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力の意義1


 城に帰着するとセイラはまず、父王の寝室に駆け込んだ。

 護衛の任にあたっていた者達の遺体はすでに場所を移されていたが、いまだに血のあとが残り、室内は鉄臭い。

 可能な限りの治癒魔法が施されたおかげで傷口は一応塞がっていると聞かされたが、首に巻かれた包帯には生々しい血が滲んでいる。


「………お…父様………っ」


 命を取り留めてはいるが、危篤状態の父王の手をとり、額に押し当てて呻く。青白い手は生命の灯火を顕しているようにひんやりと冷たい。その手にいつものぬくもりが戻るようにとセイラは両手で包み額に強く押し当てた。


 神の力を使う神聖魔法とは違い、精霊の力を借りる精霊魔法は、決して万能ではない。治癒は大気に満ちる生命力を使う。使えるだけ使ってこの状態であるならば、あとの方法はひとつだった。

 自らの命を削って分け与えれば、父は――。


「姫様、なりません」


 ぽうっと燐光が放たれた途端に、レリアが強く肩を引いた。


「………………ごめんなさい」


 いずれにしろ余命が長くなかった王のために、これからの未来を担う姫の命を犠牲にしてはならないのだ。

 ただでさえ短命なアトルシャンだから、なおさら。


(……なぜ私は、癒す力を持たないの?)


 たとえば、水神を持っていたら、風神の力を持っていたら。助けることだってできるのに。なのになぜ、傷つけるだけの雷の力しか持たないのだろう。


 歯がゆさから膝の上で拳を握る。


 雷は水や風のように、癒すことをしない。

 光や火のように、恐怖や寒さから守ってくれることも。

 闇のように安らぎを与えることも。

 益なく、ただ、すべてを破壊するだけの、力。


――雷は裁きの力よ。秩序を守る力。


 セイラは無意味と知っていてなお耳を塞いだ。


(誰も救えない。誰も癒せない!)


――秩序は弱い人を守る。


 返す言葉がみつからずただ奥歯を噛みしめ、膝にぽたぽたと涙が落ちた。


――苦しいなら、代わるわ。

(だめっ!!)


「……姫様。お取り込み中に大変心苦しいのですが、大広間で皆が待っています」


 背中に気遣わしげにかけられた声に、びくりと身が竦んだ。


「心中はお察しいたします。ですが、皆も不安なのです。姫様のご無事の姿を見せて励ましてあげてください」


 そっと背中に置かれた手のぬくもりがじんわりと染みて、ようやく、息をしたような気がした。

 セイラは暗い天井を見上げ、冷えた空気を深く息を吸い込んだ。

 そこにある父の存在を、王の威厳を、一緒に身体に取り込もうとするように。


(責務を、果たさなければならない……)


 そして、肺を満たした空気に不安を溶かし込むと、ゆっくりと時間をかけて吐き出す。


「………ええ、行きましょう」


 涙を拭いてから立ち上がったセイラは、しゃんと背筋を伸ばし凛とした風情を漂わせて振り返った。




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