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重圧

 年齢的には16歳になったばかりで王位を継ぐには早いのだが、父王カムイは床に伏して長い。

 床に伏していると言っても、その病状は老衰に近い。アトルシャンは神の力をその身に宿すが故に肉体に負荷がかかり、老化が常人よりも早い。晩婚であった父王は齢50。王がまだ起き上がり、式典に耐えられるうちにと戴冠式が執り行われることが決まったのだった。


 王という重圧が、心に重くのしかかる。


 そこへ、一旦部屋から出ていたレナートが人の身長ほどありそうなオリーブの木の鉢植えを抱えて戻ってきた。


「オリーブは花言葉が平和だから、ルナさ……セイラ様が王となりこの国を平和に治められますようにと願いを込めて、リタが育てました!」

「リタ。3人で、だ」


 リタが自慢げに口上を述べたが、苦笑いのレナートから一部訂正を受けた。


「リタが一番お世話したよ!」

「それはお前が働いてなくて暇だからだ」


 ぷぅとリスみたいに頬を膨らませたリタの頭を、レナートは苦笑いで軽く押さえつける。と、リタはくるりと大きなつぶらな瞳で兄を見上げた。


「兄様の仕事って、なに?」

「………………」

「姫様の護衛」


 問われたレナートはひくりと口元をひきつらせただけで言葉をなくし、代わりに苦笑いのレリアが答えた。


「護衛って?」

「近くにいて、危険がないように警護する人のこと。ちなみに私も兼務してるし、あなたももうちょっと大きくなったら任務になるんだからね」

「あぁ、だから兄様が仕事してるの見たことないんだぁ」


 まったくもって悪意のない笑顔に、レナートはもはや捨て鉢に肩を落とした。


「平和な証拠よ、兄様」


 レリアがねぎらうように背中をぽんと叩いたが、レナートは複雑な表情をオリーブの葉の中に突っ伏して隠した。背中に定規が入っていそうなレナートも、リタにかかるとこのとおり溶けた蝋燭のようにぐにゃりと芯が崩れてしまうのが常だ。


 神の力を持った姫神子を害そうなどという命知らずはそうはいない。まして、ホルコスの国内においてはなおさらだ。

 故にレナートの出番は10年で一度もなく、もっぱら手の掛かる末妹の世話を焼いているのが現状であった。


 じゃれあう子猫と親猫みたいな掛け合いを見ていると、心の底のほうからじんわりと暖まっていくような気がして、重荷が軽くなったように感じた。


「……ありがとう」


 くすぐったくてたくさんの白い小さな花に顔を寄せると、枝葉の向こう側にあるレナートと目が合った。


 とくん、とまた心臓が不正な脈を刻む。


 小さい頃はそんなことはなかったと思うのだけれど、いつの頃からか彼と目があったり、手が触れたりすると、いつも不整脈を刻んでそわそわと落ち着かなくなってしまったのだ。

 思わず目をそらし、慌てて植木鉢を引き取った。




 うっかり惚けていたレナートは目をそらされると同時に鉢の重みが軽くなって我に返り、慌てて気を引き締めた。


「姫様、重いので私が運びま――」


 言い終わるまえに、姫様は鉢植えを引き取ってしまった。

 レリアやリタならふたりがかりで引きずって運ぶのがやっとというオリーブの鉢植えを、まるで大きなぬいぐるみでも抱くように軽々と。

 普段の姫様の腕力では、無理だ。

 軽々と鉢植えを抱えてしまえるのは、姫神子の力が滲み出ているせいだ――。




 言葉を飲み込んでいるレナートの目の奥に、暗いものが滲むのを見て取ってしまった。

 じわりと苦いものが胸の奥からこみ上げてきて、逃げ出すようにそそくさと鉢植えを窓際に据える。


「……えぇと、式典の準備はもう完璧なの?」


 無理矢理話題を変えながら振り返ると、リタがぺろりと舌を出し肩を竦めた。


「ん、もうちょっと」


 その刹那、レナートとレリアは石のように色を無くして固まった。


「……リタ、あなた自分の分担をほったらかしてきたの?」


 一呼吸おいて我に返ったレリアの冷ややかな怒りを帯びた声音に、リタはさっとレナートの後ろに隠れた。


「あなたが自分で、任せてとか手を出さないでとか言ったんでしょう!!」


 苛烈な怒りに首を縮める妹を、レナートは苦笑いで背中に庇った。


「しょうがないな、手伝ってやるから」


 レナートに頭をぽむと撫でられ猫のように目を細めたリタに、レリアはさらに眉をつりあげる。


「兄様がそうやって甘やかすからリタはいつまでたっても……!」

「準備が終わらないと困るのは姫様だからな」


 穏やかな笑顔でうまく言い逃れたレナートが、退室を告げて敬礼すると逃げるようにリタの背を押した。


「……もうっ!」


 二人の後ろ姿にため息をついたレリアもまた、向き直る。


「私も手伝ってきます」

「ええ、行ってらっしゃい」


 堪えきれずにくすくすと笑いながら、3兄弟の足音が聞こえなくなるのを聞いていた。


 嵐のように去っていった兄弟の足音が遠ざかって消えてしまうと、しんと澱のような静寂に包まれた。


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