌が現れ、それを掴む。
同時に右手も突き出し、呟く。
「『アルワクト・アルダイヤ』」
右手首に魔法陣。違和感を覚えた男は間合いをつめる。
だがそれもむなしく、
パチン!
彼らの動きは止まった。
その後どうなったかは、屋上にいた少女ですらわからない。全てを知っているのは当事者のみだ。最も、その当事者というのは、
『所詮この程度か。小わっぱめが』
「……どこでそれを覚えた、クロウ」
全てを葬った、死神をおいて他にはいない。
後に彼は生徒会長の座に就き、表にって全生徒の頂点にたった。新たに一般生徒のメンバーを集め、その補佐に就かせた。
これがことの顛末である。
その出来事があったからこそ、今の彼らがいる。互いに助け合い、協力し合い、仕事を進めていく。
『戦闘』選抜トーナメントは、もうすぐだ。