第5話 対照的な二人
午後2時半。決勝戦が行われる30分前。翔陽は、秀一の対策をしていた。
――これまでの試合から考えると、秀一はとにかく速い。スピード勝負だと負けるのは確実。となると持久戦。でも、心眼があるからそんな作戦すぐ見破られる。しかもアイツは、本気でかかってくる。昨日そう言ったんだから。
昨夜、翔陽が部屋に戻ろうとエレベーターに乗った時、秀一と出会った。そして乗り合わせた。右隣からピリピリと感じる殺気。
このとき翔陽は、殺気の正体が秀一だと確信した。
しばらく無言の状態が続いた。翔陽には、七階までがとても長く感じた。
ようやく七階到着のアナウンスが聞こえた時は、ホッと一安心した。
翔陽は701号室へ向かう。その後ろを、秀一が追う。翔陽はドアについているランプを見ながら、
――コイツ、何号室だ? もうこの辺は他の生徒が入ってんだけど。
と考えた。
このランプ、赤く光っている時は誰かが入っている事を表している。今翔陽はランプが付いてない部屋、つまり秀一の部屋を歩きながら探しているのだ。
しかし、どの部屋を見てもランプがついているところばかり。とうとう自分の部屋に着いてしまった。その瞬間、翔陽は思わず叫んだ。
「702号室!! 変だと思ってたけどここだったのか!」
702号室。麗奈達でさえこの部屋の生徒が誰か分からなかった。まさかここに住んでいるのが速度のバケモノだとは誰も思わなかったのだ。
その声で秀一が立ち止まった。翔陽はドキッとした。
「明日、決勝まで上がって来るんだろう? いや、絶対上がるな」
意外な言葉にきょとんとする翔陽。
「試合見ててお前と戦いたくなった。明日全力でお前を倒す」
そう言って秀一は部屋に入っていった。
結局何の対策もできないまま、試合に臨むことになった。
――考えても無理だ。全力でぶつかるしかない。
会場には、1年生全員、さらには決勝戦をみようと2、3年生もやって来て、再び満席にになった。
試合開始3分前。ステージが展開された。東京で有名な橋、レインボーブリッジだ。
「どこでもありなんだな」
翔陽はそう呟いた。
レインボーブリッジがありならば、京都の清水寺、奈良の東大寺など、名所もステージとして展開できる。本物の建造物を壊すわけではない。
「決勝戦、開始!!」
始まってすぐ、秀一が、
「『スピードアップ』!」
と唱えた。すると、秀一の足元に、青紫色の、円形の模様が浮かび上がった。その模様は、誰もが見たことのある、ゲームで有名な魔法陣だった。
魔法は使える。ただし、速度を上げる、攻撃力を高めるといった補助魔法が多い。
「なるほど。魔法はそう使うのか。よし、俺もやってみるか。『スピードアップ』!」
翔陽も唱えた。だが秀一とは違い、白い魔法陣が足元に現れただけだ。翔陽は疑問に思いながらも、走ってみた。
ホントに速くなった。
ジョギングしているのに、本気で走っている感じだ。翔陽は思った。
――これならヤツに追い付ける!スピード勝負もいけるな!
一方秀一は、翔陽の魔法陣展開をみていた。
「覚えるのが早いな。これは面白くなるかも。だが使用不可時間があることは、さすがに知らないだろう」
魔法は連続して使うことができない。使ってからある程度時間がたつともう一度使うことができる。この魔法が使えない時間を使用不可時間という。
魔法は三段階にレベル分けされ、強力な魔法ほど効果時間が短く、使用不可時間が長い。
「さぁお互いにレベル1の魔法を使用しました! 教えた覚えはありませんが、まあ良しとしましょう!」
「レベル1の魔法の使用不可時間は効果時間に比例しますからね。スピードアップは3分間です」
「さぁ、お互いに相手の姿を確認しました! いよいよ戦闘になります! 先にダメージを与えるのはどちらか!?」
翔陽と秀一がゆっくりと近づいていく。風の音しか聞こえず、見ている人を緊張させる。橋の真ん中で、二人は止まった。その距離、10メートル。
「なぁ健心、どっちが勝つと思う?」
「うーん、僕はやっぱ翔よ――」
試合開始から3分。轟音と共に、二人がついにぶつかった。
「今、お互いが動き出しました!! 双方武器の威力が高い模様!!」
「ぶつかるたびに発生する衝撃波がその証拠です――ウワッ! 他とは全く違います!」
この瞬間、全ての人が二人の力を目の当たりにした。どちらが勝ってもおかしくない。いや、引き分けになるのではないか、と。
「このスピードにも慣れてきたな。これを維持し――っ!」
直後、翔陽は自身の身体に異変を感じた。
「さっきより遅くなってる!」
「効果切れだな」
隙だらけの翔陽を、秀一は大鎌で斬り続ける。
このままではまずいと、翔陽は一度引き下がる。
「もう一度、『スピードアップ』!」
そう叫ぶも、何も変化しない。翔陽は混乱した。
――どうなってるんだ、何度でも使えるだろこういうのって!!
案の定、翔陽は何もわかっていなかった。それを心眼で読んでいた秀一。
「どうした、これで焦っていては負けるぞ」
「クソッ、こうなったらこのままやってやる!」
残り5分。お互いにぶつかり、蹴飛ばし合いながらも戦闘は続いた。翔陽の残り体力45、秀一の残り体力48。
「なかなかやるじゃねぇか。受け止めるのがやっとだけど」
翔陽が息を切らしながら聞いた。
「それはこっちのセリフだ。大剣だろ、それ。何故そんな重いものを軽々と片手で振るえるんだ。二回戦目の相手でさえ両手持ちだったぞ」
秀一にこう言われ、翔陽は少し頭に来た。
「お前だってそうじゃねぇか。あの死神でも両手持ちだったからなっ!」
剣と鎌がぶつかり、金属音が鳴り響く。
決着がつかない。何か手を打たなければ、と翔陽は考えた。数秒後、彼はある作戦を思いついた。一か八かの大勝負になるが、それでも翔陽は賭けに出た。
客席の7人も固唾を飲んで見守る。
「麗奈、あと何秒?」
鈴菜が麗奈に、残り時間を聞く。
「あと……30秒! ここで決めたいところね」
二人とも強い。ここにいる生徒全員がそう認めた。その勝負も、終わりが近づいてきた。
鎌を上に弾き、そのまま懐に入り込んだ翔陽。秀一はすかさず、上に弾かれた鎌を力任せに降り下ろした。
――ここだっ!
翔陽は、降り下ろされた鎌を右方向へ回転しながら避け、その回転を利用して秀一の背中を斬った。一か八かの作戦、それは未来眼の解禁だった。
防具は黒に変色。そのまま秀一はうつ伏せに倒れた。