第111話 新メンバー
『三つ巴の戦い』。紀元前10世紀に勃発した、天使と悪魔、そして人間による大規模戦争である。天使が振るう発達した武器、悪魔の持つ圧倒的な力、そして双方の力の源である「魔法」に翻弄され、人間は滅ぼされるかに見えた。ところが戦争が勃発して40年後、天使や悪魔と同一にして異質な「魔法」を巧みに操る者が現れ始めた。後に「魔術師」と呼ばれる者達である。彼らの参戦により形成は逆転、見事退けることに成功し、50年の長い闘争に終止符を打った。
彼らはその功績が認められ人々の希望となったが、価値観や思想の相違故に手のひらを返され、迫害を受けた。当時ヨーロッパに生活していた魔術師達は世界各地に散り散りになり、今もどこかでひっそりと暮らしている。
2023年。現代日本は、目まぐるしいほどの変貌を遂げていた。
湾岸に設置された砲台や、各所に配備された武装姿の屈強な人々。これらは対天魔特別対策部隊、通称「陽軍」「陰軍」による新たな計画だ。特定の魔法を感知すると同時に準備を開始し、出現を確認次第攻撃を開始するという優れもの。将来は内陸県のどこかに同様の装置を置く予定だという。
それに合わせて防御面も強化。多くの実験を重ね、2022年には東京全体を覆うバリアを形成することに成功。有事の際に発動、人々の安全を守るようにプログラミングした。これも将来は日本全体を覆えるように研究を進める予定だという。
これら全ての開発・生産を可能にしたのは、皮肉にも、彼らが忌み嫌っていた魔術師達の協力によるものだった。もともと魔術師は魔法やその素となる「生命力」を敏感に感じ取ることができ、天使と悪魔に対抗するためには彼らの力が必要不可欠なのだ。
2021年の天使の再来以降、魔術師の存在は少しずつ認められるようになった。魔術師達が彼ら人間に歩み寄ることが出来る日も、そう遠いことではないだろう。
「剣崎さん、ちょっと」
5月16日水曜日の休み時間。担任の先生に呼び出され、黒髪の少年は彼女の後についていく。
私立七神中学高等学校。創設から30年以上経過してもなお欠陥や汚れ一つ見当たらない、綺麗な学校だ。東京港区の中央に位置し、屋上からは区全体が見渡せる。
「何でしょう?」
「チームメンバーに関してだけど、当てはありそう?」
「……まだです」
「そ。選抜試験まであと2か月。それまでにメンバーをそろえないと出られないわよ」
「……はい」
剣崎翔陽、高校三年生。沈着冷静で大抵のことには動じない。中学時代は総勢10人の大型チームを率いていた実力者である。高校に入ってもその力は健在どころか、高校で一二を争うまでに成長していた。
そんな彼が珍しく、頭を抱えていた。
「どうした剣崎? らしくないぞ」
「……泉。先生に呼び出された」
「何かあったのか?」
「メンバーの話。早くしないと出られないらしい」
「あぁ、そういえば一人足りなかったな。どうなんだよ?」
「1年生で空いている人を探しているんだが、なかなか見つからない」
「そっかぁ。さすがに2ヶ月経ってたらチーム作ってたり入ったりしてるか」
紺の髪と瞳を持つ泉将希は、翔陽と同じチームに所属している男子高校生だ。都内の区立中学出身で、成績はかなり優秀なほうだ。
「今日はそれ考えるか」
「練習は良いのか?」
「やらなくても、君達の動きを見ていれば上達しているのはわかる。それに、ここからはチームプレーを主体にして練習しなきゃいけない。うかうかしていたらホントに出られなくなるから」
「OK」
放課後は『戦闘』の練習時間となっている。校舎から、体育着の姿で総勢300名あまりの生徒がぞろぞろとやってきた。
2022年、『戦闘』を高校でも行うことが決定し、すぐさま整備された。中学生で使用されるステージ数に加えて新規ステージを大幅に増加、その他ギミックを追加し、より戦略性の高いシステムを造り上げた。
「で、私たちはここに集まったわけだけど……。ザキ君何やるの?」
紫のセミロング、それと同色の瞳を持つ少女、花坂美姫。翔陽とは中学からの付き合いで、ともに日本一を目指した戦友でもある。
彼女と翔陽、将希の三人は制服姿で空き教室にいる。もう一人は今日はお休みのようだ。
「皆も知っての通り、『戦闘』は5人で1チーム。だけど俺達は一人足りない、チームとして成り立っていないんだ」
「それで剣崎は先生に怒られたんだと」
「そうなの!?」
「本当の話だ。だから一年の中でいないか聞いてみたんだ。思い当たる子がいるから放課後よぶって」
「へぇー。誰なんだろーな?」
「……失礼しゃーす」
けだるそうな声とともに、その少年は教室に入ってきた。身なりも整っているとは言い難いが、当の本人は気にも留めていない。
「剣崎のチームが空いている、とセン公に聞いてきやしたー」
しばらくの沈黙。そして将希がおもむろに立ち上がり、
「……まさか、希望者?」
いかにも信じがたいといった表情で問いかけた。
「そうっす。平野魁斗って言います。よろしくっす」