目が悪いと声で他人を区別したりもする。
ドラ乙のよるのおはなし
夢を、見た。
真っ白な世界。雪だ、と思った時にはそれは現れていた。
小さな、氷のような青みを帯びた光を放つそれは、怪訝な顔をして私に問いかけた。
「あなたののぞみは何?何がしたいの?あなた。」
その訝しけなそれは、如何にも幻想的な姿とは相反して、酷く人間味のあるものだった。
それがなんだかおかしく思えたけど、笑うことは出来なかった。
「あなたのやりたい事が見えてこない。何を叶えたらいいのか分からない。」
私は答えようとしたけれど、それが言葉にはならなかった。
妖精はまた顔をしかめて、白い世界に消えていった。
「...それは、嫌よ。折角、折角狐に貰ったんだから。
お願い、あったら聞いてあげる。
大きな力だって小さな思いだって叶えてあげるわ。
その代わり...。」
そう、まるで教会の中のようにこだまする声に、私は一生懸命口を動かした。
声にはならなかったけれど。
ーーーーーーーー
「ねぇ、だから、私を帰してよ!!この性悪!!」
「うわっ!?」
自分の大きな声で目が覚めた。
びっくりして、体を起こすと、私はまた人間になっていた。
眼鏡は今回は外れてしまっていたらしい。世界がぼやけて何も見えない。
ともあれ、この部屋には私と、声からしてもう一人男性がいるらしい。
なにかの黒い塊が視界の端で揺れている。
「...誰ですか?」
思わず変態さんとは違う声の主を睨みつける。
...頭がぼんやりしていてこの低い声は聞き覚えがある、としか思い出せなかった。
「...寝ているところをすまなかった。」
そういった彼は、私が何も見えていないことに気が付いたらしい。
なるべく穏やかに話しかけてきているのがわかった。
私は寝ぼけた頭でこの声の主をたぐり寄せる。
そうだ、この声は聞き覚えがある。
つい最近、というか、昨日も聞いた声だ。
「チワ様?」
そうだ、チワ様の声だ。
とてもええ声だからよく覚えている。
そういった所で、彼がえ、と声を上げたのを聞いた。
「いや、高橋だが。チワ様、とは?」
今度は私がえ、と声を上げた。
だって、この声はチワ様じゃないの?
私は慌ててメガネを探す。
それはすぐに手に当たり、見覚えのある色合いと触り心地がしていた。
それをいつも通りに書け直すと、黒い塊がお兄さんに進化した。
それは先日私の手を引いた男性そのもので、密かに若作り疑惑がかかっている、高橋…(なんだっけ、下の名前)さんだ。
...と言うか、チワ様だったら日本語喋れないでしょ、よく考えなよ、自分...。
私はそう思い直して素直に頭を下げた。
「...本当だ。ごめんなさい。」
そう言えばこんな顔だっけ。
そんなに昔会った訳でもないのに、私にはそんな感想が浮かんでいた。
正直、毎日会わなければ好き好んで人間の顔など覚えたりはしない。
私は、その彼を改めて見つめ直す。
彼は典型的な日本人の顔に、いかにもファンタジー物の悪役みたいな黒い服(イケメンの魔王とかが着てそうなそれだ)を着た、爽やか系兄ちゃんだ。
若干闇に溶けかけている黒髪が、長くて背中に流しているのだと辛うじてわかるのは、部屋のランプが頼りなく火を揺らすからだ。
正直、目に悪そうな位の明るさしか無いこの部屋で、私つい目を凝らした。
「チワ様は、執事のチワワのお兄さんのことです。名前、知らないので。」
「…そうか。彼のことをそんな風に呼んで居るんだね。」
彼、というと親しいのかもしれない。正直、声は抜群に似ている。彼らの関係性が非常に気になる所だが、今はそんなことを聞いている場合ではない。
そうだ、この人は、帰る方法...とまでは行かないものの、それにつながるヒントを知っている筈なんだ。
そう思えば、私ははやる気持ちを抑えきれず、言葉も纏まらないまま、声を出した。
「あの、私、かっかえ、帰りたくて、でもどうしたら、ここどこで、あの札幌に居たんです!ほきゅ、だい前で氷ですべって、あ、なんかキャトりゃれた、っていうか。あ、そうだ、どうしたら、か、か、かえられますか…」
「落ち着き給え。」
言葉が纏まらないにも程があるだろう!!自分!!
私は内心焦りながら、言葉をどうにかしようと努力した。
「札幌で、帰りたいです、私は、ここに来て、キャトられた!
違う!私は、札幌で、キャトられて、ここに来て、帰りたいんです!だ!!」
「落ち着き、たまえ。」
努力した結果がこれだよ!うあぁあ!!穴があったら入りたいぃぃ!!
私は顔が熱くなって、奇声を上げながら布団にダイブして毛布に頭を突っ込んだ。正直死にたい。
「すみません、そ、その、まともに話をするの、私、久しぶりで…」
「…あぁ、すまない。そのようだな。」
案外冷静な言葉だが、その声音には動揺が見られた。
私はそのまま布団をかぶり、目の所だけ布団から出して彼を見た。
ら、肩を震わせて顔を伏せた。
「あ、ちょっと、お兄さん!!笑わないでくださいよ!!
仕方ないじゃないですか!元々コミュ障なんですから!!」
「クッ…いや、すまない、ふふっ!その外見の割に子供のような行動をするものだから…」
「黙れ小僧。お前にこの気持ちがわかるか」
そう私が声音を変えて言った時、今度こそ彼は盛大に吹き出した。
そんなに上手く言った訳ではない筈なのだけれど…と私が困っていると、彼はいや、すまない、すまない、と先程よりもずっと軽い声で話しかけてきた。
「いや、そのフレーズ、久しぶりに聞いたと思ってな。つい懐かしくて笑ってしまった。」
「…あぁーなる程…まぁそういうこともありますよね?」
たぶん。他人の笑うつぼなんてさっぱりわからんのだけれど。
私がやきもきしている間に、彼はベッドに腰掛けた。
私はベッドの上で布団に包まっているので、彼は私の斜め前に、背を向けている状態になる。
その状態で、彼はやや身体を傾けて顔をこちらに向けた。
「そう、君もやはり北海道から来ていたんだね。
…優美子の日記は読んだかい?」
「えぇ、読ませていただきました。…読んで良かったんですか?あれ。後半はともかく、前半はあれただの日記になってましたけど…。」
普通は日記なんて他人が読むものじゃない。
でも、読めと言わんばかりに置いてあるから読まないことに始まらないんだろうな、と思って読んだのだけれど。
彼女に許可は得ているのだろうか?
そういう思いがいまさらながらに浮かんでくる。
そういう私の思いを汲んだのか、それともたまたまなのか、彼は少し困ったような顔をしてから正面を向いて顔を見えなくしてしまった。
「あぁ。…きっと何かの役に立ったのなら、きっと彼女も喜ぶだろう。」
少し俯いた彼は、表情はさっぱり読めなかったけれど…何となく、察してしまった。
「え、なんかその言い方、まるで...」
私がそう言うと彼は正面を向く。
たしには頭しか見えず、長くて手入れがされているのであろう長い髪がさらりと流れた。
「優美子は、150年前の人間だ。...既に寿命を全うしている。」
「…そうですか。」
私はそれ以上は何も言えなかった。
幸い、私の家族も、私の友人も皆健康で元気だ。
だからこそ、私はこういう時、なんと声をかけてやれば良いのかわからない。
そう、そうか、
「…この世界に来たからといって、不老不死な訳では無いんですね。」
「基本的にはな。…中には俺のような例外も居るが。」
暗い部屋に、沈黙が降りた。
その間、動くものといえば頼りないランプ位な物で、時間が引き伸ばされたかのような、そんな気さえした。
私は、彼になんの声もかけられなくて、困っていた。
安穏と暮らしてきた私なんかが何を言っても、きっとそれは的外れになるのだろうというのが、正直な感想だった。
出来るならば元気づけてやりたい。
でも、私ではそれをしてやる事が出来ないのだ。
そうして、どれくらいの時間が過ぎたのか、正確にはわからない。
でも、そう長くはない時間のあと、彼は急に顔を上げた。
「…すまない、時間を取らせてしまったな。」
「いえ、私が変な事を不躾に聞いてしまったのが悪かったので…そう、」
私は顔を布団からだして話をする。
彼は依然として前を向いたままだ。
「今回は何をしにここへ?」
「あぁ、本当はこの手帳を置いて帰ろうかと思ったんだが…しかし、こうして会えたのだから、いっそ大切な事を話してしまおうと思う。」
そう言って振り返った彼が取り出したのは国語と書かれたノートだった。
それも、藤崎さんのノートか…。
そもそもなんでこうして会えるのならばそんな回りくどいことをするのだろうか?
疑問は尽きないが、今は余計なことは言わないでおこう。
もしかしたらそれも含めた説明があるかもしれないし。
「わかりました。お願いします。」
「あぁ、ではまず、この世界には妖精が居てな。」
その言葉から始まったこの世界の話は、まるでファンタジーだった。
この世界の国には一つの国に一匹ずつ、守護妖精、というものが居て、それぞれが国を護って居り、その守護妖精の名前がそのまま国の名前になっているのだそうだ。
で、その中でもニクス、と言う雪の妖精は何故か外の世界の人間をこの世界に引きずり込み、この雪の国に住まわせるのだという。
「つまり、そのニクスをどうにかすると、元の世界にかえれるのですか?」
「…いや、そういうわけでも無いようなんだ。」
セオリーに従って言うと、その原因を倒したり、服従させればゲームクリアなのだけれど…そういう物ではないらしい。
私は彼の次の言葉を待った。
「どうやら、ニクスには協力者が居るようなんだ。
…妖精と直接話した優美子が言うに、その協力者と話をしないことに、帰してはくれないそうなんだ。」
「わぁ、裏ボスですか?魔王の裏には破壊神がバックについている的な…。」
「…君は相当ゲームが好きなんだね…。
…まぁ、概念的には間違ってはいないだろう。その裏ボスというのがまた厄介でね。
この世界の…しかもこの国の人間の中に紛れ込んでいる、と言うところまではわかったんだ。」
そこまでわかっているなら、もっと大々的に探せばいいのに。
私はそう思うが、それを言うより早く、彼はこちらに体ごと向いて真剣な顔をした。
「しかし、この国の中でも一定の時間を過ぎると名も顔も変えて移動してしまうようなんだ、前回の山﨑の時も、すんでの所で逃げられた。」
…そりゃそうか。そうやって逃げ回らなければ、きっとすぐに見つかってしまう。
私ががっかりしながらも納得していると、彼は身を乗り出して言う。
「…俺は年を取らない。だが、…他の皆は違う。年を取っていってしまう。早く帰らなければ、周りと生きている時間がずれすぎて…帰れなく、なってしまう。
…いや、それだけじゃない。あまり周りの人間に関わり過ぎると帰るのが難しくなる。
この世界で必要されればされるほど、見捨てて行けなくなる。」
真剣で勢いのある言葉は後半に連れて萎んでゆく。
悲しそうな、でも、仕方ないと諦めるような、そんな顔だった。
…そうか、と思う。
だからこそ、高橋さんは私となるべく直接話さないようにしていたのかもしれない。
私が高橋さんを置いていけない、なんて言い出さないように。
だから、きっと藤崎さんの日記を使った情報伝達なんて回りくどいことをしたのだろう。
「…なる程。だから貴方も、私との接触を避けたんですね?」
「そういう訳だ。俺ももう、この国を放って元の国に戻ることは出来ない。
もうこの国は、俺にとって他人ではないのだから。
…でも、君は違う。
君は俺と同じ、年を取らないタイプだ。
ドラゴンとしてしか、君は存在していない。
ニンゲンとしての君を知っている者は今のところ俺しか居ないし、関わりも薄い。
幸い、言葉も通じないし、名前も知られていない。
しかし、急がなければ。この世界にとってドラゴンの認識は自然災害と同等であると言っても過言ではない。
…その力を狙って、君は今、利用されようとしているんだ。他ならぬ王子の手によって。
それが成就してしまえば、立場的に帰るのが難しくなってしまう。
その前に、君はその協力者を探し出して欲しい。
勿論、俺も協力は惜しまないつもりだ。」
そう言って、彼は私に手を差し出してくる。
私は依然として布団に埋もれたままだったが、戸惑いながらも彼を見た。
暖かな揺れる炎に照らされて、彼は真剣にその黒い目で私を見つめていた。
私はその迷いのない目にまた少し戸惑って、目を背けてしまう。
あぁ、炎が揺れるからだろうか、暗くて何かまでは判断つかない家具が、動いているような気がした。
でも、そう、帰りたいのなら、この手を取り、目を逸らしてはいけないのだろう。
私は、布団から手を出し、彼の目を見つめ返した。
「…すみません不束か者ですが、よろしくお願いします。」
そう言って手を握り返すと、彼はまた吹き出した。
嫁入りじゃないんだから!と返す彼を見て、私も少し笑った。
さて、そうだ。
一人ではないのだから、今度からは勝手は許されないのだろうけれど、最後に私には聞きたいことがある。
「ふふ、そうだ、一つ知りたいことがあるんです。」
「なんだい?俺に出来ることなら協力は惜しまないつもりだよ。」
そう言ってくれると大変助かる。
そう思って私は今度は迷わずに尋ねた。
「あの、私も自分でドラゴンから人間の姿になれるようにしたいんですけど、その方法を教えてもらえませんか?」
「…なぜ俺に聞くんだい?」
え、と私は思わず声を漏らした。
だって何も…
「私を人間にしてるの、高橋さんですよね?
だって、高橋さん、チワワにだって変身してるんだし…。」
私がそう言うと、彼は一度がっかりして頬を掻いた。
そうしてると、何だかそこいらの青年とそう変わらないような印象を受けた。
「...妙な所で鋭いね。
........わかった白状しよう。だからその怖い顔で睨まないでくれ。こわいぞ、その顔。
そうとも。俺が君の言うチワワの執事だ。
皆にはサタトルースと名乗っているが、本当の名前は高橋 蓮司でまちがいない。
人目があるときに話し掛けないように注意してくれよ?」
顔が怖いのは元からなので触れないで欲しい。
しかし、半分はかけだったのだけれど、やっぱり間違ってはいなかった。
私は何となく勝った気持ちになったけれど、なんの意味もない。
「...どうして俺がサタトルースだと気づいたんだい?」
彼はそう言ってくる。
そんな事言われてもなぁ、と思うが、一応一番の理由を言ってみる。
「声が同じだったからですね。」
彼は目を丸くした。
「声が?そんな、声が似ていたからと言ってそんな事...。」
似ていたんじゃなくて、同じだったから、です。
似ていただけなら私だってこんな暴挙に出ません。
「だって、人間って皆骨格とか顔が違うんですよ?たから、声だって似ていても早々全ての声が同じ人なんて居ませんよ。
そう言う魔法があるなら別ですけど...わざわざチワワの執事さんと同じ声で登場する意味もわかりませんし。」
「しかし、よく同じ声だ、とわかったね...。」
「と、いうよりも話し方とかでだいたいわかると思いますよ?声はその人の状態を表すんですから。」
第一、話す速度や喋りの音の高さも同じなのに、これで違うという方がお粗末だ。
声を聞けば相手が酒を飲んだり、煙草を吸ったりする人間かはすぐわかる。
自分に自信のない人は自分の中で喋るからもごもごするし、自信があれば胸を張るので張った声が出る。
鼻が悪ければ詰まった声になるし、顔が前後に長ければ響きが高くなる。
他にも体の大きさ、声帯の長さ、筋力によっても声は変わるのだ。
誰一人として、全く同じ声なんて存在していない。
合唱歴10年以上の近眼女を舐めるなよ。
しかし、きっとそんな事を説明したとして、きっと分かってはもらえないだろう。
人間なんて、自分の知っている事でしか理解など出来ないのだから。
最も、それは私も同じなのだけれど。
「...そういう物だろうか。」
「そういうものだと思ってくださると幸いです。」
「ふぅん。」
彼は顎に手をやり、少し感心したように鼻を鳴らした。
なんとなく居心地が悪くなったので私は体をもう少し布団に隠した。
そうされると、私はどうしたらいいのかわからない。
夜の闇は深く、ごうごうという吹雪の音がきこえたが、布団は少し、暖かかった。
ドラ乙は人間嫌いなので基本コミュ障です。
次の話を上げた関係により、少し前の状態を書き足しています。
そして...チワ様は高橋さんだったんだよ!
ナ、ナンダッ((ry
いや、多分バレバレだったと思いますが...w
まぁ、初めからくっせーなこいつ、とは思ってましたが、これでようやく一つ楽に...ならないかw




