4 ☆2
子供たちも魔力のコントロールに慣れてきたのか、ぐっとスピードが上がり、ちらほらと頂上にたどり着くグループも出てきた。
目的地に着けば、どろんと消えてしまう泥人形を見て、少し愛着がわいていたのか残念そうに見送っている子もいる。
もう頂上も見えてきたというところで、一人の妖精が足を止めた。よく見ると、先ほどまで元気いっぱいに走ったり止まったりしていた妖精の一人だったのだが、今は浮かない顔をしている。
「おなかでも痛くなっちゃった?」
シャルロットが声をかけるとふるふると首を横に振って早足で歩くのだが、しばらくするとまたゆっくり歩く。もしかして……
「足でも捻挫したのかな?」
見れば泥人形が右足を動かす時に、わずかながら不自然な動きが入っている。本人が怪我をしているわけではないが、格段に動かしにくくなっているだろう。
修理することができないので、もう一度作り直すことを彼女は提案したが、その子は首を横に振った。
「違う。……大丈夫。こいつと頂上まで行く」
よく見ればズボンに泥がついている。彼女が少し見せてもらうと、転んだ時に子供をかばって泥人形がダメージを受けた跡があった。
自分の作りだしたモノを大切にしてもらえて、少し彼女の表情に笑みが見える。感情がないはずの無機物が、壊れてしまう我が身よりも大切にしたということは、短い時間だとはいえ、この少年に大切にされた時間があったからだと推測できるからだ。
「あと少し、頑張ろう。頂上について消えてしまっても、また呼び出せるように勉強しよう。きっと、あなたの声に答えてまた会えるようになるはずだから」
シャルロットが声をかけると、その妖精は顔を輝かせて頷いた。
「では工作の時間です」
頂上に着いてから、少しの休憩時間を挟んで授業が再開された。
休憩時間中に、ベルナーからの差し入れである冷やした蜂蜜ドリンクが配られると歓声が沸き起こった。このあたりの気配りが、学園長代理が好かれているポイントの一つだろう。
さて、授業のお題は裏山にあるものを使っての工作だ。
具体的には、先ほど練習した魔力の供給を行いながら、簡単な魔具を作る。手を使って草花から何かレリーフのようなものを作ってもいいし、木の枝を削ってもいい、先ほどシャルロットがやったように、この辺の粘土を使って泥人形を作ってもいい。
「先生!魔力を注ぐだけですか?」
質問の手が上がった。
「はい、そうです。魔法というのは、基本的に自分の魔力に属性を付加することでできあがります。たとえば、魔力に火気を付加させるとランプに火を灯すことができます。
もちろん、ランプの状態をイメージしながら魔力を注ぐことは一つの方法なのですが、慣れないうちは歪な魔力の注ぎ方をすると失敗しやすくなります。えー、命令された魔力を送り込んで、その物質を無理に動かそうとするという形になるのですね」
ゆっくりと、噛みしめるように彼女は説明を続けた。
「一番安定する魔法の使い方は、一定量の魔力を与えたところで、属性に語りかけるようにお願いしてみるのです。例えば、火の属性にランプに火を灯してくださいと。
そうすると、力を得たランプが明かりをくれます」
魔力は自分の力、属性は自然の力だと覚えておいてください。その上で、もし自分の作品に語りかけたくなったら、やってみてもいいですよ、と彼女が付け加えると、何人かの顔が満面の笑みになった。
属性付加の授業はまだ先となるが、どうやら属性に好かれている生徒が多いらしいとシャルロットは思った。先ほどの泥人形の件だけでなく、風に好かれて追い風で駆けていった子もいる。
どんな作品ができるのだろうと、彼女もワクワクしながら見守る工作の時間が始まった。
基本的にシャルロットはアシスタントだ。子供たちは各自自分の持っている道具や技術を使って作る。
「シャルロットさん。俺、この風船ガム使って怪獣バイオラル作りたいなぁ」
この男の子の場合、おやつと空気を使っての工作を選んだようだ。
怪獣バイオラルとはどうやらフエレンに出てくる敵らしい。管楽器の敵は弦楽器なのだろうか?と、ちらりと考えがよぎるが、教えることに集中する。
「まず膨らませたガムが、やぶけないよう念じるの。
一定に笛を吹くようにゆっくりと。
額に意識を集中させて、うすく、うすく伸びていく様子を思い描いて?」
「呪文とかないの?」
「呪文はあくまでイメージだけれど、まだそのイメージを与えるだけの力量がないうちは危ないわ。呪文がなくても大丈夫」
属性を従わせようとする力は、反発も招きやすい。もちろん、積極的に味方してもらえるように唱える呪文はあるが、それはまだ彼にとっては先になるだろう。
まずはまんまるに膨らませる。そして風の属性の協力が得られたなら、形は変わってくれるはず。
シャルロットが隣に座って、池からすくった水をふわふわ浮かせると、それは球状からふわふわと形を変え、シャボン玉のように膨らみ、そして可愛らしい猫の形になった。
にゃあ、と鳴きまねまでするそれに、彼は張り切った。
張り切りすぎた。
鼻息荒く、天高く拳を上げ、空に向けて思いっきり息を吹き込むと、それは恐ろしいほどの大きさに膨れ上がり、気が付けばもはや身長10m。
つっこむまもなく、ガムでできた巨大風船は怪獣の形にぶくぶくと形を変えている。周りで悲鳴が上がった。
破裂したら怖い!!!
どん引きする生徒たち。もうそれ以上中の空気動かなくていいから!という叫び声も聞こえ、いつの間にか風船を中心にして取り囲むように空き空間が現れていた。
「これまた大きくなったわねぇ」
シャルロットは見上げると、どうしたものか考える。膨張した空気を戻すのは容易いが、ガム風船は伸びきってしまってもうダメだろう。かといって、このまま固定して連れ帰るのも大きさが大きさだけに厳しい。
口をとがらせて首を傾げると、どこからか笛4重奏が聞こえてきた。
そういえば、水くみ場付近でグループワークすると言っていた4名の姿がこの場にない。
どこかで聞いたような懐かしいリコーダーの音色に、オーボエがハーモニーを奏で、尺八の「ぼえええ~~~」という延びた音色が混ざった。
「こ……これは!!!」
皆がキョロキョロと辺りを見回す。
有名なBGMなのだろうかと、シャルロットも風船ガムから目を離した瞬間、「はははははは!」と高らかに笑うワンドの声が響きわたり、続いてずしーん、ずしーんと地響きが起こる。
そして、それは姿を現した。