雷鳴と吹雪の中で、人々は静かに思惑を巡らせる。
こたこたしてます。
こわいゆめをみた。
あんな夢はひさびさだった。
窓硝子が風と雪に当たって静かに音を立てていて、見慣れている筈なのに、とても、不気味で。
僕は、汗を拭いながら体を起こした。
ユミコが残した、カイチュウ時計をたぐり寄せて開けると、まだ11時にもなっていなかった。
「ジョディ、」
喉が渇いた、と、いつも側に居るはずのそれを呼ぶけれど、部屋は静まり返るだけだった。
耳鳴りが、する。
『いや、ジョディだって四六時中いる訳じゃない。コボルトとはいえ、休息は必要だ。大丈夫、何も変じゃない。』
耳鳴りはやまない。
ぶぉ、とも、ぐぉ、ともつかない音がする。なのに、なっている。
あの音を悪魔の声に見立てて、母親は“恐ろしい氷の悪魔が、夜に寝ない悪い子を食べに来る”と言って脅すらしい。
『あれは風。氷の悪魔なんて、いやしないさ。
悪魔の仕業とされていた酒が自然と減るのだって、あれは沸騰した水のように蒸発しただけだったじゃないか。』
だからいやしない、絶対、いや、きっと、うん、多分...。
いや、だって、世界を調べ尽くさなければ“いない”ことを証明する事は難しい...。
「...そうじゃな」
思わずいうと同時に、がらがら、と音がした!
僕は思わず飛び起きて窓を見ると、暗い空の向こうに、光が走っているのが見えた。
「と、トルニトルスの咆哮...?」
ルクスの国のドラゴンが、どうしてここに?
いや、あれはきっとトルニトルスではないはず。
『だって、光の国、ルクスは海も大陸もこえなければならないほど遠い島国だし、トルニトルスとグラキアスはとても仲が悪くて、魔王戦役の際も激しい戦いをしたと聞く。
会えば喧嘩を始め、こんな、音ではすまないはずだ。それこそ伝承にあったような...』
その時、空が割れるような音がした。
「ひゃっ!」
僕は堪らず布団に隠れる。
あの大きな音!伝承の空が割れる様な音なんじゃないのか!?
い、いや、こんなものではすまないはずだ、もっと、
ーーーーーーーーガラガラガラ、ドォオン!!
「わぁっ!」
大きかった!今の大きかったぞ!?
ホントにドラゴンのケンカだったらどうしよう!?!?
魔法兵器は、うん、強いけどドラゴン二匹になんて火に油だ!いや、焼け石に水!??どっちでもいいっ!!
あ、魚、魚あげたら大人しくならないかなぁ!?
うぅ...おとうさま...
「いや、それは、おとことしてえぇぇええ!!」
また鳴った!!も、もう!どっか行ってよぉ!!
もうやだ!!トルニトルスとグラキアスのバカ!!
ーーーーーーーーーーーーーーー
暗い部屋、落雷の音がするそこで、母上は優雅に茶を飲んで座っていた。
部屋は薄暗く、本来なら茶を嗜む時間ではないが...それでも、それを指摘するような人はここにはいない。
この国の頂点はルイージ陛下だが、この部屋の頂点は、俺の母、マルタだからだ。
そんな彼女は、俺を見るなり、向かいに座りなさい、と俺の着席を促した。
「はい、母様。」
俺は素直に従う。この人には逆らうことができない。
そう、しつけられているから、だが。
俺が昔の洗脳的な教育の数々を思い出しながら、苦い思いで出された茶を手に取ると、母は言う。
「あのバカ王子がドラゴンを平和条約成立記念祭のパレードに出すつもりらしいわ。」
その内容に少し不意を付かれて吹き出しそうになりつつ、それを抑えた。
パレードにドラゴン!?
あの生きる天災と言われるドラゴンをあんな人の集まるところに出すというのか!?正気の沙汰とは思えない!!
馬鹿かあいつ!自分が将来おさめる国を、王になる前に自分で崩壊させるつもりなのか!?
内心穏やかではない。
しかし、極めて平静を保ちながら俺は応える。動揺してはいけない。
「...それは本気なのですか?確かにあいつは最近人懐っこいドラゴンを手に入れてそれにかかりきりだとは聞いていますが...
しかし、いくら人懐っこいとはいえ、ドラゴンはドラゴン。大勢の人に驚いて暴れださないとも限らない。
それを人の集まるパレードに出すなんて...狂ってる。」
俺がそういうと、母は顔を歪ませた。
あぁ、そうだ、この人にとってこの国の国民はどうでもいい存在なのだった。
俺は少しバツの悪い思いをしながら次の言葉を待った。
「...まぁ、それはそれでいいのだけれど...どうも、昨日、試しに人里を歩かせたらしいわ。
その報告に寄れば沢山の人々に驚くこともなく、大人しくしていた上、餌も行儀良く、市場で魚にがっついたりはせずに買ってもらったものしか口にしなかったというわ。
...思ったより、躾は行き届いているみたいだわ。」
そうなのか。随分賢いドラゴンだ。
機会があればギュスに見せてもらいたいところだが、...まぁ、叶わない願いだな。
「そうなのですか。」
そんな綱渡りをするような言葉なんて言ったものならいつ何があるかわかったものではないので、無難に相槌をうっておく。
すると母は、足を組み直して余裕有りげに言った。
「えぇ。パレードで暴れだして、国民を巻き込みながら命でも落としてくれれば一番だと思って静観していたのだけれど…そうも行かないみたいでね。
手駒にちょっとドラゴンにちょっかいをかけるように言ってみたけれど、訴えるような目をしただけで、攻撃はしてこなかったと聞いているわ。
このままだと、ドラゴンを手懐けた王子の立場が安定するだけじゃなく、他国がもっと手を出しにくくなるわ。
最悪、魔法大国にドラゴンまで飼いならしたとあっては一気に多くの国々から一目置かれることになる。
…それは、困るわ。ルナにとっては、特に。」
ルナ。母の、出身の国だ。
常夜ゆえ、植物が育ちにくく、とても寒い。
それでも、かろうじて花が咲くのは、不思議といつも登っている月の光があるからだ。
ルナは、ニクスが建国された時から何故か折り合いが悪く、ニクスを国として認めるにあたって、一番反対をしたと、ルナの歴史にはあった。
片や常夜、片や常冬。
境遇が似ているというのに、どうしてこんなにまで嫌うのだろう?
俺は不思議でならない。
しかし、それを母に伝えては、母の立場がないのだ。
「では、どうするのです?」
俺は、努めて平静に言う。
きっとろくでもない。でも、俺はきっと逆らえない。
俺のその言葉を、母は待っていたと言わんばかりに良い笑顔をした。
「そう、パレードの時に暴れさせるのはガードが固くてよくないわ。それは最終手段よ。
その前に…あのバカ王子を、事故死させるわ。
あの、ドラゴンを使って、ね。」
あぁ、やっぱり、ろくでもない。
俺はため息を飲み込んだ。
なんとなく見た窓の外がまた光り、轟音を立てる。
吹雪はまるで豪雨のように窓に打ちあたり、カツカツと窓を叩く。
雷鳴はまだ、止みそうにない。
ーーーーーーーーーーーーーーー
ニクスにとっては吹雪は珍しくはない。
しかし、雷を伴うとあればそれは話は別だ。
光が走り、轟音が聞こえるのは、遠くで昔勇者に加護を与えたというトルニトルスが、ドラゴンの誇りも忘れて魔王に魂を売った、憎きグラキアスに怒りの咆哮を向けているという。
他の国ではまた別の話が伝わっているそうだが、俺はそれがあながち間違いには思えない。
こういう日は、グラキアスも機嫌が悪いらしい。打ち付ける風に混じって低い唸り声が聞こえるようだ。
俺は、副所長だった時よりも広くなった部屋をなんともなしに見回す。
研究をしていた時は、あまり服装やらにも気を配ることもなく、食事も食堂で済ませていたし、本当に寝るだけに部屋に帰ってきていたのもあって、手持ちの荷物は本当に少なかった。
引っ越しがすんなり済んだのは有り難かったが、やはり俺には広すぎる部屋だった。
しかし、変わったのはそれだけではない。
ぼんやりと、少しの眠気がこの時間ですでに漂っている。
「本当に規則正しい生活になったな、俺も…。」
魔法研究所では、3徹とかが当たり前だったのに、ドラゴンの世話係という体力を使う仕事の上に、夜中にドラゴンが寝てしまえばやることがないので仕事もお開きになる。
そうなれば、必然に俺はこういった、部屋で過ごす時間が多くなるのだ。
「…若干、暇だな…。」
俺には早すぎる就寝時間だ。
だからといって、今日もなんとなく付けているドラゴンの観察、研究日誌もつけ終えてしまった。
初めのうちは小休止、と惰眠を貪ったものだが、こうもやることがないと逆に不安になってくる。
今度、サタトルースさんに言って仕事を増やしてもらおうか…。
まさか、俺がこんなに働きものだとは知らなかったなぁ。
そんなことを思いながら、俺は明日の予定を確認する。
明日は、所長と王子、それからサタトルースさんと一緒に頭を突き合わせて散歩と、ドラゴンに乗るための準備をしなければ。
あぁ、そうだ、今のうちに鍛冶屋の者を呼べるように手配をする準備をしなくては。
ドラゴンを鍛冶屋に連れて行ったほうが色々細かい調整がすぐにできるかとも思ったが、この天気はしばらく続きそうだからな、むこうを呼んだほうが早そうだ。
そういえば、王子はなんで宝石職人なんて呼んだんだんだろうな…。
パレードの装飾なら、もっとこう、石工とかの方がいいんじゃないのか?
ネックレスやらティアラやら…人間じゃないんだから…。
俺はため息をついた。
どうも、ギュスターヴォ王子はうちの娘を人間か何かと勘違いしているらしい。
…きっと、宝石より、魚のほうが喜ぶと思うんだがな。
また、雷鳴がなっているが、俺はそんなものは気にならない。
遠くのトルニトスの咆哮なんかより、同僚の雷使いのねぇちゃんの実験の失敗のほうが余程実害があるからな。
そういや、元気にしてるかなぁ、みんな…。
明日、暇があったら所長の不気味な顔でも拝みに行くかな、と雷ねぇちゃんの怒号を雷鳴に重ねながら、俺は近くの紙とペンを手に取った。
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俺が遅くまで仕事をしている陛下に紅茶を入れ直している時のこと。
「サタトルース。」
陛下はぼんやりと光るランプを頼りに、ペンを走らせながら言った。
「はい、なにか御用でしたでしょうか。」
俺は、そんな陛下に恭しく返事をする。
いつもの事なので、俺は特に緊張などしていない。
陛下は深刻な声で言う。
「…最近、ギュスが冷たいんだ…。反抗期だろうか…。」
その話は昨日も、一昨日もその前も聞いた。
この王はまだ惚けるには早いだろうから、本人も同じ質問を繰り返していることは自覚があるだろうに。
それでも言わずにいられないのは余程気にしているのだろう。
俺だって毎日同じことを繰り返し聞かれては、さすがに無難なことを言い続けるのも疲れてくる。
今日は少しイタズラでもしてやろうか。
「反抗期は、誰もが通る道でございます。
ほら、ルイージ陛下なんて、このくらいの時は“王様になるのなんていやだ”と仰って交易用の大海亀船の積み荷の中に入り込んで、危うく魔動器ごと商人に売り飛ばされる所だったではありませんか。」
「そ、そうだっただろうか…。」
とぼけた一言だが、恥ずかしそうにしている辺り、覚えてはいるのだろう。
…あの時は本当に生きた心地がしなかったんだぞ。
城中を探し回って、それでも居なくて、先代を宥めるのがどれだけ大変だったことか!
それだけじゃ済まない。
王子を逃がした兵士やメイドの首が飛びかけるのを止めたり、城中の大混乱を収めて回ったのは一番の古参の俺なのだ。
こんなのは優美子以来だと、頭が痛くなったのを覚えている。
それなのに、商人の荷物に紛れていたのを見つけたと聞き付けて、カロルの港に特急で迎えに行って見れば、ブスリとした顔で“僕は王様なんて嫌だからな”の一言と来たものだ。
鉄拳一つで許した俺を、どうか褒めて欲しいところだ。
俺はその時の恨みを思い出したのもあって、あえてさもおかしそうに、大袈裟に言ってみせる。
「えぇ、そうでしたとも。陛下がカロルの港で見つかったと聞いた時には、このサタトルース、流石に驚きましたよ!」
そう言ってやると陛下は実に恥ずかしそうな顔でこちらを見やり、頭をかいた。
「……その節は世話をかけた。…その、面目ない。」
少し言いすぎたろうか。
まぁ、俺にしてみるとついこの間のようなものだが、この方にしてみると掘り起こされたくない昔話の一つなのだろう。
仕方ない、この辺でやめてやるか。
「いえ、私めは王家のために見を尽くすのが使命でございます故、お気になさらず。
…しかし、血は争えぬものですなぁ。」
特にしょっちゅう脱走する辺りが。
俺はそういった意味で言ったのだが、陛下はため息をついた。
その顔は、あまり勉強をしていないことに対するには少し重すぎるように感じた。
陛下は、心配そうな様子で俺にこぼす。
「…そうなんだよな。前々からあいつ、やたらドラゴンドラゴン言っては居たけれど、本当にドラゴンを捕まえてくるとは思わなかったよ…。」
全くだ。
俺は内心大いに同意をする。
というか、突飛なことをしでかす癖があるのを、ご自分でも自覚していたんですね、といいそうになる。危ない。
確かに、ギュスターヴォ王子も突飛なことばかりしでかす。
ドラゴンを捕まえてきたのにも驚いたが、それをパレードに参加させる、等と言い出した時も度肝を抜かれた。
しかし、よく考えてみれば、確かに王子にとってはあのドラゴンを諸国に見せつけるいい機会ではあるのだ。
なんとしても、いや、無理矢理にでもあの王子はあの子をパレードに乗せるだろう。
「…なぁ、サタトルース。」
「はい。」
締め切ったカーテンから、雷光が漏れる。
「あのドラゴンは、一体どこから湧いてきたんだと思う?」
この王に似て、意外と気のおけない賢さのあるあの王子のことだから。
ここは王の執務室だから、防音は結構効いているので音は遠い。
それが、嫌に静かな空間を作り出して、なんだか嫌な感じだった。
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おぉ、なったなー。
あ、今のおっきかったなー。
わーきれいーやっぱどこの世界でも雷って青いのねぇ。
雷がゴロゴロ言ってる猛吹雪の中、私は外を見ていた。
事の始まりは吹雪の中、何故か異様に熱くなってしまった部屋の空気を堪らず変えていたときに、雷が落ちたのが始まりだった。
私は大きな音は嫌いだけれど、雷を遠くで見るのは好きだ。
あくまで遠くだけれど。
昔、自室で真っ暗な部屋の中で今のように雷を観察していた時に近くに落ちた雷は、白くて赤くて、本当に大きな音に驚いて慌てて階下の家族の元に転げるように逃げた記憶がある。
(あの時、家族は雷なんて微塵も気に留めていなくて、ソファーで寝転がる姉さんも、台所で洗い物をしながら、時々テレビを見に来る母さんにも安心したものだ。
唯一雷を気にしていた、飼い犬のルナは、ストーブの前に転がっている父さんの腹の前でクンクン言いながら丸くなっていた。…懐かしい。)
それでも、雷は好きだった。
むしろ、見えない暗闇の中で音だけ聞いていると、逆にここに落ちてくるのではないかという恐怖に駆られるので布団に潜って耐えるのは嫌いだった。
しかし、こんな吹雪の中で鳴るなんて珍しい。季節で言えば、冬の初めの雪が降る前に落ちるのが私の地域の雷、というものだった。
大量な雪虫が秋のコートに大量にへばりつくようになって、雷が落ちたら、雪が降る。
話によれば
大雪山に2回雪が降ったらこっちにも雪が降る、なんて話もあるようだけれど、街に住んでる私にとっては、前者のほうが余程身近だった。
閉めた窓に張り付いて私はそれを見ていた。
色々思うことはあれ、今はどうにもならない。
帰りたい。きっと帰れる。だって、そう、きっと、待ってくれている。
(どうして忘れてたんだろう。
家族は、決して、冷たくはなかったじゃないか。)
私は、ため息をつきながら、また光る雷光を眺めた。
雷が落ちてから、7秒以上経ってから音が鳴るのは遠い証拠。のんきにしてても大丈夫。
1、2、3、4、5…
「ろくぅ!?」
うぉ、と、乙女にあるまじき声をあげながら、背中に何かが思い切りぶつかってきた。
驚きながらも私がそっちを見ると、変態さんが背中に震えながらくっついていた。
「ーーー...。」
力なく、小さく呟いた彼は大きな青い目に沢山の涙を溜めて上目遣いをしてくる。かわいい。
「...もしかして、雷嫌い?」
私の言葉はわかるはずないのに、何だかそれを肯定するかの様に私の背中に顔をうずめてくる。
あぁ、苦手な人はホントに苦手だっていうもんねぇ。
...高橋さんは私に、王子に気をつけろって言ったけど、こんな雷に怯えて震えてる様な子供の何処に気をつけろというんだろう。
若干不思議なのだけれど。
まぁいいか。
私は変態さんに向き合って、頭を撫でてやる。
ぽろぽろと泣き出すその子に、私は苦笑いをする。
うーん、これは雷が止むまでは泣き止まない感じかな。
私はその子を雷から守るように羽で包み、子守唄代わりのミサ曲を歌う。
別に、どこぞの宗教ではないけれど、コンサートで歌う曲だったので、やたら練習していたから多少は聴けるだろうと思ったのだ。
変態さんは体を震わせて、怯えていたけれど、雷が止む頃にはすっかり穏やかに寝入っていて、私はため息を付きながらベッドに運んで一緒に横になった。
私は、その時、変態さんに、雷が近くに落ちた時の私やら、やたら懐いてくる姪っ子やらを重ねていた。
家族に会いたくて、きっとセンチメンタルになっていたのだ。
これが良かった事なのか、私にはわからない。
ただ、なんとなく、私にもボセーだかなんだかがあったのだなぁ、と、そう思う。
締め切ったカーテンの奥からは、少し弱くなった風の音だけが聞こえていた。
そう言えば、この時、しばらく吹雪いていたんだっけなぁ。
こたこたしました。




