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発露2



「……んなっ……な……んで……」


 リタは唐突に名乗ってもいない名前を呼ばれ、動揺から意志が揺らいだ。

 アルフレートはそれを認めると剣を鞘に納めて薄く笑い、両手をあげて戦意がないことを主張する。


「兄と姉っていうのは、ガス将軍の子供達――えぇと名前は確かレナートとレリアだったか?――の、ことだな?」


 言い当てられてさらに狼狽が胸の中に広がり、火の玉が消失しているのにも気づかない。


「ガス将軍……? それが、私のお父様……?」


 これまで兄も姉も、父のことは名前すら教えてくれなかった。


「いいや。ガス将軍はレナートとレリアの父であっても、お前の父ではない」


 じわりと結論をじらすアルフレートの言葉をリタは理解できず、ただじらされていることだけは感じて苛立った。


「お前のファミリーネームはオネイロスではない。ワイアットだ」

「ワイアット……」


 それはさっきこの男が名乗った名だと思った途端に、アルフレートはにたりと笑った。


「お前は死んだものと思われていた第7皇女リターニア。俺の妹の一人だ」


 まぁ、異母兄弟全部数えるときりがないんだけどなと付け加えた男の言葉は、耳に入ってこなかった。

 その前の言葉が飲み込めずに、ぐるぐると胸の中に渦を巻いて気持ち悪かった。


「な…に……言ってるの? あんたなんか、知らない! サイオーンに行ったことも、一度もないんだから!!」

「赤子だったから覚えてないだろうな。兄弟の中じゃお前を一番かわいがってやったし、俺が沐浴してやったこともあったんだけどな」


 その薄笑みを睨んでも、どこまで本気なのかわからない。


「……右肩にこれと同じ焼き印があるだろう?」


 彼は黒い手袋を外し、左手の甲をリタに向かって突き出した。

 そこには3本の剣が交差する紋章が浮き上がっているように見え、リタは思わず右肩を押さえて息を飲んだ。

 そこに、本当に同じ焼き印があったからだ。


(こいつ、本当にリタを知ってる)


 それだけは、確信した。

 否定しようがなかった。


「これはサイオーン王家ワイアットの家紋だ。これがあるならば、それはお前が俺の妹リターニアである証だ」


 動揺していると、いたわりと同情の混ざった視線を向けられる。


「一緒に故郷サイオーンに帰らないか?」


 す、と手を差し出された。

 それは、あまりにも無防備に。


 その手を取るという選択は、絶対にありえなかった。

 けれど、その手は本当に兄が妹に手を差し伸べるようになにげない様子で、そこにあった。


 迷った。


 信じられない。

 その手を取ろうとは思わない。

 兄だなんて、思わない。

 けれど――すべてを一笑に付してしまうには、この男はあまりにもいろんなことを知っていた。


「………帰ろう、リタ」


 やわらかい風が吹いたような気がした。

 穏やかにほほえみを浮かべたこの男は、きっと、嘘を言っていない。


 差し伸べられた手が、くるりと翻ってリタの髪を優しく撫でた。


「俺は昔、お前を守るとラケシスに約束した」


(ラケシス――)


 母の名に、ぐらり、と視界が揺らいだような気がした。



「――リタ!!」


 聞き慣れた声に呼ばれたと思った瞬間に、ごうっ!と音を立てて目の前を熱気が通り過ぎて行き、はっと我に返る。


「姉……様……」


 振り返ると、扉のところに眉を釣り上げ息を切らせたレリアがいた。

 2歩後ろに飛んでリタの作ったものの5倍はあろうかという火球を避けたアルフレートが舌打ちをして、レリアを睨んだ。

 だが、すぐさまリタに笑みを向ける。


「なぁリタ。おまえ、両親の名前や生死を、なんて教えられてきた?」

「リタ、聞いちゃ駄目! こんな時に敵の口車にのせられて手を焼かせないで!!」

「口車に乗せてるのはどっちだろうな?」


 リタは思わず、レリアとアルフレートを見比べてしまった。


「嘘を教えて利用するとは、美しい絆だな」


 ふふんと鼻で笑ったアルフレートに、レリアはこれ以上ないというほど眉を吊り上げた。


「嘘なんか教えてない。リタは私たちの母様ラケシスが生んだ3兄弟の末妹よ!」

「父が違うだろう」

「それを言うなら、あなただって母が違うわ」


 否定しなかった。

 その事実が、ぐさりと胸に深く突き刺さって抜けなくなった。


「広い意味で俺たちも兄弟じゃないか。争うのはやめないか?ついでにお前も帰って来たらどうだ。その魔法、厚遇されるぞ。特にガス将――」

「ふざけないで!!」


 姉様はすぐに怒るけれど、でも、こんな、業火のような怒りを見るのは初めてだった。

 リタまでがその怒りにけおされていると、それに気づいたレリアはリタを背中に庇って一歩前に出た。


「リタ、ここは私に任せて兄様のところに行きなさい」

「でも……でも、姉様……!」


 にやにやと嘲り笑う男と姉を、リタは再び見比べた。


「……リタ、私よりカムイ様を害した賊を信じるの?」

「今まで本当のことを教えなかったんだ、信じられなくて当然だろう?」


 レリアの表情が苦渋に歪み、アルフレートはそれをせせら笑う。 

 それらをリタは何度も何度も見比べた。


「リタ!」

「リタ」


 呼ばれる度に、どうしたらいいのかわからなくて、泣き出してしまいたくなる。


「リタ。真実を知りたくはないか?」

「黙れ凶賊が!!」


 この男が兄だなんて、信じられない。

 信じたくない。

 だけど。


 だけど知りたい。

 真実を、知りたい。



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