第114話 北の戦士
「わあ、ご覧になって!」
休み時間中。多数の生徒が一人の女子生徒に注目する。白の制服を身にまとったその少女は、緋色の髪を揺らしながら廊下を歩いている。その姿は美しく凛としていて、周囲の者を惹きつけた。
「綺麗なお方だ……」
「あの方確か、皇族の遠縁の……」
「そうそう! やっぱり貫禄があって素敵だなぁ」
各地でそのような声が上がる。当の本人はその声に反応することなく、ただ静かに歩いて行った。
――またこれかぁ。やっぱりいたかったな、あの学校に。
角を曲がり誰もいなくなったところで、彼女はため息をついた。もはや応対することすら諦めているようだ。
彼女の名は伏宮麗奈。札幌にある楓城学園高等学校に通う女子生徒である。東京の私立中学出身で、帰郷すると同時にこの学園に入学した、しなければならなかった。
――お父様の命令だから仕方ない……よね。学校自体は悪くないんだし。
この学校、富裕層の子息、息女が在籍者の八割を占めており、また著名人を数多く輩出したという実績がある。敷地は広大で、洋風建築の校舎のほか、各所に体育館、食堂、植物園、礼拝堂等が配置されている。
――三時か。えっと、これから広場で練習して、作戦立てて。それから部屋に戻って……。
「伏宮さん、そちらではありませんよ」
麗奈はハッとして振り向いた。翡翠色のハーフアップ、翠色のたれ目が特徴の彼女。その容姿はグラマラスできれいに整っていた。
「ごきげんよう、伏宮さん」
「山階さん……ごきげんよう」
彼女の名は山階紗玖良。とある産業会社の御令嬢だ。
「また考え事ですか? 最近多いですわよ」
「ごめんなさい」
「貴女はリーダーではないのですから、そこまで気負うことはありませんのに。何か悩みでも?」
麗奈には確かに悩みがある。しかし、これは話して解決するものだろうか? その思いが頭の中で渦巻く。しかもこれは一度や二度ではない。
同じことで何度も心配される。打ち明けようとして、その度に苛まれる。
「ううん、大丈夫。行こ」
そして何事もなかったかのようにふるまう。この繰り返しだ。
「え、ええ」
紗玖良自身はこれに気付いていた。だが触れる勇気がない。もどかしい思いを抱えていた。
『戦闘』訓練は建物に囲まれた広場で行われる。広場はステージが三面展開できるほど広く、多くの生徒が利用している。
「これで全員ですね」
チームリーダーの松方武瑠が仕切り、残り四人がそれに従う。典型的なパターンだ。
「今日はあらためて各々の武器を確認し、作戦を立てます」
「りょーかいです!」
メンバーの一人、朝香響妃が元気よく返事する。
「僕がこの片手剣、伏宮さんと朝香さんが弓、山階さんが杖、そして梨本さんがハンマーと」
「そうだね、いうてそこまで力になれるかわかんないけど」
梨本葵陽が背丈以上あるハンマーにもたれかかる。サバサバした性格の彼女の家系は、かつて広大な土地を持つ地主だったという。
「心配しなくても、私達は貴女を信頼しております。頼りにしていますわよ」
「ありがと」
「さて作戦を……といっても、近接二人がアタッカーになっちゃいますか」
「そうだね、あえて言うなら、ウチの立ち位置が重要かなと思います!」
「杖……。恐らく肝はそこかな」
麗奈も同じことを考えていた。
杖は他より多くの種類の魔法を持つため、どのタイミングで支援をかけるかが鍵を握る。
「一度にたくさん魔法はかけられないから、どれを優先しよう?」
「そうですね……では最初の三分は防御に回し、次の三分で攻撃に専念してみましょう。人によってはいきなり勝負を決めてくることもありますし」
「賛成ですわ。まずは身を守ることから。山階家の家訓でもありますし」
「家訓かぁ。ウチのは聞いたことないから、今度調べてみよ。伏宮さんはなにかある?」
「えっ!? えっと……私もわからない、かも」
「話がそれてますよ。じゃあ、先程の通りに作戦を立てます。練習試合を組んできますね」
武瑠が校舎に駆けていく。別のチームとの対戦申し込みを行うのだ。
「ところで、伏宮さんが皇族の遠縁って話、本当?」
また突然話を振った響妃。他愛もない話とはいえいきなり身内のことを聞かれるとは思わず、麗奈はキョトンとした。そして、次第に内容を理解していく。
「え、え、えいきなりそれ!?」
「それ私も気になる。教えてよ?」
「梨本さんまで!? んーまあ確かにそう、とは聞いてるけど」
「やっぱり!! ねね、どんな御家なの?」
「んー、名前だけで普通だと思うよ? 昔の話なんてみんな忘れてるし」
「そーかなぁ。梨本さんはよくあるって」
――ホントいきなりだなぁ。
「まぁ、昔お世話になった家の子孫が今でも来るみたい。何したんだろうね、祖先は」
武瑠が帰ってくる間、そんなガールズトークが展開されていく。彼女らなりの休息なのだろう。