ドラゴンのおねぇさんと会話をする。
ドラ乙とドラゴンのおねぇさんと
鶴は千年、亀は万年、ドラゴンは一体何万年?
私はドラゴンのおねぇさんにつれられるまま、雪原にやってきた。
この雪原、何故か際限なく沈むので二人して若干飛んでいるが、彼女の周りが台風の目の様になっているのか、側にいれば吹雪は和らいていた。
私はのんびりと巻き上がる風に乗りながら彼女に身体を向けた。
「雪原がお家なんですか?」
「いかにも。正確にはこの雪の下に住んでおる。
ほれ、見い、赤子や。私の尾はおまえと違って縦に付いておる。
おまえの尾は空を飛ぶ為だけでなく、大地に二足で立つためにも付いておる故、長く、尾先はやや小さめだが、それでも横に鰭のような物が付いておろう?これは風受けの役割をしておるのだ。
それに対して私の尾は縦についておってな。纏った氷のせいで見にくいが、背ビレも有る。
この尾とヒレで、雪や水を泳ぐのよ。」
へぇ、と思って私は思わず彼女の身体を眺めた。
身体の感じは流線型に近く、角はなめらかに後ろを向いており、やや平べったく少し光っているように見えた。
きっとこれは角自体が発光しているのではなく、猫の目のように周りの僅かな光を集める性質をしているのだと思う。
身体を這う無数の氷のせいでわかりにくいが、鳥のような、魚のような身体の彼女の尾は、まるでひらひらとした金魚や熱帯魚の様な形をしている。
更にそれらに氷が宝石の様に装飾されていて、見れば見るほど綺麗なドラゴンだと思う。
ウロコは白。ところどころが寒色に見えるのは、雪や氷が水色に見えるのときっと同じ。
そんな彼女は泳ぐのに邪魔にならない
様なのかやや短い腕を私に伸ばした。
「それにしても愛らしい。おまえは花のドラゴンかい?」
「はな?…ですか?」
私が聞き返すと、ふふ、と案外可愛らしく彼女は笑った。
色っぽいおねぇさんがそんな風に笑うのは大好物です!
と、口を滑らしそうになった。危ない。
と、そう私が危険人物、もとい危険竜物になりかけている間に、彼女は私の頭の後ろに触れた。
「ほれ、角に紫の花が付いておる。
その内に蔓でも伸びて本当に花でも咲くやもしれんの。
花を纏うドラゴンとは珍しい。
この世界において花とは特別なもの。
おまえは特別なドラゴンなのであろう。
そうか、おまえは赤子故、自分の役割も理解してはおらなんだか。
よいよい、20年ぽっちしか生きておらぬでは無知も仕方ない。」
「はぁ、申し訳ありません?」
役割?とはなんだろう?この世界に呼ばれたことだろうか?…いや、多分違う。
「この世界のドラゴン達はなにかのドラゴン、と言った何か名称があり、それ相応の役割を持っている、ということですか?」
私のその言葉を聞いて、おねぇさんは優しげに目を細めた。
まるで本当に子供を見守るような、そんな風に。
「応、幼いながらも知性は高いようであるな。
この世は妖精が神より力を与えられ、力を生み出している。
この世界が豊かであるのは妖精のおかげである。
しかし、妖精とは酷く気まぐれである故、好き嫌いが激しいでな。
姉妹間であるにもかかわらず、仲の良さに差が大きく有るせいでこの子には力を貸すが、コイツには貸さぬと言った事が相次いでの。
それらを補助する役が必要になったがため神は我らドラゴンをお作りになり、妖精を監視する事と、世界の力の循環を任されておるのだ。」
「へぇ、」
私が思わず感心していうと、彼女は小さいままの私の身体を抱きかかえて言葉を続けた。
「ドラゴンの役割、すなわち世界の循環を促すこと。
我らは独特の伝達能力を持ち、それを行うことにより意思とともにそのドラゴンの元に力を送り込む。」
わぁ、結構めんどくさそうだな、と思った私の頭に、また前足で触れた。
子供、と言う年ではないのだけれど…それでも誰かの手は温かい。
「…そんな顔をするでない、実に簡単であるぞ。
そもそもが力を送り合うために作られておる故、その伝達能力でちょいと会話をするだけで良いのよ。
精神の奥底で皆つながっておる故、ドラゴンは皆物知りだ。話題が尽きることもない。」
「そうなんですか!」
「応、そうさな、たまに口論になったりすることもあるがの。それも一興よ。
これを我らはドラゴン伝達意思通話と呼んでおる。」
「へぇぇ、ドラゴン伝達意思通話、ですか!」
何だかかっこいいですね!と言おうかと思った矢先、おねぇさんは言った。
「しかし、よく使う言葉で有るにも関わらず長いので、皆“ドラ伝話”もしくは“ドラ伝”と呼んで親しんでおる。」
「でん…っ」
おもわず私は真顔になった。
大変です、異世界ではドラゴン達も電話を使っているそうですよ!メンデルスゾーンさんっ!!
あや、メンデルスゾーンじゃなくてイライジャグレイさんだっけ?まぁいいや。
「そ、それは便利そうですねぇ…」
「?…ふむ、便利であろうか?まぁ、いつでも意思を飛ばせる故、ある面では便利かもしれぬな。」
「しかもケータイレベル?!」
私が思わず言ってしまうと、彼女はとうとう首を傾げた。
なんともはや…大変だ、この世界ではドラゴンが常時ケータイ状態らしいぞ!?
……あれ、もしかして、ドラゴンって、皆リア充?うっそん!?
「なんぞおまえはようわからぬ事をしばしば話すな。
…なるほど、なにか事情がありそうだ。ここでは何だ、雪の下に潜ろうか。
しっかりつかまっておれ!」
私が考え事をしている間に、ぐあ、と視界がぶれた。
ファッ!?っと声を上げる間もなく(あ、いや無意識にあげたかも)私の視界は灰色になった。
ぐごごごご、と雪をかく音が耳元でなって、なんというか、悲鳴も上げられなかった。
というか、埋まっているのだから、あげようもないのだけれど。
私が目を白黒とさせている間に、ずぼ、と大きな音を鳴らして、息が吸えた。
…なんのこっちゃ。
怒涛の展開に私の小さな頭が処理オーバーを起こしている間に、あっという間にここは白い穴ぐらと化した。
なんというか、何があった。
とりあえず、深呼吸をして私は周りを見渡した。
ここは穴ぐらで、床には茶色の凍った地面がむき出しになっている。
そうか、底なし沼ではなかったのね。
上を見上げる。おねぇさんが羽を広げていて、私を雪で潰さないように気を付けてくれていた。
「…あ、ありがとうございます?」
「何、これしきの事簡単だ。礼を言うほどでもない。」
彼女はニコリと微笑んだ。
白くてギザギザとした歯がちらりと見えた。
セクシィ!ワイルド!
何故かは分からないが、何となく数少ない私の友人を思い出した。
桜ちゃん、元気かなぁ。帰ったらメールしよ。
「して、赤子や。おまえは一体どこから来た?
ここには私以外のドラゴンなどおらなんだぞ。
まして花のドラゴンとあらば、どの妖精も喉から手が出るほど欲しがろうよ。
それが今日まで聞いたことすら無かったとあらば、どこから湧いて出たのだと、尋ねねばなるまいて。」
湧いて出た、ってんなウジ虫みたいな言い方せんでもいいじゃないですかおねぇさん…若干ショックです。
しっかし、どうするかなぁ。
正直に言って良いのものなのかな。
人間だったと知ったら怒るかなぁ。でもなぁ、この方、別に人間が嫌いって感じでも無いしなぁ。
それに、下手に嘘ついてボロが出るより、正直に言って、現状打破の正確なアドバイスを貰うほうがよっぽど良いんではないだろうか?
例え飽きられたとして、それも嘘を見抜かれるよりは悪くはならないだろう。
「それこそ異世界ですよ。
異世界では人間だったのが、なんのはずみかドラゴンになってしまったんです。
まぁ、私、ドラゴン好きなんで大いに結構なんですけど。」
そう言うと、おねぇさんは大層驚いた様子で目を見開いた。
首が一瞬持ち上がり、息を呑んだかと思うと今度は私を覗き込んでくる。
何となく、かわいい。
そう思うが、言うまい。
恐らくおねぇさんは真剣にやっているんだろう。
「人間が、ドラゴンに!?何たる事だ。しかし、成程、その力はだからこそか…。」
「?」
最後の方は自己完結をする様に納得して腕を組んで再び首を持ち上げる。
対する私はまた言葉の真意が分からずに小首をかしげた。
力?私に力なんてそんなもんあったろうか?魔力の事??
考えれば考える程わからない私が首をこれでもかと言うほどに傾げるていると、おねぇさんは真面目な顔をして、私を見つめて、うなづいた。
その様子に、私が思わずその目を見つめると、彼女は口を開いた。
「全ては自己中心的で気まぐれな妖精のする事。
気にするだけで疲れるが…しかし、それで無垢なままこの世に放り出されれば不憫。
…どれ、私が知っている事だけだが、それならば伝えられることがある。
それを持って何を為すかは自らで決めよ。
我はこの責任を持ってお前が如何なる決定を下し、行動したとしても受け入れよう。
困ったなら、我を頼るといい。」
そういった彼女は、凛としていた。
薄い色の目線は何だかあったかくて、おっさんと似かよったものを感じる様な…いや、
(雰囲気が、先生に、似てる。)
責任を負う、かぁ。
そんな事をさらりと言ってしまうあたり、ドラゴンとは本当に強大な存在なのだと思った。
人間とは違い、きっとその場限りの薄っぺらい口約束ではないだろう、と何処かで感じた。
もしかしたら、その感じは私がドラゴンになったからかも知れない。
不思議だが、何だかそう感じたのだ。
ともあれ、この方は少なくとも私に味方をしてくださる、ということだ。
良いのかな、となんとなく思うのは、迷惑じゃないかな、と言った感じで嫌な感じはしない。
きっと、頼ってしまっていいと思う。
(私は、先生が好きだから、たぶん、この方も、好き。)
「…御迷惑をかけますが、お願いできますでしょうか?」
そう言うと、彼女は裂けたように大きな口の端を持ち上げて目を細めた。
それが私には温かく微笑んだように見えてなんだか安心する。
「あい、わかった。」
その声は空洞に高く響き、美しい声だな、と思った。
その響きを聞いて、あまりにも自然に聞いていた彼女の言葉は、人間のそれではない事を何となく感じた。
が、それは今は関係ない。
漸く、この世界のことが分かるのだ、ということに、もしかしたら帰ることが出来るようになるかもしれない、ということに、胸を躍らせ、彼女の言葉を待つことにした。
因みに実用的な電話を作ったのはアレクサンダー・グラハム・ベルさんです。
※メンデルスゾーン=作曲家、ロマン派を代表する作曲家の一人。短調の曲とか書いた人。
※イライジャ・グレイ=発明家、二時間滑り込みアウトの人。FAXのお父さん。




