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捨てられた日

「レナート、レリア……ふたりとも必ず迎えに来るから、元気で待っててね」


 優しかった母が仕立てられたばかりの極上のドレスを着て、泣きながら私と兄を抱きしめてそう言い残し、屋敷を出た。

 その馬車が見えなくなるまで見送ってから屋敷に入ろうとすると、父は私と兄にそのまま別の馬車に乗るように言った。

 着の身着のままで困惑する私と兄を、父は有無を言わせずにいつも出かけるのとは違う質素な馬車に私達を押し込む。そして父は乗らずに御者に目配せをし、馬車は走り出した。


 一昼夜経っても馬車はほとんど休むことなく走り続けた。


 いつもなら侍女が乗り心地が悪くないか、気分は悪くないか、お腹は空いていないか喉は乾いていないかと絶えず気をまわしてくれるのに、今日は侍女がいないばかりか、一昼夜の間に一回も食事も飲み物も出なかった。


 いつもと違う様子に、私はずっと心細くて兄にしがみついていた。

 兄はずっと、私の背中を撫でて大丈夫だと声をかけ続けてくれた。

 それがなんの根拠もなくても、私は兄を信じて大丈夫と自分に言い聞かせ続けた。



 やがて馬車の窓の外に見えてきたのは、炭坑の町ポボス。

 かつては豊富な石炭を産出していたが、今では掘っても掘っても屑ばかりで、寂れていくばかりだと父が頭を悩ませている町だった。


 馬車はそのポボスの町を抜けてさらに走り続けた。


「兄様、この先って……」

 それ以上外を見ているのが怖くて、兄を見つめた。

 兄も不安そうだったけれど、ただ黙って私を抱きしめてくれる腕に力をこめた。


 町を抜けてしばらく行ったところには、やたらと太くて苔蒸した木々が乱立する深い森がある。もっとずっと幼い頃、父の視察に同行した私達に、あの森には決して入ってはいけませんと侍女達にきつく言われていた。


「レリア……大丈夫。何があっても、お前は私が守ってみせるよ」

「………うん」


 兄がしっかりと抱きしめてくれるその力強さに一時は不安が押さえ込まれるけれど、すぐにまた不安は膨らんでいく。



 あの森から先はガス様の領地ではなく、ましてこの国の領地でもありません。神の領域なのです。あの森に足を踏み入れた者は、二度と生きて出ることはできないのですよ――と、そう言われた森の畔で、馬車はようやく止まったのだった。



 御者に降りるよう言われ、兄に手を引かれて怖々と馬車を降りた。

 私達が降りたのを確認すると、御者は何も言わずに馬車を再び走らせ始めた。



 既に日は落ちて、月が出ていた。

 目の前には黒々とした森と、森の向こう側には濃紺の空を突くような高い山が白く輝いて連なっているのが見える。

 風が吹いてざわざわと葉擦れの音がする。

 部屋着のドレスのまま連れ出されたから、夜風が冷たくて、身震いが出た。身を抱きながら、泣きたくてたまらなくなった。


「レリア、森は危ないから町まで行こう」


 だけど兄が繋いだ手をぎゅっと握ってくれたから、なんとか涙を留めた。そして懸命に首を振った。


「兄様、動いたら迷子になっちゃう。お迎えがきても帰れなくなっちゃうわ」

「……ここにいても、迎えも助けも来ない」


 兄は作り損ねた笑顔でゆっくりと言った。


 信じたくなくて、首を振った。


「レリア。辛いだろうけど、認めなければ生きていけない。私達は捨てられたんだ」

「なんで? お父様は厳しい人だったけど、いくらなんでもこんなに突然捨てられるようなことをした覚えなんかないわ!」


 駄々をこねると兄は困った顔をした。

 兄の顔を見ていたらその言葉がじわじわと染み込んできて、ずっと我慢していた涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。


「理由はわからない。だけどレリアは私が必ず守る。これからはふたりで生きていこう?」


 優しく穏やかに諭す兄の手が、震えていた。


「生きて、母上を待っていよう?」


 兄も怖いのだと、その時はじめて気づいた。

 だって私は7歳だったけれど、兄もまだ8歳だったのだから。



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