アクアチャーム ~海の家~
肉まん食べながら考えました。
ここは、異世界にある常夏の島アクアチャーム。
「瑞希ちゃん、焼きそば一つ!」
「はーい」
私の名前は陽山瑞希。ここに来るまではどこにでも居るような普通の女子高生でした。
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──
寒い季節、あんまんを買ってコンビニを出たら、そこは別世界だった……。
トンネルを抜けたらとか、そんなんじゃないよ? 自動ドアだよ、自動ドア。
異世界に来た私に対し、この世界の神様は、ギフトとして何でも好きなスキルを三つくれると仰った。
何でもと言われたら、一瞬だけ変な考えが頭をよぎったりもしたけど、ちょうどお腹が空いていた私は、自分の欲に任せてしょうもないスキルばかりを選んでしまった。
強くなりたいとか、そんな大層なスキルなんかには元々興味が無かったので、自分のした選択には後悔していない。
そんなわけで、唐突に私の異世界ライフが始まった。
異世界と言ってもお金は必要。
生活費を稼ぐ為に、私はこの島にある海の家に雇ってもらったというわけです。
◆◇◆
「このソース味たまんねえぜ!」
「隠し味にチクワ入れてるからね!」
「隠せてねえよ!」
ここは異世界なのに、普通に日本の食品があったりする。
というのも、この海岸を見てもらえればわかるんだけど、日本人めっちゃいるんだよ。
どうでもいいけど、焼きそばにチクワは我が家の伝統だ。
チクワをバカにする人は、チクワの本当の素晴らしさを知らない人だと思う。
あの穴には、無限の可能性が秘められているんだから。キュウリを入れてみたり。
「お前、どこ転?」
「俺? 石川転」
ここで働いていると、こんな会話があちこちから聞こえてくる。
ちなみに、『どこ転』っていうのは、どこから転移した?の略だそうです。
◇◆◇
ここの海岸には、VIPな人達も訪れたりします。
あそこに見えるのは魔王様ご一行。
セクシーな角とサングラス、ブーメランパンツという誰得な出で立ちの魔王様。
転移者達も、誰も魔王を倒そうとしないので、こんなカオスな状況になっている。
魔王は魔王で世界征服する気もないみたいだし、もう色々と適当でいいんじゃないかな?
「HAHAHA! キャサリン、俺をつかまえてごらんYo!」
「待ってー、パイナポー!」
波打ち際を走るパイナップル頭と、それを追うスポーティーでスレンダーな女性。
リア充か……爆発すりゃいいのに。
私も素敵な彼氏と浜辺でキャッキャウフフしたい…………さすがにパイナップル頭の彼氏はいらないけど。
「瑞希ちゃん、イカ焼きちょうだい!」
「はーい」
半魚人の田中さん。
どんな魚介類よりもイカを愛して百五十年。
「はい、田中さん」
「これこれ! この焦げた醤油の香りがたまりませんな」
田中さんはエラ呼吸がメインなので、イカを咥えてそのまま海に帰る。
海に入る前に早く食べ終わらないと、せっかくの醤油味も海に溶けちゃうね。
いつか肺呼吸になりたいとは本人の談。
「瑞希ちゃん、交代するからそろそろ休憩入んな」
「ありがとうございます、マスター」
海の家のオーナー、斉藤さん。マスターと言わないと怒る、ちょっとめんどい性格の人。
十年ほど前に脱サラして、お好み焼き屋さんを開業。
仕事中に催してトイレに向かい、ドアを開けたらここに転移していたらしい。
【仕事中は立ちっぱなしでも足の裏が痛くならないスキル】
【仕事中は汗を掻かないスキル】
【仕事中はトイレに行かなくても平気なスキル】
マスターが神様から貰ったスキルは、この三つ。
一生トイレに行かなくてもいいスキルにしたら良かったじゃんと言ったら、俺はどこぞのアイドルかとニヒルな笑顔を浮かべながら言っていた。
それにしても、やたらと使いどころが限定的なスキルだなと思う。
私も人の事言えないんだけどね。
◆◇◆
ようやく、休憩時間。
とりあえず、お昼ご飯でも食べようかな。
岩礁へ向かって進む私。
いよいよ私のスキルをお披露目する時が来たようだね。
ここには、私の大好きな牡蠣の魔物が棲息してる。
日本みたいに小さいのじゃ無くて、それなりに大きいのが特徴。
「スダチよ出てこい!」
光と共に、私の手のひらに輪切りにされたスダチが出現した。
うふふ……海のミルクちゃんっ!
超でかい牡蠣の魔物を目の前にして、思わずよだれが垂れそうになってしまう。
でも、まだだ……これをどうにかして岩から剥がさないといけない。
そこで、私の持つもう一つのスキル。怪力が発動する。
音を立てて岩から剥がれる牡蠣の魔物。
獲れたて新鮮な牡蠣を開き、さっき出したスダチを絞って食べる。
磯の香りがパァーッと広がり、その美味さに思わず涙が零れそうになった。
日本じゃ食べられない大きさの牡蠣に酔いしれる私。
味も絶品で、何とも言えない幸福感が私を包んだ。
日本に居た時も、私はよく生牡蠣を食べていた。
牡蠣が大好物だった私は、雪の降る中、犬の散歩中に通りがかった海で、こっそり岩に張り付いていた牡蠣を獲って生で食べてしまった事もあった。
────冬なんだし、冷蔵庫に保管しているようなもんだから、大丈夫だよね?
それが駄目だった。
そう……私はあたったのだ。
あの時は辛かった。
翌日から二日ほど腹痛と嘔吐に苦しみ、その辛さはあれほど大好物だった牡蠣に殺意すら沸いたほどだ。
それでも結局、私は牡蠣を嫌いにはなれなかった。あんなに辛い思いをしたのに、牡蠣の事を想うと胃がときめいて鳴ってしまう。
これは、きっと愛だ。私の牡蠣に対する何ものにも屈しない心。
私が貰った三つ目のスキルは、牡蠣をどれだけ食べてもあたらないスキルだった。
【手のひらからスダチを出すスキル】
【怪力のスキル】
【牡蠣にあたらないスキル】
私が生きていく上で、これほど重要な事は無いと思う。
仕方ないよね……スキルをどうしようか悩んでる時にこの子達を見つけてしまったんだから。
私の選んだ道は、決して間違っていない。そうでしょ? ハチ……(犬の名前)。
◇◆◇
私の休憩も終わろうとしていた時だった。
「大変だー! 魔王様のブーメランパンツがイカの魔物に取られてしまったぞー!」
大騒ぎの魔王様ご一行。
一応困っているようなので、声を掛けてみる事にした。
「魔王様、そのイカの魔物ってあなたの部下とかじゃ無いの?」
「海の魔物は余の支配範囲外なのだ!」
そこは魔王として、ちゃんと統べておこうよ。
「海には魔物を支配している代表者みたいなのもおらぬし……」
股間を手で押さえながら半泣きの魔王様。
「イカカカカカカカ!」
魔王様のブーメランパンツを持ってご満悦のイカの魔物。
どうでもいいけど、あんた、それ奪ってどうするつもりだ。
「一体、どうしたら良いのだ……」
しゃがんで頭……じゃなくて、角を抱える魔王様。
それってこういう時に掴む物なの? 落ち着くの?
「私めにお任せを」
魔王の側近らしい人のうちの一人が名乗り出た。
この人は、牛頭の魔族さん。力がありそうで、とても強そうだ。
「行くぞ、カルマール!」
イカの魔物の名前らしい。そんな大層な名前だったんだ、この魔物。
牛頭の魔族さんは大きな斧を持って突撃した。
襲い掛かる触手を、その斧でどんどん叩き斬って行く。
斬った先から再生してるけど、とりあえず攻撃は防げてるみたい。
「魔王様のブーメランパンツを返せええええ!」
斧でイカの魔物の脳天を狙う牛頭の魔族さん。これは決まったか?
「【ダークネス・スクイッド】」
イカの魔物はなんか魔法の詠唱みたいな言葉を発した。
かっこ付けてるけど、ただイカスミを口から吐いただけじゃん。
でも、効果は抜群だ。牛頭の魔族さんの攻撃は外れ、その隙にイカの魔物は彼を触手で掴んでしまった。
「イヤァァアアア! めっちゃ滑ってるーッ!」
牛頭の魔族さんは大きな叫び声を上げた。
滑ってるのか、そうか。美人なお姉さんだったらサービスシーンになっていたね。
でも残念、牛頭だ。
牛頭の魔族さんとの触手プレイに飽きたのか、イカの魔物は彼を浜辺へ放り投げた。
「奴は側近の中でも最弱……私が行きましょう」
次に出てきたのは、動きの早そうな鳥の魔族さん。
力で駄目なら早さで勝負ってわけね。
「この私の速さに付いて来られるかな?」
イカの魔物の頭上を飛び回る鳥の魔族さん。さあ、どうなる?
「【ダークネス・スクイッド】」
そう言いながら、またしてもスミを吐くイカの魔物。
もう詠唱いらないだろ、それ。
素早い鳥の魔族さんは、それを余裕でかわした。
これは勝負あったか? そう思っていたら、鳥の魔族さんはそのまま浜辺へ戻ってきた。
「……攻撃手段を持っていなかった」
何しに行ったんだ、お前。
「どいつもこいつも……ここは、魔王軍最強の魔道士を自負する私めが……」
遂に魔道士の登場。
しましまのボディースーツを着た羊の魔族さんだった。モワモワした毛がボディースーツからはみ出して、無性に可愛い。
今度はちゃんと杖らしきものを持ってる……と思ったら、流木じゃないか。
「ふっ……弘法筆を選ばずというように、私も杖を選ばぬのだ。むしろ無くてもいい」
絶対この人、日本からの転移者に感化されてるでしょ。
なんか難しい言葉をぶつぶつ言いながら、流木をイカの魔物に向けた。
「【ミリューガ・スペクトラル・サンダー】」
突如辺りが暗くなり、巨大な雷がイカの魔物めがけて落ちていく。
それを見た一般人は急いで海から上がった。近くでこんな事が起こっている時でも海水浴を楽しむ人達って凄いと思う。
今度こそ勝ったか……と思ったら、イカの魔物は海の中に逃げた。
雷は海面を拡散していき、しばらくすると何事もなかったかのように海からイカの魔物が顔を出した。
「我が最強の魔法が……!」
そう言って、膝を着いて倒れる羊の魔族さん。
魔力が尽きてしまったらしい。たった一回の魔法で。
「ええい、頼りにならん奴らめ……こうなったら、余がやるしかあるまい!」
ついに魔王様自らがイカの魔物に立ち向かう。
片手で股間を隠したままイカの魔物に突撃する魔王様。とってもシュールだわ。
「余のブーメランパンツを返せええええええ!」
「イカカカカカ」
イカの魔物は触手を魔王様に向けた。
魔王様はそれにかじり付き、触手を食いちぎった。
「醤油とワサビが欲しいところだ!」
日本人の転移者に感化され過ぎてる魔王様。
ワサビもご所望とは、かなりの通と見た。
「【ダークネス・スクイッド】」
イカの魔物はスミを吐いた。魔王様の顔に、イカスミがべっちょりとかかる。
もう駄目だと思ったその時、魔王様はサングラスを外した。
「カルマールよ……サングラスを嘗めるな!」
そう言ってサングラスを外した魔王様。
意外と美形だった。
「イカーーーッ!」
イカの魔物は再生した触手を魔王様に向けて伸ばした。
「そんなもの、この魔王に……しまった! 手が塞がっていて魔法が使えぬ……!」
もし魔王様が股間の手を放したら、大変な事になってしまう。
かと言って、このままでは、全裸の魔王様はイカの魔物の触手に掴まって触手プレイに…………駄目だ!
健全を売りにしてるのに、そんな事になったら……新たな異世界への扉が開かれてしまう……。牛頭はセーフね。
よし、こうなったら!
「そなた……!?」
私は魔王様の前に出て、イカの魔物の触手を掴んだ。
そして、もう一本伸びてきた触手も掴んだ。
「ふふっ……捕まえた」
怪力のスキルでイカの魔物を引っ張る。
水揚げされないように必死で抵抗するイカの魔物。でも残念、私の怪力はこの世界で唯一無二。
私の力に勝てるものは居ないのだ!
「どりゃああああああああ!」
「イカアアアアアアアア!?」
巨大なイカの魔物は、砂浜に叩きつけられ気を失っていた。
◆◇◆
「はい、魔王様」
親指と人差し指でブーメランパンツをつまんで渡す。
いくら美形でも、人が履いていたものはちょっとね……。
魔王様は岩陰へと行き、ブーメランパンツを履くと再び戻ってきた。
「礼を言うぞ。そなた、名はなんと申す?」
「陽山瑞希って言います」
「そうか……見事な働きだったぞ、瑞希!」
そう言って、魔王様は私に向かって手を差し出してきた。
私もその手を握り返す。
「余はそなたの事を……」
「いけない! 休憩時間終わっちゃってる!」
魔王様が何か言おうとしてたけど、その手を振り払って急いで海の家へと走った。
平穏を取り戻したアクアチャームの海の家は、マスター一人では回せないほど大繁盛していたのだ。
「マスター、ごめんなさい!」
「とりあえず手を消毒してすぐに入って!」
魔王様と握手した手……でも、ブーメランパンツをつまんでた手でもあるし、まあいっか。
「瑞希ちゃん、イカ焼きちょうだい!」
「田中さん、さっき買って行かなかったっけ?」
「あれ見たら、また食べたくなってさ……」
田中さんの指さす方を見たら、魔王様一行がイカの魔物を使ってバーベキューを始めていた。
ここの浜辺って、バーベキュー禁止なんだけど……あとで注意に行かなくちゃ。
とりあえず今は、こちらの仕事を優先しよう。
「すぐに焼くから待っててね」
ここはアクアチャーム。
異世界にあるリゾートビーチ。
年中常夏の賑やかなこの海の家で、私は今日も元気に働いています。
お読みいただきまして、ありがとうございました。
牡蠣は栄養たっぷりだそうです。私は茶碗蒸しの牡蠣が大好物だったりします。
生でも食べたことありますけど、安全の為にもやっぱり火を通しておきたいところですね。
そんな想いをぶつけてみました。