小さな父親と大きな子供と
おっさん視点です!
ドラゴンが、国に…いや、正確にはギュスターヴォ様に飼われることとなった。
それに辺り、目まぐるしく俺を取り巻く状況が変化してしまった。
そもそも、我々人間にとってドラゴンは触らぬ神に祟りなし、と言った存在だ。
それを飼うと言うのは伊達ではない。
一歩間違えれば国を滅ぼすことになるこの行為は、しかし、裏を返せばこのニクスにとって大きな利益ともなるのだ。
俺はガラガラとドラゴンの餌を乗せたワゴンを押しながら長い道のりを歩いていく。
少し薄暗い、大きな窓から見える空は雪と同じ灰がかった白。
あぁ、あの雲の向こうには暖かい日の元、天使達が笑い合っているのだろうか。
そう思って、またため息をつく。
その力強い翼で雲を突き抜け、その天使達を見ることができるだろうあの青空よりも濃い青色が脳裏を横切ったのだ。
国を簡単に滅ぼす力。それさえあれば、もうこの国、ニクスに刃向かおうなんて考える国は無くなるだろう。
元々魔法技術、及び魔法具の開発で常に中立の立場に立ってきたこの国のそれは、ドラゴンを飼うことで確固たるものとなるのだ。
…もし、まかり間違って戦いがおこれば、見せしめとしてあの子を戦場に駆り出すことになる。
恐らく、あの子が他国の攻撃で地に落ちることは無いだろう。…しかし。
俺はだんだんと近づく目的地に足を早める。
そうしたって、ドラゴンの食事の時間が数分早くなるだけで何も変わらない。
だが、俺は胸の内にある焦りを隠しきれなかった。
あの子は、きっとまだ子供だ。だからきっと、あんな風に人間にも興味を持ち、餌を与えてくれる者に好意を示したんだろう。
そう、俺はあのこの子とを崇める反面、どこか親になった様な気持ちだった。
あの好物の鮭を頬張った時の嬉しそうな笑顔も、あの氷で足を滑らして踏ん張るときの真剣な真顔も、…俺が帰るときに見せる寂しそうな顔も。
あの子の余りに人間くさい表情が、何だか嫁を貰いそびれた俺に、本当の子供が出来たかのような錯覚を起こさせている。
俺は、きっとあの膨大な魔力に惑わされているのだと思う。
(…魔力は、相性次第でお互いに影響を与えあう物であると、最近の研究ではわかっている。
それは、魔法として存在が具現化する前から生きとし生きる者には皆魔力が宿っていて、それが人を引きつける一つの要因となっている様なのだ。
そう、一例を挙げれば各国の王家の者はこのニクスに限らず魔力が強い事がわかっているので、これはまだ憶測の域を出ない説ではあるが、魔力が強いほど周りの者に影響を与え、惹きつけ、時に狂わせるのではないか、と言う話に真実味がでている。
逆にいくら強くても相性が悪くては何の影響も無かったりする事もあると言うし、まだ仮説とは言え、これはなかなか現実味のある話だ。)
だけど、あの子が望むのなら、それもいいかも知れない。
あの子のために、俺は狂っても良い。
あの子は、俺の子だ。
…自分の子に、幸せになって欲しいと願うのは、おかしいことではないと思う。
まさか、自らの子を血なまぐさい戦場に喜んで差し出す親など、このニクスにはいないだろう。
…つまりは、そう言うこと。
俺は目的地であるドラゴンの部屋についた。
焦る気持ちを抑えきれず、ノックもしないでドアを開けば、もう既に来ていたらしい世話係に充てられた執事のコボルトがドラゴンの宝石のような菫色の角を磨いていた。
俺はワゴンを押しながら二匹に近づく。
「おはようございます、サタトルースさん。」
「おはよう。…ミケーレか。ちょうど良かった。ドラゴンの世話をして欲しい、と言われて途方に暮れていたところだ。」
彼は相変わらず似合わないその声で俺の言葉に応える。
振り返り、器用にドラゴンの頭から降りてきたその紳士は優雅に立ち、どこが途方に暮れていたのか、と疑問を感じてしまう。
その立ち振る舞いは流石歴代の王族に使えてきた執事なだけはある。
俺の実家のメイドや執事とは優雅さが違う。
「未知のことを要求されるとは、お互い大変だな…私はまさか自分がドラゴンの世話係になるとは思わなかったよ。」
「はは、確かに、私の方は何となくそんな気はしてたので驚くも何も有りませんでしたが、サタトルースさんと一緒だとは思いませんでした。」
その声は若干の戸惑いが含まれていると思ったが、次の瞬間、此方を伺っていたドラゴンがいきなり首をあげて声をあげた。
「ーーーーー!!?」
がらん、と、角の間に置かれていた籠が地面に落ちて音をたてる。
私もサタトルースさんも驚いてそちらを見れば、ドラゴンは明らかに彼を見て驚いている。
何故かは私にはわからない。そんなにコボルトが珍しいのか?と俺は疑問を巡らせる。いや、それはないだろう。あの岩場にだってコボルトはいたし…。
…もしや人間の言葉話すコボルトと言うのが珍しいのか?
まぁ、コボルトは自分より強い者には相手が何であれ敬意を示し、仕えるものだ。
一度仕えた相手には絶対の忠誠を誓い、生涯尽くす彼らは案外賢い。
尽くす者の言葉を、彼らは不思議と覚えるのが早いのだから此方とすれば全く不思議はないのだが、この子にしてみると人間と出会ったのもつい最近なのだから、コボルトが人間の言葉を話すのを見たことがなかったのだろう。
俺がそう考えていると、少しの間見つめ合っていた二匹は目をようやく離し、サタトルースさんは此方を、向いた。
…そして俺は驚いた。彼は笑っていたのだ。
楽しそうに大きな目を細めて口をあからさまに吊り上げているその表情は紳士な笑顔とも違う、まるで新しい研究対象を見つけた所長の様な、面白そうなものを見つけた、と言った風情の笑顔だった。
あまりこの人のことは俺は知らないが、この人の評判は一研究者だった俺の耳にも届いている。
いつも、紳士に顔を引き締め、時に優しい微笑みを見せる、素晴らしい執事だと。
今の笑顔はそのイメージとは懸け離れたそれだった。
俺は彼に何も言葉をかけることが出来なかったが、彼はそのまま楽しそうに口を開いた。
「これは驚いた。外見に反して案外可愛い声のお嬢さんの様だ。…まぁ声は高くはないが。」
「はぁ、可愛い……お嬢さんっっ!!?」
俺は耳を疑った。
「お、お嬢さんって、この子、雌なんですか!!?」
予想外だった。いや、何というか、雄だとばかり思っていた。
あわてる俺に、サタトルースさんは優雅に笑って教えてくれた。
「あぁ、一見厳ついし、私も先ほどまで雄だと思っていたが声を聞く限りでは女性だね。
雄だったらもっと地を這うような低い声だろうし。
…成る程。」
彼はちらりと後ろのドラゴンを伺う。
「よく見れば角も翼の爪も宝石のように綺麗だし、他のドラゴンより体の線も細い。意識してみると、女性らしい様にも見えるな。」
そう言われて、私はドラゴンを見た。
確かに、他の伝承のドラゴンよりはちょっと細身だし、爪も角も綺麗な色だ。
…今思えば、初めて出会ったときにこの子の大きな手にすくい上げられたとき、手つきが優しかった気もする。…あのときは必死でそれどころじゃなかったが。
あれも、女の子だからなのだろうか?
俺は呆然とドラゴンを見た。
きらきらと部屋の照明の炎にあわせて鱗が光るその顔が、小さな子供のように、あるいは、若い女性のように傾げられる。
あぁ、おまえ、雌だったのか…。
俺は先ほど考えていたことを全て忘れてしまうくらいの衝撃を受けていた。
何というか、息子だと思っていたら娘だった事の衝撃は計り知れなかった。
「ーーー。」
ふん、と鼻を鳴らし、ドラゴンがじ、と俺の目の前のワゴンを見ている。
あぁ、と俺はその目線の先の餌の乗った皿をワゴンから降ろして彼女の前に置いた。
そう、自分の新しい仕事すら忘れるところだった、危ない。
「さあお食べ。」
そう言うと彼女は何かを言って、その食事にありついた。
確かに、男にしてはいささか声が高いか?いや、まだ子供だし…まぁ、どっちにしろドラゴンであることに変わりはない。
そんなに驚いてばかりも居られないだろう。
「しかし、ミケーレ。君は本当に良かったのか?」
「何がです?」
いつの間にか、散らばっていたタオルを拾い始めていたサタトルースさんは言った。
「君は魔法研究所の副所長だったんだろう?そんな名誉を捨てて、ドラゴンの世話係になるなんて。…そんな事を命じる王子も王子だが、受けてしまう君も相当だ。」
俺は、その質問に吹き出してしまった。
彼は怪訝な顔をする。それもそうだ、彼にとっては真剣な質問だったのだから。
だが、俺にとってはその質問はひどく滑稽なものに感じたのだ。
「…何故笑うんだい?」
「すみません、なんと言いますか、何となく私はこの子を自分の子供のように感じていましてね。
…自分の子供を、他の人ではなく、他ならぬ自分の手で育てたいのは親として当然でしょう?
やっと掴んだ小さい頃からの夢をあきらめても良いと思えるくらいには、俺はこのドラゴンの事が好きなんです。俺の知らない所で、俺じゃない、他の誰かにこの子の世話をされるのは…気に入らない。」
俺がそう言って彼女の角を撫でた。
透明感のある色をしたそれは、単純に綺麗だと思った。
「それに、ドラゴンの世話係も十分名誉だと思いますよ。
ドラゴンは強大な存在ですからね。…あまり、よいことではありませんが。」
「それも、そうか。」
視界の端に、彼女のとがった尾先が揺れているのが見えた。
あぁなんて体の大きな娘だろう。
そう思うと、俺は何だか滑稽に思えて、また笑ってしまった。
おっさんの変態ぶりが発揮されてきてますね。
頑張れおっさん!爽やかな変態に負けるなー!
ちわ様には既に負けてますが!(*・ω・)ノキニスンナ!