第108話 進路
「ピタリと来なくなったな、マスコミ」
大輔が窓の向こうを眺める。
ホログラムが消え去り、翔陽が踵を返して校舎へ入っていった頃から、報道陣は次々と撤退を始めていた。
「やっぱ翔陽はすげぇや。綺麗に応対するんだもん。俺だったら途中で投げ出しちまうぜ」
「それはここにいる君達のおかげだ」
翔陽が教室に戻ってきた。
教師達より早く、大輔達に伝えようと考えていたのだ。
「全員の協力がなきゃ、さすがに無理があった。ありがとう」
「……いや、いやいやいや、俺ら何もやってないけど。なぁ杖光寺?」
――うおっ、いきなりかよ!?
「そ、そうだぜ! 全部剣崎達がやったことなんだ、アタシらは何にもやっちゃいないよ」
「いや、君達は初めて魔術師を受け入れてくれた。それだけでも十分だよ」
大輔は照れくさそうに頭を掻いた。
「全く、後片付けを任せきりにして自分は事後報告か」
秀一が帰って来た。続けて魔術師達が入ってくる。
彼らには、ホログラムを出すための準備と投影をお願いしていたのだ。
「まあいいじゃん、良い方向にいったんだし、ね剣崎」
侑宇里は相変わらず楽天的だ。
「竜胆、良い方向に行くかどうかは全国にいる魔術師次第だ。あえて強制はしなかったから、彼らが変えていくしかない」
「んー。ま、それが黒魔術師様のお考えなら仕方ないか」
一大イベントは連日報道され、魔術師の存在が広く知られることに。テレビやネット上では、彼らのあり方について賛否が分かれたが、知名度は確かに高まった。
ある女子生徒の話では、友達の中に魔術師がいて、その子は嫌われたくなかったからずっと嘘をついていたという。これがきっかけで、既に魔術師達が社会に溶け込んでおり、何不自由なく暮らしていることが明らかになった。
今後の行方は、彼らと、それに向き合う人間次第だ。
「進路かぁ。皆どうすんだ?」
「既に決めたでしょ? もう忘れたのかい?」
二月下旬の昼休み。大輔はその場にいた全員に聞いてみた。
そう、彼らは三年生。もうすぐ卒業である。卒業後はそのまま内部進学として七神高校に入学するか、それ以外の高校に進むかのどちらかを選択する。
「そ、そういう健心はどこ行くんだよ?」
「僕は帰るよ、実家に。そんでそこの高校にはいるんだ」
「へぇー、確か福岡だっけか。ま、俺もそうなんだけど」
「やっぱり弟さん達、心配?」
「ああ。さすがに迷惑かけられねぇよ」
拳藤家の家計は未だ厳しい状態が続いている。だがこの学校に来れたのは、大輔の努力があったのと、ある約束を交わしていたからだ。
「どのみち中学終わる頃には、仕事手伝わなきゃなんねぇし」
「えっ、高校は?」
「……行かねぇ。それが親父とお袋との約束なんだ」
「……そっか」
他の人に聞いたところ、半数はここに残るそうだ。それぞれの夢を抱き、つかの間の休息を楽しむ。
「私はね、ここに残る!」
美姫が堂々と宣言する。
中庭にてランチタイムの女子達も、その話で盛り上がっていた。
「山梨には戻らないの?」
「だってここが一番楽しいんだもん。弟達の面倒も見なきゃだし」
「お姉ちゃんしてるなぁ。アタシは大阪に戻るよ」
「あたしも。家族が心配だし」
綾乃と鈴菜はそれぞれ帰る様子。一方麗奈は、
「私は、残ろうかな」
「えっホント!?私嬉しいよ!」
美姫が横から抱きついた。
「み、美姫ちゃん、苦しい……」
麗奈が腕をポンポンと叩くと、美姫はすぐに手放した。
「ご、ごめん! 大丈夫?」
「うん、平気平気」
「そっかー、皆バラバラかぁ」
「うん……寂しくなっちゃうね」
卒業と同時に、チームは解散する。それを悟った女子達。しんみりとした空気に包まれる。
「でも、いつか会えるわよ。ほら、高校でも『戦闘』あるらしいし」
「おっ、てことは次会うときは敵同士ってか?」
「ヤバイ、燃えてきた……!」
また再会できる。絆を深めたシステムで。四人が喜んでいると、昼休みの終わりを告げるチャイムが響く。次は掃除だ。
「わり、アタシ達外だわ」
「じゃあね麗奈、美姫!」
綾乃と鈴菜は玄関へと駆けていく。
「……残る理由、ザキ君でしょ」
二人が立ち去ってから発せられた、美姫の指摘。それに麗奈は顔をこわばらせた。次第に紅潮していく。
「……やっぱり」
「……何で分かったの」
「女の勘ってやつ?……て言っても、信ぴょう性がないよね。本当は、はーちゃんの視線で分かったんだ。私もおんなじだったから」
「美姫ちゃんも?」
「そ。つまり、はーちゃんと私は味方でもあり、恋のライバルでもあるってこと。ほっといたら私がとっちゃうよ」
「それは……」
麗奈は戸惑っていた。自身は明確に好意があるわけではないのに、美姫に指摘された途端動揺するように。いったいこれが何なのかわからなかったのだ。
だがその困惑を裂くように電話が鳴った。麗奈の携帯からだ。
電話の相手を見て、彼女の戸惑いは一瞬のうちに消え去った。
その変化を美姫は見逃さない。
「ちょっと出るね」
そういうと麗奈はどこかへ行ってしまった。美姫は追わない。壁にもたれかかって待つことにした。
「……はい、麗奈です」
『私だ。分かっているな?』
「……はい。三月末には、戻るつもりです」
『よろしい』
現実はいつだって非情だ。麗奈はその場にしゃがみ込み、顔を手で覆った。