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邂逅2



「……竜にペガサスに魔法にって、ここはまるでおとぎの国だな」

「竜もペガサスもここにしか棲めないだけで、自然の摂理の中で生きている普通の生き物だし、魔法も万能ではないのよ」


 少女は地面を見つめて呻いた。


「世界に満ちている総量は一定で、例えばここに水を集めて氷を作るとどこかでその分の水と冷気が消えているはずなの。だから普段魔法は生活に必要な最低限にしか使わないわ」

「デイケを治した力は?」

「自身の生命力を助長するのと、あとは大気に満ちる生命力を少しずつ分けてもらったりするの。……だから手遅れになることだって、たくさんあるわ」

「十年前のあの雷は、全世界からかき集めたってなかなかできないんじゃないのか?」


 意外と即物的だなと感心しつつ、単純な興味本位7割、貴重な情報収集3割くらいで尋ねると、ふっと少女の口元が歪んだ。笑みを、作り損ねたみたいに見えた。


「神子の力は、言うなれば倉庫が違うんです。精霊魔法はこの世界に満ちる精霊達の力を借りるけれど、神子はその力の源を神の世界から引き出しているから――」

「つまり、無尽蔵?」


 言葉を引き継ぐと、少女はかすかに頷いて、あとは暗い表情で沈黙した。


――姫神子は、神の声を聞くの。


 ふいに、ラケシスの言葉が脳裏に蘇った。


――雷神は裁きを司る神。けれど、人間を憎んでいる。だから人類を滅ぼすための力を神子に与えるの。


「……あなたも、怪我を?」


 物思いに耽っていたために唐突に火傷に手をのばそうとしていた少女の行動にに驚いた。とっさに身を引いて身構えてしまう。


「…………ごめんなさい。痛そうだったから、私にできることがあればと思って」


 少女は消え入りそうな声で言うと、両手を胸の前で組み合わせ、居心地悪そうに俯いた。


「……悪い。ちょっと驚いただけだ」


 居心地の悪い空気に、腕を差し出す。

 こんな、非力で無害な少女だ。臆病風に吹かれていては格好悪いではないかと自分に言い聞かせて。

 少女はとても痛ましそうに眉を顰めて火傷を見ると「少し動かないでくださいね」とほほえんで手を翳した。

 興味深く眺めていると、少女はゆっくりと目を閉じた。

 それから聞いたことのない難解な異国の言葉のようなものを呟くと、そのてのひらに蛍のような小さく青い光が集まってくる。

 手のひらを覆うように集まった青い光が火傷に触れると、痛みを吸い取られていくような感覚がして、もやのように消えていった。そして火傷は何事もなかったかのように跡形もなく消えてしまった。


「……人がいいな。俺は、侵略者だろうに」


 触れてみたり、肩を回してみるが、まるで火傷なんて夢だったかのように跡形もない。

 敵味方関係なく癒しを施す聖女など、実在するはずがないとついせせら笑ってしまうと、少女の表情が曇った。


「大義が……あったのでしょう?」


 自分に言い聞かせるような、苦渋に満ちた声音だった。


「大義名分なんてものは結局言い訳だ。普通、攻められた側が使う言葉じゃない」


 大義。

 確かに、大義はあった。

 十年前犠牲になった罪もない人々の無念を晴らすという。

 そして、その姫神子が王になるという情報は、サイオーンの重臣達を怯えさせた。あの惨劇を二度と繰り返さないためにもアトルシャン一族を討つべしという声で一致した結果の遠征であり、暗殺計画だった。

 せめて堂々と開戦を宣言するべきではという意見は黙殺された。それほど、姫神子は恐れられていた。


「……十年前の、あの事件は」


 少女は息をするのも億劫そうにぽつりと言った。


「あれは大義もなにもないただの虐殺でした。だから、いずれその報復を受けてもおかしくないと、以前から父は言っていました」


 彼女は悲しげにほほえんだ。


「今回従軍した人たちは十年前の事件で私を恨んでいる人達ばかりだと聞きました。あなたも誰かご家族を?」

「うん?……恩人、というか……な」

「……そうですか」


 少女は精一杯笑みらしきものを浮かべるが、それはすぐに儚く消え去り、両手で顔を覆った。


「――姫神子は、報いを受けるべきなのです。あんな、たくさんの、罪もない人々の命を奪っておいて、神の意志だと、なんの咎も受けないなんて……間違っています……」


 涙に濡れた声で切れ切れに繋いでいく言葉達が、そこで唐突に調子を変える。


「だけど…だけど……それをなぜ、父や……ほかの人が負わねばならなかったのでしょうか?」

「……父親が、怪我を?」


 彼女の腕を伝い、袖の中を濡らしていく涙を見つめながら思わず問うていた。

 少女は少しだけ時間を置いてから、やがてこくんと力なく頷いた。


「容態……悪いのか?」

「今夜が峠だろうと言われました」


 すん、と鼻をすする音がした。


「……………それは、すまなかった」


 胸の中にじわりと墨が染みていくようだった。

 この手で斬った王の護衛が、彼女の父親だったのだろうか。それとも、砲撃による怪我だろうか。

 どちらにしろ、どんな大義の下でもこうして泣く者がいるのだと細い肩をふるわせる姿を胸に刻みこむ。


「いえ……」


 少女は苦しげに呻くように言いながら涙を拭った。



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