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月夜の誓い2


 頭を抱えて深々とため息をついているレリアにかまわず、リタは兄の手を振り払って目の前までパタパタと軽い音で駆け込んでくると、にぱっと無邪気に笑った。


「ルナさ――セイラ様」


 けれど目が合った瞬間に、無邪気さがすっと鳴りをひそめた。

 兄の真似なのか、騎士然してと片膝をつき見上げてくる目が、息を呑むほど真剣だった。


「リタ……リターニア・オネイロス、セイラ様に永遠のチュウギを誓います」


 思わず、目をみはった。

 ルナと呼ばなかったばかりか、普段なら使わないフルネームで誓いを立てた。リタは、ごっこ遊びや冗談ではない本気で誓っているのだ。

 息を呑んでいる間に苦笑いのレナートがリタに並んで膝をついたかと思うと、剣を胸の前で垂直に掲げて誓いを立てる。


「レナート・オネイロス、この剣と命、あなたのために捧げます」


 優しいけれど真摯な目に見つめられ、胸がかぁっと熱くなった。

 嬉しいけれど、同時になにか違う言葉を求めているようでもあって、切なくもなる。その言葉がなにかと聞かれると、自分でもよくわからなくて困ってしまうのだけど。


「このレリア・オネイロスの忠誠は、王であろうと姫であろうと、セイラ様にあります」


 レリアもまたひとつ小さな溜息を落とすと、兄と妹の間に並んで誓いを立てる。


「……お願いね。あの時の誓いの遵守を、切に願います」


 返事がうっすらと仄暗いものになってしまい、レナートとレリアがさっと顔色を変えた。

 あなたのためにと強調したのは、彼らは無意識だったのだろうか。


 この国の民のほとんどが、便宜上、今の人格を「セイラ」、もうひとつの人格を「ルナ」と呼び分けている。それは、彼らに会うよりずっと前からのこと。

 みんながルナを恐れている。

 それは、このふたりも例外ではない。


 あの日、笑いながら夥しい数の人々を虐殺したルナの姿を見ていれば当然だろう。


 私は、ルナでいる間の記憶がない。

 ふとした拍子に気が遠くなり、ふっと目が覚めるように気がつく。

 小さい頃は特に、その記憶のない間に目の前にいた人が怪我をして、おびえるように自分を見ていることが、何度あったか知れない。

 なにがあったのか、わからない。

 自分がなにをしたのかわからないというのは、怖い。

 なにをするのかわからないというのは、とても怖い……。


 眠ることすら怖い。


 だから彼らは、あの日、ある誓いを立てた――。



「………ところで兄様、チュウギって何?」


 重い空気が流れそうになる直前、くいっと兄の肘を引いたラルのとぼけた質問に、レナートはがっくりと両膝をつき、レリアが眉を跳ね上げた。


「おまえなぁ……っ」

「リタ!知らない言葉で誓いを立てるなんて、どういう――」

「ニュアンスはなんとなくわかってるし、大事なことってのは知ってるもんっ!」


 抗議したリタに、レナートは呆れながら語義を説明する。いつもと変わらず賑々しい兄弟に心の中がぽかぽかとあたたかくなって、氷が溶けていくようだった。


 くすくすと笑いが漏れると、レナートが居心地悪そうに振り返り、目が合った。気恥ずかしくて照れ笑いを浮かべると、彼もまた同じような微苦笑を浮かべた。



 彼らが少なくとも私に好意的でいてくれるのは、嘘偽りのない事実だから。

 もう二度と、ルナに出てきてほしくない。

 いいえ、二度と出さない。


 次にルナが現れた時は―――。








「……姉様、」


 リタが脇をつついて、こそっと囁いてきた。


「ルナ様と兄様、いつになったら結婚するのかな?」

「……あなた、いつからそんなマセたこと言うようになったのよ」


 リタの真顔に、少しばかり面食らってしまった。

 まぁ確かに、見ている方が照れるくらいに見つめあう姿は、微笑ましいを通り越してじれったくてもどかしいのだけれど。まさかリタに言われるとは。


「だって、絶対にお似合いだしさ。ルナ様が姉様になると思うとステキだと思わない?」


 いきなり結婚に話が飛ぶあたりまだまだ子供だが、いつまでも子供のままでもないのだ。


「大人にはいろいろと事情があって、そう簡単じゃないのよ」

「兄様も姉様もまだ成人してないじゃない」

「屁理屈言わないの」


 サイオーンとは違い、ホルコスでは身分制度はあってないようなものだ。王は指導者あるいは代表者である以上の権威を持たない。

 ……それ以上の、圧倒的な畏怖はあるにしても。

 だからふたりが真に望むなら、王と騎士というのはさしたる弊害ではない。


 けれども、あの日以来十年一度も顔を出さないとはいえ、ルナがいつ出てくるかわからないのではずっとあのままだ。

 ルナが永遠に封印されでもしない限り。



 胸の中に黒い靄がかかったような気持ちでいると、突如としてどおんっ!と爆音が轟き、床が地震のように大きく揺れたのだった。



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