第101話 抑止
二人の上級天使が集った頃、避難所である球場の周囲では、陽軍が到着していた。囲むように配置し、迎撃するようだ。
「全く何で僕らが。戦いたくないというのに」
そういうのは小泉大地。第四部隊の隊長を務める男だ。
「隊長的にはそれで良いのかもしれませんが、あまり大きな声で言わないでくださいよ? 上に何て言われるか」
「そ、そうだな」
まだ隊長に成り立ての彼は、回りの隊員に注意されることが多い。それでもなお、優秀な人間として慕われている。
「た、隊長! 何か変ですよ!」
「どうした?」
「天使達がいっこうに姿を見せません!」
それならそれで良いのだが、効率重視の天使が全く来ないのは不自然だ。何が来るのか、大地は考えていた。
とその時、球場の中から悲鳴ともとれる声が聞こえる。
――嫌な予感がする、中にいる第二部隊に連絡を取らないと!
そう思い、トランシーバーを使って確認した。
そして向こうからの返事に、大地は慄然とした。
――足元に、巨大な青紫の魔法陣……!?
球場に現れた、巨大な魔法陣。中心には三日月の紋章が描かれている。
青紫の魔法陣は闇魔法ともよばれ、悪魔が使用するものといわれている。
不意に現れた魔法陣に驚きを隠せない人々。しかし誰よりも驚いている者がいた。
――まさかアイツら……! クロウ、力を貸せ!
チーム剣崎の副リーダー、鎌野秀一である。
彼は闇魔法を使う者であり、そのすべてを理解している。そのため巨大な魔法陣が展開されることがどういうことか悟っていた。
「鎌野くんどうにかできない!?」
美姫も気づいたようだ。
「何とかする! 花坂は周囲の人を別の場所へ避難させろ、弟達や竜胆も協力してもらえ!」
そう指示をした秀一は、魔法陣の中心に駆け込み、両手を地面にかざす。
魔術師とバレる可能性は十二分にある。だがそれでも、今ここにいる人々を守る方を優先した。
「『カサラ』!」
既に張られた魔法陣に被せるように展開する。闇魔法の「ブレイク」だ。
青紫の目はギラギラと輝き、魔法陣からはバチバチと火花が飛び散る。
『魔術師がいることは、彼らにどう映るのだろう。僕には分からない。それでもこの民を救う。それが、百八十代目の願いだから』
そう口にした魔術師は、生命力を総動員させて押さえ込む。
「どうなってやがる!! なぜ地界とリンクしない!?」
魔界の悪魔が困惑する。
「生命力が足りないのか! ならもっと人員を増やせ!」
「ダメだ! 地界で誰かが押さえつけてるみたい! これじゃあ進軍出来ねぇよ!」
「チッ、急遽攻め入るなんて誰かが言わなけりゃ手こずることもなかったのに!」
あちこちで混乱が起きており、次第に統率者への不満が高まっていく。
『何をしている!』
「「「サタン様っ!」」」
その統率者が様子を見に来ていた。
「誰のせいで苦労しなきゃいけねぇんだ! そこまでいうならあんたがやれよ!!」
――チッ、私より力のない無能どもが。
『任せろ。すぐにでも開けて見せる』
サタンも魔法陣を展開。加勢にはいる。しかし、なかなかリンクしない。
――なぜだ、これだけ膨大な生命力を使ってるのに開かないなんて。私より高い生命力の持ち主が押さえ込んでるのか……?
彼らが地界に侵攻するのには、まだ時間がかかりそうだ。
――下からの反応が消えた。諦めたのか?
球場中心で魔法陣を張っていた死神、鎌野秀一。力を抜いていく。
『百八十代目、天使が近づいてくる。そちらに集中すべきだ』
「一難去ってまた一難、か」
『私はしばらく眠る。力を使いすぎた。あとは頼む』
「……分かった。何とかしよう」
青紫の魔法陣を完全に消すと同時に、彼はただの少年へと変わる。
回りを見回すと、自分一人だけが残っていた。どうやら上手く避難できたようで、秀一はホッとする。
「さて、行くか……と言いたいところだが、身体が思うように動かないな」
一歩目が踏み出せず、その場にしゃがみこむ。生命力を普段より多く使用しすぎたせいだ。
「頼むぞ、みんな」
天使の襲来、そこにかけつける陽軍。国立競技場近辺は混沌を極めていた。
「Wow.It's so crazy,but sounds interesting.」
そこにやってきたのは一人の女性。光輝く金髪ロングヘアーに、宝石のような碧色の眼。すらりとした身体が特徴的な女性だ。
その瞳が、白い翼を生やす天使を映した。
「……行かなきゃ」