第103話 先見の眼
「……ッ!!」
昼間の太陽に当てられ、翔陽は意識を取り戻した。
午前11時過ぎ。どこを見渡しても人影がない。誰もいない世界に自分だけ放り込まれたかのようだ。
「やられた。まさか眠らせたはずの”偽者”が天使達に反応して暴れるなんて……。早く、行かなきゃ」
ゆっくりと起き上がり、外へと歩き出す。
天使はどうなったか、皆は無事か。それだけが気がかりだった。
外では銃撃音がこだましていた。あちこちで黒煙があがる。翔陽は急いで避難所である球場に向かう。
彼自身、ここまで戦が激化していたとは思いもしなかった。あの場で早急に対処しなかったから、今こうして仲間たちにまで被害が及んでいる。
これ以上は戦火を広げない。改めてその覚悟を抱き、翔陽は走り続けた。
女性が戻るまでの間、陽軍も負けじと奮闘していた。
マシンガンを撃ち込んで牽制し、攻め込んできた敵には剣などで応対。
「負けんなよ! 応援が来るまで持ちこたえるんだ」
第四部隊隊長、小泉大地の鼓舞もあり、現在は陽軍が優勢だ。
「しかし大尉、この武器良く効きますね。相手が防戦一方です」
「魔法を打ち消す特殊な弾丸、素材を使ってるだけだ。油断すると命取りになるぞ」
「了解っす!」
「よし次、第二戦術!」
部隊が天使達を取り囲むように展開し、射撃で牽制する。
連携がはるかに上手い天使に立ち向かう際、分散させて一体ずつ相手をするのが必須となる。
『くっ、しつこい! 助太刀にはいってくれ!』
『無理だ、今こっちも手が離せない!!』
天使は単体ならそこまでの攻撃力はない。分散させることが出来れば、たとえ非力な人間でも勝利することが可能だ。
「よし、このまま続けろ」
――もう少しで彼らの範囲内だ。油断するなよ。
午前11時を過ぎたが、いまだに陽軍が優勢だ。とここで、しびれを切らしたフトゥレが武器を取る。まっすぐな刃の大剣だ。
『私も出よう。蹴りを付けてやる』
「見ろ、とうとうおいでなすったぞ。あれが親玉のようだな」
大地は三対六枚の翼を持つ天使の姿を目視する。ここで、隊員の一人から報告を受ける。
すでに民間人はおらず、全員安全な場所まで避難できたそうだ。大地はこれを聞き安堵する。さらに、誘導したのは魔術師だといういことも知った。
――やっぱり魔術師が皆悪人というわけではないんだ。善良な魔術師も存在するんだ!
「OK。じゃあA班B班は私とあの親玉を相手する。その間C班は援護を頼む。周りの天使を寄せ付けるなよ。さあ、決着をつけるぞ!!」
再び隊形を組みかえ、天使に立ち向かう陽軍第四部隊。
三対六枚の翼を持つ上級天使「フトゥレ」は、動揺することなく魔法陣を展開。大きな剣をその場に呼び出した。
横幅の広い真っ白な刀身に黄金色の柄。剣から発せられる眩い光は、地を照らす太陽の輝きに等しい。
『面白い。どこからでもかかってくるがいい』
その言葉を合図に、戦いの火蓋は切られた。
先制は陽軍だ。機関銃を使い動きを封じる。フトゥレは防御態勢をとる。
機関銃を撃ち続け、次の隊形に変化。円形からひし形へと移動する。
この「隊形の変化」を続けることで相手をかく乱させ、一方的な戦闘を行うことが可能となる。C班の援護も相まって、天使同士の連携を絶つことに成功。地道ではあるが、天使達を追い詰めていく。
するとフトゥレは何を思ったのか、陽軍の一人に向かって突っ込んでいく。
その隊員は太刀に持ち替え、攻撃を防ぐ。斬り合いが始まった。
天使単体での攻撃力は人間に劣る。それは上級天使においても例外ではない。
右、左、また左、そしてつばぜり合い。どれだけぶつかってもフトゥレの大剣は陽軍相手に力負けしていた。
――しぶといな。しかも、ここまでやっても平気な顔をするだなんて。
そして何度目かのつばぜり合い。その直後、フトゥレの背後から斬りかかる。明らかに死角だ。
『なるほど。我々は少し人間を侮っていたようだ。では、本気でいかせてもらおう』
フトゥレの目が青く輝き出した。
直後、左足を下げて左手で何かを撃ち込んだ。
「うわぁッ!」
隊員には何が起きたのか分からなかった。悲鳴が聞こえたかと思えば、後ろから斬り込もうとした別の隊員が撃たれていたのだ。
『甘いな。そのような小細工は、もう通用しない』
――この感じ。あのフトゥレという天使、とうとうあの眼を……。
選手の一人から借りた黄金の弓を片手に、戦場を眺める金髪碧眼の女性。
――まだ生命力供給が十分じゃない。しばらく戦えそうにないけど、あの人達にはもう少し頑張ってもらわないと。
「おい姉ちゃん、何やってんだあぶねぇぞ?」
そう語りかけた男がいた。茶色の整った髪、アゴヒゲのある四十代の男。右手には持ち出した木刀を持っている。
「You,too.Evacuate early,or you get hurt……」
そこで彼女の口が動かなくなった。しばらく目を合わせる両者。
「あ、アリス、アリシア・ベルイットか?」
男がポツリと言った。彼女のことを知っている様子だ。
アリスと呼ばれたその女性も、みるみるうちに目を丸くする。
「You,You're Yuuji Kenzaki?」
「はぁ!? そんなことあるはずがねぇだろ!!」
不意に聞こえた怒鳴り声。それは第四部隊からの連絡を受けた、第三部隊の隊員の声だった。
「信じがたいかもしれませんが全部本当の話です!」
「いやあり得ない。『動きが全部分かってる』なんてあるはずないぞ!」
「いや、あの天使達だ。あり得ないことはないかもしれん」
「ち、中尉……!」
「とにかく急ぐぞ、第三部隊はこれより第四部隊の援護にはいる」
次々と到着する専用車。ゾロゾロと車を降り、現場へと駆けつける。
『どうした? その程度か?』
たった一人の天使によって、第四部隊は壊滅的な被害を受けていた。
第四部隊十五名のうち、フトゥレの攻撃による死者が四、負傷による戦闘不能が八。まともに動けるのは大尉である小泉大地を含めて三人だけとなった。
その場にいた魔術師達も、怪我の程度は軽いが疲労が激しい。
「急に動きが早くなった、というより、全部見きられた……!」
大地は歯を食い縛って空を仰ぐ。手に力が入らず、銃を握ることさえままならなかった。
「あれからですよ、奴の目が急に光出したときから、行動がおかしくなったんです……」
『そのとおり。これは未来眼。少し先の未来を見ることができる。先を見通す目、と言えば簡単で分かりやすいだろう』
――未来眼? それどこかで……。
美姫はそう思うも、今はまだと集中した。
「先見の明、いや先見の眼か……!」
「ボケてる暇はないぞ。早く立て……」
「そう言う大尉も、ボロボロじゃないですか」
息は上がり、立つのもやっとな陽軍第四部隊。
片や天使フトゥレは平気な顔で見下ろしているが、確かに傷を負っている。天使達と戦ううえで分かったことが一つ。それは、「彼らには回復手段がない」ということだ。
「もう少し、あともう少しで、倒せるはずなのに……」
『私は倒れない、何故ならここで貴殿らに止めを指すからだ』
右手を突き出し、黄色の魔法陣を展開する。大地からすれば、一つずつ円を増やし大きくなっていくその魔法陣が、まるで死へのカウントダウンのように思えた。
『……さらばだ』
振り下ろされた手。魔法陣から攻撃が降りかかる……ことはなかった。
「間に合ったな」
「Year.」
無効化したのは二人の男女。それぞれ竹刀と黄金の弓を構えていた。
「お二人とも、感謝はします。後は我々に……」
落ち着きを取り戻した隊員はそう促す。が、男は首を振った。
「いや、そうもいかねぇんだ。何しろ相手は俺の知り合いみたいでな」
「し、知り合い?」
「正確には、奴らが人間に擬態してた頃の知り合い、ってなるか。だから、俺達で片付ける」
「それでもダメだ。相手は光魔法を使う。普通の人が太刀打ちできるわけが……」
「Hey.The supervillains coming.」
陽軍の背後から天使の残党が。やはり完全に消滅させることはできなかったようだ。
「ヴィランとか言うのやめろよ。俺らがヒーローみたいじゃねぇか」
「You don't like "hero"?」
「嫌いってわけじゃない。今この状況にふさわしくないってだけだ」
茶髪の男は竹刀の切っ先を天使に向け、金髪の女は弓を構え、どこかから現れた矢を引く動作をする。
「お二人は一体、何者なんだ?」
誰かがそう聞いた。男はそれに対し、
「強いて言うなら、『平成の騎士団』世代にいた七神中のOBOG、だな」
そう答えて突っ込んでいった。