第112話 野生
平野魁斗。そう名乗った少年のふるまいは、彼らの第一印象を決めるには十分すぎるほどだった。
――いや態度悪っ。よりにもよってこんな生意気な奴が残ってるのかよ……。まぁはぶられるのもわけないか。
「お、おう。よろしく」
感情がすぐ顔に出てしまう将希。しかしそれでは失礼と、ひきつった笑みで歓迎する。彼は湧き出る負の感情を抑え、こらえ続けた。
「あ、ちなみにチームなんてかたっ苦しいものに縛られるつもりはありませんから。まあ何が言いたいかっつーと、指図なんて受けず、全部ひとりでやるってことっす」
この一言を魁斗に言われるまでは。
「なんなんだアイツ、上から目線で言いやがって!! 何が「チームなんてかたっ苦しいものに縛られるつもりはありませんから」だよ!」
魁斗が去ってすぐ、机をどんと叩いた将希。
「さすがに私もムカついた! ザキ君ホントに入れるつもり?!」
「出来たらとっくに追い出してる。だがほかに候補がいない」
「こんなんでうまくいくはずがねぇ。俺は降りるぜ、あんな奴とやってられっか」
鞄を持ち引き戸を勢い良く開け、将希は教室を出て行った。
「……ねぇ。やっぱりあの子は諦めて他探した方が……」
美姫が振り向くと、翔陽はじっとなにかを考えていた。指を重ねて顎を置き、視覚からの情報を遮断する。
美姫はこの時の翔陽を、高校入学時から頻繁に見てきた。何かに関して真剣に考えるその姿は傍から見れば凛々しいものだが、彼女からすれば、翔陽らしくない行動であった。彼の特徴は、現状の理解から次の行動を模索するまでの速さだ。すべての行動を予測しているともとれるその頭の回転の速さにより、中学時代、翔陽率いるチームは幾多の戦いを勝ち進んでいった。
「……よし」
どうやら彼の中で結論が出たようだ。
「ザキ君?」
「明日平野魁斗を呼ぶ」
美姫は彼の発言を疑った。生まれて初めて疑った。
「……本気でチームに入れるつもり?」
「まだそうと決まったわけじゃない。テストするだけさ。花坂、それまでに彼の個人戦時のデータを集めてくれないか?」
「個人戦の?」
「判断材料にするためさ」
「なんすか。説教なら受けませんよ?」
翌日の放課後。グラウンドの中央に立つ二人の戦士。
風一つない静かなグラウンドには、練習に向かう生徒の声だけが響く。
「説教じゃない。君の技量を見せてほしいと思ってな」
「ギリョウ?」
「腕前ってこと。『一人でできる』というのは、それだけ自信があるという証。で、何かしらの理由で自信をつけたとしたら、『戦闘』で何か実績を積んだのだろうと推測ができる。それを見せてくれってことだ」
「あ、だからグラウンドっすか。いいでしょう。見せてあげるっす」
腕の力を抜き、中腰の姿勢をとる。武器を持たず、拳で挑むようだ。
――さて、まずこの構え方から考えないと。
腕の力を完全に抜いたままの立ち姿は、まるで野生の本能にでも目覚めたかのようだ。
ただじっと、翔陽の目を見続けている。
「時間制限はなしにしている。どちらかの体力が半分を切ったら終了だ。いつでもどうぞ」
そういって真っ黒な大剣を引き抜いた瞬間、
「グゥゥゥアアア!!」
一瞬のうちに間合いに入ってきた。
かろうじて左腕で防ぐも、スピードに乗った豪腕をまともに受ける形となった。
――痛ッ! これは、想像以上だな……!
素早く離れるも、闘士は執拗に追いかけていく。
とどまることを知らない猛攻に、翔陽は、当初の予定である「様子見」を変更することにした。
「逃げてばかりっすか、先輩? それじゃあ勝負がつくのも時間の問題っすよ」
この男、獣のような雄叫びをあげていたにもかかわらず、正気を保っている様子。
――これでは狂戦士だな。いや、意識を保ってるだけ増しな方か。
「そうだな。じゃあ俺もいこうか」
翔陽の体力は残り64。対して魁斗は100のまま。
翔陽は走り出した。己の全てを出しきるために。
美姫はグラウンド外から行く末を眺めていた。
彼女だけではない。いつのまにかグラウンドを囲むように生徒達が見物に来ていた。その集団のなかには……。
「ま、マッキー!?」
「よ、よう花坂。お前も見に来てたんだな?」
――やっぱ慣れねぇな、その呼び名。
「もちろんよ。ていうか、マッキーこそなんで?」
「あー、昨日剣崎に酷いこと言っちまったしさ、謝らなきゃと思って。で、探してたらここで戦ってたってわけ」
「そっか。にしてもすごいよね。一回の攻撃であそこまでダメージを受けてるんだもん」
「あぁ。でもそれだけすごいんなら、何で名前があがんねぇんだ?」
「そうね。名前ぐらいは知れ渡ってもいいのに……あれ」
「どうした?」
「今日ザキ君に見せた動画を思い出してるんだけど……もしかして」
「やっぱりな。何か変だと思ったんだ」
翔陽はあの劣勢から奮起し、55対54へともつれ込んだのだ。
「何すか? 言うならハッキリ言ってくださいよ?」
「じゃあ言うぞ」
彼は自らの結論を言う。それは世の理に反し、一歩間違えば死を伴う、危険なものだった。