会談2
鋭い鉤爪の生えた竜の足に掴まれた砲身がメリメリと音を立ててひしゃげると、音もなく滑空した竜がセイラを翼の下に守るようにすぐ脇に降り立った。
竜の上から、レリアが手を差し伸べる。
「妻も子供も道具のように容易く捨てる外道とあなたは異世界に棲むも同じ! 言葉も思考も全く通じるものではありません!!」
いきなり竜に騎乗し現れたと思えば暴言を吐き捨てた少女を見たガス将軍は、幽霊をみたように大きく目を見開き、吸い込んだ息を吐くのを忘れた。
「………………レ…リア………?」
「――――え、がっ……!」
レリアはふるえた唇を噛みしめ、掠れた声を絞り、
「お前が! 気安く私の名を呼ぶなぁあぁぁ!!!」
雷鳴にも似た激しい怒号が一帯に迸った。
「レリア!!」
その尋常ではない怒声に――そして、竜をけしかけそうな勢いに、セイラは急いで竜に飛び乗りレリアの背を撫でた。ぴくりと肩を揺らしたレリアは短く息を吐くと頭を降り、鋭く将軍を睨んだ。
「……姫様に、感謝なさい。姫様の御前でなければ、おまえなんか消し炭の一欠片すらこの世に残してはやらないのに!」
言葉とともに再び溢れ出てくる憎しみと怒り、それに呼応して暴れ出そうとする竜を必死に押さえ込み、レリアはその場を去るべく竜の首筋を撫でた。
あの男と同じ空気を吸うことすら吐き気がしそうだったが、竜はもうひとり背に乗せている主の意向との狭間で迷い、飛び立つことはなかった。
「レリア待って。まだ話が………」
「話し合う余地などありません」
セイラはレリアの手に自分の手を重ね添えてその怒りをおさめようとしたが、レリアはぴしゃりと切り捨て、敵将をきつく睨み据えた。
「姫様の首を差し出せば兵を引くですって? 同時に王の暗殺を謀っておいて、よく言えたものです」
心臓を捕まれたような気がして、一瞬息すらできなかった。
「一気に王家の血を絶ち、ホルコスを手に入れようという腹でしょう?」
まっすぐに射るような鋭い目線が、セイラに対してだけ少しだけいたわりを滲ませる。
「……幸い、リタのおかげでご存命ですよ」
ゆっくりと心臓が動き始めるが、レリアは再び表情を険しくする。
「けれど、危険な状態です。姫様には今すぐお戻りいただきます」
「…………っ!」
思わず口元を両手で覆い、将軍を見た。
瞬間、指先ほどの小さな黄金の蛇が3匹、パチパチと音を立てながら銃の先のほうにまとわりついて将軍を威嚇するように鎌首を持ち上げる。
(………ダメ、戻って!!)
唇が、動かない。
喉が、動かない。
意識が薄い靄の向こう側に遠のいていきそうな気がして、レリアに縋る。
「……姫様」
いたわりと驚愕が混ざった声で呼ばれ、セイラはゆっくりと顔を上げた。
視線の先、動じることなく薄く笑っている男に蛇達がそろりそろりと這い寄り、その手にちろりと舌で触れた。普通なら静電気を十数倍強くしたような痛みが走るはずだが、男は不遜な笑みを浮かべ、逆に蛇達が身を引いた。
「やはり電気と同じくゴムは苦手とみえる」
「なるほど、対策は講じてきたのですね」
ふん、とレリアは鼻で笑い、両手を空へと伸ばす。
くるりくるりと空をかき混ぜるように手のひらを回しながら、レリアは風の精霊に向かって声を張った。
みるまに上空に黒い雨雲が渦を巻きながら集まりはじめ、ゴロゴロと雷鳴がしたかと思うと、滝のような鋭い雨粒があたり一面を激しく叩く。
一分もかからずに止んだ土砂降りの雨は滞空する飛竜とその背に乗るふたりの少女達を除く全員の頭の先からつま先までを一繋ぎにしていた。兜も顔もわからないほど。
「その程度で神の代理者である姫神子に対抗できると思ったのですか? 傲慢なあなたらしいですが、その程度では姫神子どころか私にもかなわないということを思い知るといい」
レリアが冷笑で言い捨てると、黄金の蛇が喜々として跳ね、パチリとはぜた。
兵士達の表情が凍りつくのを見届けたレリアは小さな金の蛇を一匹だけ放してやると、竜を空高くへと飛翔させた。
「2章 襲撃」終了、次回からは「3章 邂逅」です!




