第106話 第二の戦
「……また来てるよ」
「今日もかぁ。めんどくさいな」
午前9時30分。花坂雄斗、藍華がそろってため息をつく。
七神中学高等学校。東京都港区にある私立校だ。国立競技場から帰って来た選手たちは各々日常へと戻ろうとしていた。三年生はこの時期から受験に取り組むことになる。内部進学、という手もあるが、今年はそれが生徒のほぼ半分で、あと半分は地元の高校に進学するようだ。
だが、彼らはじっくり勉強することが出来ないでいた。その原因は、校門付近にいる記者達である。
『戦闘』公式戦が天使の乱入により中止に追い込まれることとなったが、あの日率先して避難誘導を行ったのが七神中の魔術師。その時にテレビ中継に映ってしまったことで世間は大騒ぎ。公の場に魔術師が表れるのは実に4年ぶりのことで、報道陣はこぞって七神中へ押し寄せていた。
「ずっと自習なのもこのせいだもんな。先生必死そうだ」
「やっぱり私達が出しゃばったからなんじゃ……」
「関係ないって、むしろあれが正しい判断だって。そこで悔やむ必要はないと思うよ」
「……そうだけどぉ」
魔術師は一般人からは嫌われている、それはどの社会、国でも同じだ。見つけ次第力ずくで排除しようとする国もある。日本ではそのような表立ったことはないが、親友だと思っていたクラスメイトが魔術師だと知った途端よそよそしくなる、みたいな扱いをしているのが現状である。
「でも大丈夫。僕らにはあの人らがいるから」
「先輩たち、だよね。信頼はしてるけど、どうにかできるの? 相手にするのはマスコミだけじゃないのよ」
「そうなんだよなあ」
「どう思う剣崎?」
「……今この場で公表してもいいかもしれない。ちょうどいい機会だ」
同時刻、特別クラスである三年一組。窓の外を眺めていた二人の魔術師、剣崎翔陽と鎌野秀一。彼らの視線の先には、フラッシュを焚いてマイクを教師に向ける報道記者と、その背後からこちらに黒い箱を向けるカメラマンがいる。学校を囲む柵には中継車が、有無を言わさず聞き出そうとする発信者と対照的に行儀よく列を作っていた。
「いつまでいるんだろうな」
ふと秀一がそんなことを聞いてきた。目線はなぜか廊下を向いている。翔陽はちらりと見てすべてを察した。
次の授業の準備のため先生が早めに来ていたのだ。
「さあ、真実を突き止めるか、それより大きなゴシップ捕まえるまでじゃないか?」
「長ぇな」
先生が去ったあと、話を戻す。
「午後にも来るだろう、そのときに全部話すさ」
「算段は?」
「ある程度はある。この日のために練ってきたんだからな」
翔陽の手には1枚の紙きれが。何やら箇条書きで書かれている。
「……本気だな?」
「本気だ。だがこれらを実行するには君や他の魔術師、その他大勢の協力が要る」
「ああ。それは以前から承知している」
チャイムが鳴り、二時限目が開始される。ぞろぞろと席に戻るクラスメイト達。
「事前に連絡を入れておいたから、あとはお前次第だ、黒魔術師」
「ああ」
「全部言うのか、先代が頑なに口を開けなかった、その話を」
冬休みの剣崎家。雄治は息子の意見に耳を傾けていた。
「でなきゃ魔術師は肩身の狭い思いをし続けなきゃならない。必要なんだよ」
「じゃその算段は? 一億五千万といる国民が納得するための根拠は? 仮に理解してもらったとしてその先のビジョンはあるのか?」
翔陽は考え込んでしまった。
「あのな、根拠のない自信はいくらでも言えるんだ。だが裏付けるものがないと途端に計画は崩れ落ちる。場合によってはお前の信用問題にまで発展するんだぞ」
反論できず唇を噛みしめる翔陽。うつむく彼の目に白いものが通り過ぎた。
「まず自分がどうしたいか書いてみろ。その上で自分に出来ることを考えるんだ」
雄治が鉛筆を持ってきた。それを手に取り、紙に書き出す。
「それに、黒魔術師といえどお前はまだ子供。大勢の前で堂々と言ったところで戯言だと一蹴されるのがオチだ。だから周りにも頼めよ。少なくとも、ここに一人暇な大人がいるからさ」
一言一言噛み締めるように聞いていると、不意に黒魔術師の顔から笑みがこぼれた。
「週末暇じゃねぇのに何言ってんだよ」
「あ、そうだっけか?」
雄治も自分で言って吹き出した。しばらく収まることのないそのおかしさは、大丈夫とでも言うかのように翔陽の背中を押した。
「……ありがと」
昼食時間中は外に出ることが禁じられ、全員校内で買えるパンにかぶりついていた。
「ずっといるな、マスコミ」
特別クラスの原石涼真がうっとうしそうに眺める。
「あの無理矢理吐き出させようとするやり方、ネットでつけられてるあだ名の意味が分かるような気がするよ。私もああならないよう気を付けなきゃ」
「えリーダー、記者目指してるの?」
「うん、父さんが新聞記者ってのもあるけどね」
「へぇ、そっかぁ。いいなぁ夢があって」
そう呟く天野夏季の目は、どこか虚しそうだ。
「ところで立川は? 久しぶりに皆で食べようと思ってたんだが」
「アイツなら、『ちょっと用事がある』って行っちゃったわ。何考えてんだか」
「……ホントにやるんだね」
「美姫、怖いのかい?」
「怖いよ。でも私達なら出来る。そうでしょ?」
「それもそっか。ボクは何かが変わるってのを見るだけで十分なんだけどね」
『準備が出来た、始めるぞ』
「ザキ君、こっちもOKだよ」
『よし、じゃ手はず通りに』
1月25日月曜日、午後一時。この時を境に常識が変わる。