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取引


 兄様とふたり、姫様が出かけた城の裏口から外へ出て、森へと足を踏み出す。

 月光の明かりがかすかに照らす小道からはずれた暗闇に沈む獣道のほうへ数歩先には、人の肩くらいの高さで奥に向かって折れた巨木の列が目に留まる。

 あれを辿れば、ルナを探すのは容易だろう。


(問題は、その後――)


 物思いに耽りそうになった時、不意にがさっ、がさっ……っと草を踏み分ける音がして身構えた。

 姫様の足音よりも重い。

 それに、複数――重さから推測するに、おそらくは一組の人馬だ。


「………………誰だ?」


 兄様が鋭い声で問いかけ、人影に向かってランプを突き出す。

 すると足音はいったん止まった。


 哨戒は森に入らないように命じられている。けれど何か異変を見つけて一時的に入ったのかもしれない。

 わずかな沈黙の間に導いたそんな一筋の光明は、ハンマーで粉々に叩き割られた硝子のように飛散する。


 がさりともう一歩進み出てランプの明かりの元に姿を晒したのは、闇に溶けるような漆黒の馬。そして同じく黒い炎のような髪を揺らして現れた男が、姫様を横抱きに抱えていた。


「誰だ!」


 兄様が再び誰何するが、男は肩を竦めて意味ありげに私に視線を投げてよこしただけだった。


「そんなに睨むな、何も危害は加えていない」


 男に抱えられている姫様は一見する限り外傷はないようだ。だが毒薬の可能性や、あるいは――と考えたのを見透かしたような薄笑いを浮かべている。


 それにしてもいったい何が起こったらこの男が姫様を抱えて城に姿を見せることになったのか、どうしても想像がつかない。

 光の精霊が逃げているから、姫様の髪色は鏡のような銀だ。ルナが現れたことは間違いない。

 ならば、なぜこの男は無傷なのか。

 優しい姫様ではなくルナならばすぐさま殺したいくらい憎んでいてもいい父親のかたきだ。それを知らなかったとしても、あんな、楽しそうに笑いながら人を殺そうとするルナが……なぜ。

 姫様がルナを封じて消耗しきったところを、この男が偶然拾ったのだろうか?

 ならば、逆になぜこの男は姫様を殺害もせずにここに運んでくるのか。


「ふむ、本陣に戻りたかったんだが、敵地に飛び込んでしまうとはな」


 胡散臭い笑みで、男は肩を竦めた。


「こうなったからには、取引しないか?」

「………取引?」

「俺を本隊まで案内してくれるなら、この娘を帰してやる」


……姫様だと、気づいていない?

 まさか。あり得ない。


(けれど――今は何より姫様の安全を確保しなければ)


 疑問はひとまず脇において、最優先すべき事項を決定する。


「……いいでしょう。これに案内をさせます」


 ぽうっと金色の光を放つ光の精霊を呼び出す。と、男は軽い調子で「OK」と言いながら警戒もせずに歩み寄ってくる。

 黒衣の男が姫様を差しだし、兄様が壊れ物を扱うようにそっと姫様を受け取った。腕の中で健やかな寝息をたてている姫様に安堵した気配が伝わる。そして次の瞬間、男を睨んだ。


「……本当に、なにもしていないだろうな?」

「お前がレナートか?」


 質問に答えないばかりか居丈高に問いかけられ、兄様の柳眉が跳ね上がった。


「だったらなんだ?」


 それは記憶にある限り最も低い声だった。物腰の柔らかい兄様が初対面の人間にこういう口のききかたをするのもはじめて聞く。

 ……心情は察するけれど。


「別に? 俺のほうがいい男だろうに、見る目のない女だと思っただけだ」

「なっ!!」

「俺の腕の中で必死に足掻き、助けを求めた男がこの程度か、と」

「きっ……さま!!!」


 湯気が上がりそうなほど沸騰した兄様を、男は笑いながら両手をあげて降参を示す。


「冗談だ。女を無理矢理組み敷く趣味はない」


 男がにやにやする口元を覆って笑いをおさめると、すぅっとその空気が冷えた。


「そんなに大事な女なら、こんな状況下で護衛もつけずにふらふらさせるな」


 何も知らないくせにと兄様が静かな激怒を堪えているのがびりびりと伝わってくる。姫様を抱えていなければ、剣を抜くくらいはしていただろう。

 見た目と普段の素行は可憐に違いないが、時として人殺しをたのしむ残忍な姫神子に豹変することを誰より恐れ、忌み嫌っているのは姫様自身だ。私たちを巻き込むことを恐れて一人になろうとしたのだ。

 事情を知らない部外者に、とやかく言われなくない。


「………兄様、ひとまず姫様を安全なところへ」


 くいっと袖を引くと、姫様を抱いていては交戦もままならないと考え直したらしい兄様が渋々距離をとる。


「兄様は姫様をお願いします」


 距離を取った兄様の代わりに一歩踏みだし、姫様を背中に守る。


「レリア!」

「私は、もう少し彼と話をしなければ」


 兄様は姫様と私をどちらも同じくらい心配そうに交互に見つめる。


「私に何かあればこの人はここで兄様に討たれるか、あるいは一生森の中をさまよって死ぬだけです」


 ふわりと冷気が集まり、無数の棘が男とこちらを隔てる壁になる。

 そして先ほど示した光の玉は、まだふわふわと浮いているだけ。


「…………レリア、すぐに戻る。無茶をするなよ」


 苦々しく言った兄様が、城の中へと消えていった。



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