ドラゴンは空を飛び
おっさんがチワ様と取り残されました。
ドラゴンが上空に飛び去ったとき、驚きすぎて言葉も出なかった。
しんしんと降る雪が、静けさを伝えてくる。
...なにがあった。
飛び去ったドラゴンは海に体を打ち付けながら飛び去っていった。
...逃げられた?いや、逃げた、と言うよりは...
「はしゃいだ?」「はしゃいでいたように見えるのかい?」
俺は、特に返事は期待していなかったのだが予想外にすぐに返事が返ってきて、後ろを振り向く。
そこには、大きな鰹を抱えてふらふらしているサタトルースさんがいた。
鰹は小さなサタトルースさんよりも二回りは大きく、引き締まったその身は見るからに上物だとわかるが、その大きさのせいで彼の顔を含む体の殆どが鰹で見えない。
体の小さな彼にはとても重そうに見え、その証拠に、唯一まともに見える足がプルプルと小刻みに震えている。
「持ちましょうか?」
俺はそのふらつく足取りに不安を覚えて声を掛けたが、いや、いい。と案外冷静な言葉が返ってきた。
いや、良くないでしょう、と言おうとするよりも早く、彼は俺に話しかける。
「彼女、神妙な顔をしていたね。」
そう、彼は言って...右によたよたとふらついた。
「あ、あぁ、そうですね...?」
大切な話だとわかっていながらも、俺はサタトルースさんの足取りの方が気になってしかたがない。
ダメだ、しっかり話を聞かなくては...!!
「なにか、思い詰めていたのかもしれないな。」
彼はいつもと変わらない声で、今度は左によたよたとふらついた。
「そ、そう、ですかね?」
あぁぁ、今にも転びそうだ...!
平静を装った声と、その足取りが全く一致していない...!!
「そうだな、海を見て、故郷でも思い出したのかも知れない。」
あぁ、危ない!右に、右に倒れるっ!!あ、左に傾いて持ち直した。
...いや、そうじゃない。故郷?ドラゴンの故郷とはぁぁあぁ!今度は左にぃぃ!!
お!持ち直した!セーフ!!
「...どうした、体を左右に揺らして。」
「はっ!何でも...」
俺は、ついうっかりサタトルースさんに合わせて体を左右に揺らしていたらしい。
恥ずかし、じゃない!
「すみません、先にそれ、ソリかなにか借りて積みませんか?あなたの足取りが気になってしまって...。」
「ふむ?そうかい?ではソリに乗せようか。」
借りてあったんなら先に乗せてください...。
全く頭に入ってこなかったんですが...。
彼は少し離れたところに置いてあったレンタルのソリに鰹を乗せている。
その足取りもやや頼りないもので、俺は今にも転んでしまうのではないかと内心ひやりとしたが、それは杞憂に終わった。
それからは彼はやはり何事もなかったかのようにこちらに向き直り、話しを再開する。
しかし、俺はなんというか、
...正直なんの話だったのか覚えていなかった。
これは困ったと思ったが、集中出来なかったのは伝えてあるため、素直に聞いて見ることにした。
「...それで、何の話でしたか?」
「いや、大した話でもない。」
しかし、それははぐらかされてしまう。
サタトルースさんは大した話では、とは言っているが...なんだか踏み込んだ話をしていたような...何だったか...いや、年のせいじゃないぞ、年のせいじゃ...。
まだ、30歳ではないっ!!というか30歳だって、そんな老けてなんて...。
「そんなことより、ほら、戻ってきた。...随分、律儀な子だ。」
「え、」
その声で我に返った俺は、遥か彼方を見つめた。
まだ遠くだと言うのに、それははっきりと翼を広げ、此方に飛んできているのがわかった。改めてみるとその紫の体は大きい。
...よかった、きちんと、戻ってきてくれた。
俺は安堵から思わず息を吐いた。
「よかった、あのまま飛びさって行ったらどうしようかと。」
「本当だな。逃げられたらお互い職を失うではすまされないところだったよ。」
本当に、よく考えてみるとその通りだ。
でも、と俺は思う。
確かに逃げられる可能性はあったが、それでも、あの穏やかな普段の様子を見ていると、あの子が逃げ出すとは思えなかったのもあって油断していたのも事実ではあったが...
それでも、あの空間で穏やかに過ごせる、ということはそれなりにあの場所を気に入ってくれているのだと俺は思う。
それに、俺の事もよく気遣ってくれるような目を向けてくる。
それは、きっと俺の事だって、悪くは思っていない証拠だ。
俺はでも、とサタトルースさんに声をかける。
「...あの子は、きっと俺を置いてはいきませんよ。」
すると、どうしたのだろう、サタトルースさんは表情の読めない。...もともと犬の顔なので、表情は分かりにくいが...それでも特によくわかない顔をしていた。
「...大した自信だ。さすがは父気取りを自称するだけはあるな。」
...?
俺はそのトゲのある言葉に首をひねる。
先ほど“お互いに”職を失う、といって困ってしまうのはお互い様、というのを主張しあったはずなのに、その言いぐさではまるで、逃げて欲しかった、という風情だ。
俺はその言い草に、疑問をどうぶつけようかと迷って、それでもストレートに聞いてしまった方が早いだろうと口を開いた、その瞬間。
「ーーーーーー。」
ごぅ、と大きな音に声が混ざって、俺達に影が覆い被さる。
そちらを見れば、見事な翼を畳ながら、心配そうにこちらを見るドラゴンの姿が。
その音は、どうやらドラゴンが降り立った際に起こした風の音だったらしい。
それにしても、先に見たときはあんなに小さかったのに、もう戻ってきたのか。
魔動ソリとどちらが早いだろうか、と関係ないことを思えば、ドラゴンは首をもたげてくる。
「...おかえり。」
その、体の割りには小さな額を撫でてやる。
ドラゴンの頭にも、よく見ると細やかな鱗が連なっているのだが、それらは鉄のような冷たい無機質なものではない。
春の日差しの様に優しい暖かさと、固いが、それでもしなやかですべらかな感触。
「ーーーー。」
そして、まるで、俺の言葉がわかっているかの様な言葉の返しに、俺は思わず笑ってしまう。
あぁ、お前は可愛いな、顔は厳つい癖に、こう、仕草がまるで子供の様だ。
俺は何となく胸がすいて、スッキリとした気分になった。
サタトルースさんを見れば、眉間にシワを寄せている。
その人間じみた顔に、俺はまた吹き出しそうになる。
こちらは失礼にあたるので我慢したが。
...いつからこの世界のモンスター達はこんなに表情豊かになったのだろう。
王子のジョディなど、口の端をピクリともさせないというのに!
俺は、その愉快な気分のまま、サタトルースさんに言う。
「ほら、逃げたりなんかしませんよ。」
「...あぁ、どうやらそのようだ。」
釈然としない言い方に、やはり聞いておいた方がよいだろうか、と思ったとき、今度は彼が口を開く。
「私も、彼女を撫でてもいいだろうか。」
俺はこらえきれずに吹き出した。
だって、今まで紳士として通ってきた男が、いきなり不機嫌な様子になった。
その原因が、嫉妬だなんて!
俺は、一度笑いだしてしまうとそれ以降は大雪ビーバーに塞き止められていた川が氾濫したかのように、止まらなくなってしまう。
「そ、そんなに笑わなくても良いだろう!」
「だ、だって、そんな、あのサタトルースさんがっ...!!
あぁ、すみません!ふふ、では此方に来てください。彼女も嫌がったりはしませんよ。」
一気にイメージの変わってしまった彼は、その小さな体で世話しなく足を動かして近寄ってきた。
しかし、手を伸ばそうとしたところで戸惑う。
あぁ、そうか、この人、すごく小さい。
俺がそう思って体を持ち上げてやろうか、と思ったところで彼女も彼に気づいたらしい。
「ーーーー、ーーーーーー。」
なにかを穏やかに言いながら、器用に顔を刷り寄せた。
しかし、ドラゴンの頭より小さなその体は、その勢いに負けてしまったようで、サタトルースさんは尻餅をついた。
「ーー?!ーーーーー!」
それに驚いたのは転んだ本人ではなく、転ばせた方だった。
とっさに頭を持ち上げ、起こそうと思ったのだろう、その大きな前足を伸ばす。
しかし、その勢いたるや半端ではなく、さっと素早く身を起こしてサタトルースさんはその手を避ける。
「落ち着いてくれ。さすがの私も、その勢いでは潰れてしまうよ。悪気がないのはわかっているんだ。
...だが、君は私には大きすぎる。」
そう言うも、ドラゴンには若干伝わらなかったらしい。
困った様に首を傾げて今度は頭を下げている。
ふぅ、と息をついて、どうしたものか、と漏らした所で、私はさすがに止めに入った。
さすがにこれは可哀想だ。...たとえ、はたから見ているととても愉快であっても、だ。
「まぁまぁ、二人とも、落ち着いて。」
俺がドラゴンの持ち上がった前足に触れると、ドラゴンは何度も下げていた頭を止めて、こちらを見る。
「大丈夫だ。」
俺がそう言って前足を軽くたたくと、彼女は落ち着いて、頷いた。
その困惑した顔を見る限りでは完全にはこちらの意図を把握した訳では無さそうだったが、それでもやや落ち着いたらしい。
それから、俺はサタトルースさんを見る。
彼は腕を組んで憮然としている。
...この人、以外と表情豊かだったんだな。
「サタトルースさんも落ち着いてください。この子が驚いてしまいますから。
意外に臆病なんですよ、この子。」
俺がそう言うと、彼も冷静さを取り戻したらしい。
すまなかった、と謝罪した。
その様子がまたほほえましくなり、俺はサタトルースさんに近寄り、彼を持ち上げた。
「!?」
持ち上げられた彼は驚いた様子だったが、それでも暴れはしない。
俺は思った通りの軽い体を持ってドラゴンに近づく。
ドラゴンもこっちの意図がわかったらしい。頭を近づけてくれる。
「さ、どうぞ。」
「......。すまない。」
サタトルースさんは、少し戸惑いながらも、ドラゴンを撫でてくれた。
大きなドラゴンを、小さなコボルトが撫でている。
...なんだか癒されて、俺は温かい気持ちになった。
ーーーーーーーーーーーーーー
それからは、何事もなく事が進んだ。
そこいらを散歩して、現地で水揚げされたばかりの鮭を二、三匹与えて、俺達も昼食を摂る。
それからは、人通りの少ない港を歩いた。
ドラゴンは随分と興味深そうに漁船を見ていたが、驚いて暴れるような事はしなかった。
しかし、先は、飛び出していったというハプニングがあった為、背中に乗るのに挑戦するようなことはしなかった。
それでも、ドラゴンの背に乗って飛ぶのも、遥か遠い未来のようには感じない。
日も傾き、帰路についた俺は、ソリを引くサタトルースさんとドラゴンに挟まれながら考える。
何故なら、飛び出していっても、きちんと戻ってきてくれるからだ。
それだけなついてくれているなら、急に走り出さない様に教えることができれば、背に乗るのはさほど難しくはないだろう。
そうなれば、鞍も調整し直す必要があるかもしれない。
何せ、ドラゴンにつける鞍なんて、史上初めてなのだから。
見ただけではドラゴンを乗りこなせるだけの鞍を作るのは難しいだろう。
散歩にもっとなれたら鍛治屋に直接つれていく必要があるだろうな。
そうだ、それだけではない。
まだ、考える事は沢山ある。
俺は、雪を踏みしめる。
ふと、ドラゴンが気遣わしげにこちらを見た。
「どうした?」
俺がそう問うと、彼女は俺の隣を見た。
目線の先には、ソリを引くサタトルースさんが。
...鰹が気になるのか。本当に魚が好きなんだな。
サタトルースさんは何故かかたくなに俺にその魚を持たせてはくれない為、彼本人がそのソリを引いている。
重そうに引きずっている訳ではないので、俺はあえてその話題には触れていない。
「鰹は、城に戻ってからな。」
そういうも、ドラゴンはこちらに寄ってきて、俺は必然的に道を開けることになった。
あぁもう、やっぱりそういうところはドラゴンと言えども...と、俺が思っていると、彼女の尻尾が器用に動いた。
彼女の尾の先は槍の先の様に鋭いトゲのような物がついている。
これで攻撃された日には、いくつ鉄板を重ねて作った盾や鎧を着込んだ兵士でも、容易く命を落とすだろう。
その取っ掛かりで、サタトルースさんの持っていた紐を掬い上げ、さっとそのソリを奪い取ってしまった。
呆然とする俺達の横を悠然と歩いていく彼女。
その長い尾には鰹の乗ったソリ。
「も、持ってくれるのか?」
俺が呆然と声をかけると、彼女は不思議そうに首を傾げて何かを言ってまた歩き出す。
俺の持っている手綱が逆に引かれてハッとして彼女を駆け足で追う。
「器用なものだな。」
「本当、驚かされてばかりですよ。」
サタトルースさんは笑いそうな声で言っている。
確かに、あの屈強な戦士をも一撃で吹き飛ばすだろうあの鋭く、しなやかな尾で、鰹の乗ったソリを引く様はとても滑稽だ。
そらでも、俺は別の意味で口許が緩むのが止められない。
やはりこの子は、心根の優しい、人のことを気遣うことの出来る子なんだ。
そう思えば、体は大きくても、さほど俺達と変わらないのかも知れない、と彼女を見上げる。
少しだけ姿を現した日の光が、彼女の美しい紫の角を照らした。
宝石のように輝くそれは、根本の後ろの辺りに鱗の様な薄い部分がつき出している事に気づいた。
それは一塊毎に五つの花びらをもつ花のような形になっていて、色といい形といい、ニクスの春に咲く花、雪解け菫のようだった。
それが、まるで少女がつける髪飾りの様に思えて、またほほえましくなる。
「まるで人間みたいですね。」
「...そうだな。」
俺達は城に向かって歩いていった。
来たときは雪が降っていたのに、今は嘘のようにやんでいる。
本当にこの子は雪をやませるのが上手いのだな、とよくわからないことに感心した。
城はまだ遠いが、それでも、足取りは軽かった。
何となく、その内書き足し、書き換えしなければいけない香りが......。・゜゜(ノД`)
でも1回城に戻って来てもらわないといけないし...(´・ω・`)
ほんと未熟者ですみません...。




