第104話 因縁
二人の動きは見る者全てを圧倒させた。男の、迫る天使をいなす竹刀さばき。女が射る矢の、急所を確実に射抜く正確性。何より互いが互いの阻害をしないコンビネーションの良さが秀でていた。
『さっきまでのと違いすぎる、戦いづらい!』
『人間にここまで頭の働く奴らがいたとは……!』
天使が次々と倒れて、そして消滅していく。それを見た大地は、周りにこう命令。
「ぼ、僕らも援護するぞ!」
「大尉、いいんですか!?」
「天使を確実に消滅させることができるのがあの二人である以上、二人がやられたら今度こそ終わりだ! だからそれを阻止する!!」
それがこの事態を乗りきる最善策にして、唯一の策。生き残った二人の隊員はそう悟った。
案の定、天使の一人がこれに気づき、魔法陣を展開。女に攻撃を仕掛けようとする。
「撃て!!」
わずかに残っていた全ての兵器を駆使し、技の発動を阻止。
「Oh,thank you!」
にこやかな表情でお礼を言われた。大地は胸が熱くなった。
――集中しろ、気を緩めるな僕!
『あの男……。私が相手しよう』
止めを指し損ねたフトゥレが自ら前に出て、白い剣を振るう。
それを受け止める男。
「よぉ、久しぶりだな加古川。いや、今はフトゥレだっけ」
『昔の名で呼ぶな。あれはもう存在しない!』
加古川光希。武家の末裔である加古川家の子息で、七神中学高等学校第一期生。後に『平成の騎士団』リーダーになる男である。
勉学はそこそこだが武術に秀でており、幼少から剣道・弓道・薙刀など、多くの分野に携わっていた。入学当初もその力量は健在であり、数々の武器に手をつけていった。
周りは自分の実力を認め、尊敬してくれる。それは家でも学校でも、どこでも同じだ。光希は自らの力を信じ、日々訓練を重ねた。
「なぁ、勝負しようぜ」
それは、入学から二ヶ月後のことだった。光希の前に現れたのは剣崎雄治。同じく第一期生で、光希とは別のクラスの少年だ。小柄ながらもその目は先を見据えており、どこか大人びていた。そのアンバランスさに、周りの生徒は気味が悪いと、彼を敬遠していたという。
「いいけど、君戦ったこととか、訓練したことある?」
「んー、学校以外ではないけど」
光希はその言葉に偽りはないと悟った。普通の家庭でそのようなことは間違いなくない。親が学生運動に参加し、本気で戦ったのなら話は変わるが。
「分かった。じゃあハンデをつけるよ」
「いいの?」
「大丈夫。でなきゃすぐに終わっちゃうだろうしね」
その判断が、彼の初めての敗北につながった。
この男、自身に迫る危険を防御する技術は人一倍優れていた。互いの武器は小さな片手剣。武器のみの実力は互角で、光希が手を抜いているにもかかわらず、雄治はしっかりと相手の剣先を見て、それに合わせて防御している。
次第に本気を出していく光希。だんだん素早くなっていく。
それでもなおついていく雄治。もはや初心者とは思えないほどの太刀筋だった。
――コイツ……!
光希はいつの間にか、本気を出していた。無意識のうちに、人外の動きすら見せていた。武器同士がぶつかる瞬間力を底上げし、大きくのけぞらせる。その隙に身体を斬っていく。
さすがの雄治も彼が本気だということに気づいていた。そこで、ひとつの作戦を実行する。
つばぜり合いの最中、不意に力を抜く。
斬られる直前に差し掛かった時、右に受け流した。
バランスを崩した光希はそのまま前に倒れかける。
「『パワーライズ』!」
魔法で力を上乗せし、背中に大きなダメージを与えた。
さらに、それとは別の衝撃が光希を襲う。
「弱点……! そこにあったか!?」
『戦闘』初期のルールに、「弱点」と呼ばれるシステムがあった。試合ごとにランダムで設定される弱点ポイント。ここに攻撃を当てることで、体力を大きく減らすことが出きる。与えた技の攻撃力を二倍したものがそのままダメージとなるため、数値によっては一撃で勝負が決まることがある。
大きく吹っ飛ばされる光希。壁に激突した。
「コイツ、紛れもない強さじゃねぇか。ホントに素人か……?」
そのまま光希は力尽きた。
その後も幾度か戦った。時に一進一退の末引き分けになることもあった。そんな彼の正体は上級天使『フトゥレ』。人間としての加古川光希は存在しない。厳密に言えば、本人が生まれる前に、この天使に全てを乗っ取られていたのだ。
「正直ビックリだぜ、加古川。でもお前が天使だと分かったことで、これまでの辻褄が合った」
『だから私は加古川ではない、フトゥレだ!』
「そっかぁ。まぁこれ以上言っても無駄だな。アリス、アレやるぞ」
「All right!」
アリスと呼ばれた金髪の女性は、再び矢をつがえる。だが様子がおかしい。
何と矢が三本もある。そして白の魔法陣を矢の先端に配置していた。
「撃て!!」
「yes!『scatter』!!」
上向きに矢を放ち魔法陣をくぐった瞬間、三本あった矢が六本に増える。その先には無数の魔法陣。くぐる度に矢は二倍になる。
この白魔法は、物体が魔法陣をくぐる度、その個数が二倍になる魔法だ。例えば、一本の矢がくぐれば二本に、その二本の矢がそれぞれの魔法陣をくぐれば総計四本に、という具合に増えていく。魔法陣はレベル3で三つまでセットすることができる。
『ただの矢だ。防ぎきれる』
「そうかな?」
雄治は上から降る矢の雨を掻い潜り、竹刀を振るう。
「いつもお前は背中が甘いんだよ。だから苦戦するんだ」
つばぜり合いに差し掛かった瞬間に一本矢が突き刺さる。
『グッ……けんざぁきぃぃいい!!』
断末魔を上げたフトゥレは、ついに地に落ちた。
「強いな、あの人」
二人の戦い方に、雄斗が感心する。
「あれ、ザキ君のお父さんらしいよ」
「マジ!? どうりで強いわけだ」
「ボクも初めてだよ。あそこまで無駄のない動きを見るの」
「てか、終わったんだよね? この戦い」
藍華の問いかけに魔術師四人が目を見合わせる。
「加古川。頭脳明晰で、何もかもを計算ずくでこなしてきたお前にしては、あっけなかったな」
『……黙れ』
陽軍の第三部隊がマシンガンをフトゥレに向ける。
空を舞い、大剣を振り回し戦った上級天使フトゥレが、ついに地に落ちた。周りの天使も見当たらない。人間は勝利を確信した。
『まだ、終わったわけではない……! この傷もすぐに回復して、そうすれば、再び戦うことが……!』
「やめとけ。見てみ、今立ち上がったとてまた返り討ちに遭うのがオチだ」
確かにフトゥレの周囲には、武器を装備し体力も万全な戦士達が。だが、
「……お前それ!」
雄治が何かを発見し、そして驚いた。
肩から光の粒子が溢れ、身体も消えかけている。
『Look out!!』
アリスが『シールド』を展開。弾かれた音に反応し、雄治は身をのけぞらせた。
フトゥレが雄治の死角から攻撃を仕掛けていたのだ。
『次は我ら「平成の騎士団」を総動員させる! 人間の敗北は確実なものとなるだろう!』
立ち上がったフトゥレは上部に魔法陣を展開。わずかに残った力を振り絞って翼を広げ飛び上がり、天界に帰還した。
午前11時10分。約一時間に及ぶ天界との戦いは終わり、人々は安堵する。
「勝った……のか?」
避難していた大輔がそう呟くと、
「いや、勝ったと言えるか、微妙だよね?」
健心が返した。
そう、今回は人間の勝利と言えるが、逃げられたために"完全"とは言えなかった。またいつか現れる。それは間違いない。
「俺達、何もできなかったな」
「……そうだね。僕らは確かに戦士だけど、それは周囲からの攻撃がない、守られた場所での話だから。力になれなかったんだ」
二人は無力感に苛まれた。これじゃあ何のためにやってきたのかが分からない。それは周りの中学生戦士の大半もおなじだった。
「会長、今回の公式戦は……」
「……今年度は中止だ。仕方がないだろう」
こうして、優勝をかけて戦った彼らの『戦闘』は、天使の乱入により無慈悲にも終わりを告げた。