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シャルロットの日常  作者: アルタ
ようこそいらっしゃいませ
6/64

2 ☆5

――こうして自宅に戻った私は、なんだか熱烈な歓迎を受けて、ここで先生をすることに決まってしまったのでした。


 一文で表すと上記のようになるわけであるが、実際にここで暮らすとなると部屋が必要になる、家具も必要になる、お風呂の順番などのルールも覚えないといけない。

 魔法という便利なものがあるものの、万能ではないし、たいていの魔法は一時的なものだ。持続して効力を持たせるとなると、魔力を使い続けることになるため、普通は乱用しない。

 ゆえに、引っ越し作業は村人総出で行うのがこの辺の常識だった。


「こっちこっち!」

「タンスはここでいいだろ?あ、シャルロットさん、机はどこがいいかな?」

「ワンド君っっ!危ないからいったん降ろして!

 その、ざるそばの出前のように積みあがった本!崩れたら大変っ。

 机は窓のそばがいいなぁって、自分でやりますから!」

「シャルさん、大丈夫~。あいつ力持ちだから」


 朝食の席で正式に「ここでしばらくお手伝いします」と言った瞬間、屋敷の中で引越し騒ぎが始まった。

 以上の会話はその中の一部である。


 さて、新しく来た先生の部屋を新しく用意することになって選ばれたのは、書斎と、そこに続く小部屋だった。屋敷の2階の南側に位置するそこには、ベランダへと抜ける大きな窓があり、その前に立つと綺麗に手入れされた庭が見える。

 今まで応接室として使っていたため、大きなソファや額縁にかかった絵を、ちょうど真下にある1階の空き部屋へと移動させた。


 空き部屋には特になにも入れていなかったため、移動に問題はなかった。問題だったのは、彼女の荷物だった。確かに基本的な荷物は少ない、服もアクセサリーも化粧品もいざとなったら町へ行って買えばいいのだから。

 しかし、アカデミーから持ち出した貴重な魔術書や自分の書いた本などは他から手に入れることはできない。ゆえに、使い捨ての圧縮本棚に入れてもってきたのだが、解凍したら思った以上に大量だった。


 どれも禁書級。

 間違っても、自分の背丈の半分くらいの子供たちに収納作業を手伝わせるのかいかがなものかとシャルロットは考える。倫理的に。

 しかし、部屋に山ほど積まれた蔵書をみて、

「この本を片付けるなんて一人じゃ無理でしょ?」

と、可愛らしく首を傾げられては手を出せない。

 分類しなければならないため、魔法で浮かせて突っ込むことはできず、手にとって数冊ずつ本棚に収納しなければならないのだから。まあ、今回は本の順番までは気にせずに入れてはいるが。


 それにしても本が多すぎた。皮表紙の装丁のものから、走り書きのメモまで合わせると3,000冊はあるのではないか。

 部屋の壁を倒しかねない量になってきたため、半分ほどアカデミーに寄贈することをシャルロットは本気で考え出す。


 すると、同じように何か考えていたベルナーが、

「よし!壁をぶち抜こう!」

と、ポンと手を叩く。

 まさか改築騒ぎまでなると思っていなかった彼女は全力で止め、なんとか裏の倉庫に収めることで合意にたどり着いた。ツルハシ片手に振りかぶったベルナーが残念そうな顔をしていたのはたぶん見間違いではなかっただろう。


「ねえ。ここはまかせて、今日の食事の買い物に行きませんか?」

 水色の髪をポニーテールにまとめた綺麗な顔立ちの女の子が、シャルロットの手を取った。中性的な顔立ちをしているため、美少年のようにもみえる。

 確か、ツンドラと呼ばれていた木登り犯の一人だ。


 ひょっこり横から、ファミイも顔を出した。

「あとは、本をいれるだけだから大丈夫!!わたし、みんなのことちゃんと見張ってるから。下着とか盗もうとしたら、顔が腫れるまでビンタするから安心して!」

「そっ!そんなこと僕たちしないよっ!!」

 タンスの近くにいたシックが顔を真っ赤にした。


 そこは未遂に終わるよう監督をよろしくお願いします、と残し、シャルロットはツンドラ他数名と買い物に出かけた。物々交換用に学園内で育てた果物を持って行くため、行きも帰りも荷物いっぱいになる。


 食材の多くは荷馬車で毎朝運んできてもらうのだが、品物の価値と目利きを養い、交渉力を上げるためという理由で、直接食事係も買い物に行くのだ。買う食材は自由。1日1品まで、限られた予算の中で食事係が食べたいメニューを加えることができる。

 なにを選ぶか、ちゃんと料理できるか、予算をどう使うかというところまで評価の対象になるらしく、ツンドラは意気揚々と今日の夕食プランについて語った。



 結局、そのまま連行されるように外に連れ出され、帰ってきた頃には住む準備もすっかり整い、一昼夜にしてこの家の正式な住人となったシャルロットであった。

「ど……どうぞ、ふつつかものですが、よろしく」

 ぺこりと頭を下げると、拍手が巻き起こった。

 好かれすぎだろう!とは、本人の心のツッコミである。






 夕闇に包まれた空中都市マジックアカデミーの一室にて。

「ちくしょう。俺様の使い魔をかぼちゃにしてくれやがって……」

 長期出張から戻った彼は、ごっそりと抜けた本棚と生活感の薄くなった研究室を見渡し、そして目の前のカボチャに盛大なため息をついた。

 少し垂れ目がちの目元に少し黄緑がかった金色の髪を揺らし、カボチャをつついている青年は、見た目は20代前半だが、実年齢もまだ30に届いていない。


 妖精の中ではまだ若造であるが、彼が一目置かれているのはシャルロットの助手を勤め上げる実力を持っているからだ。

 顔立ちは整っている方である。どちらかというと甘いマスクなのだが、面倒そうに眉間のしわを寄せているため彼女はいない。一番機嫌がよいのは、仕事をしているときだというのは、彼の数少ない友人の言葉である。


 出張に行っている間、シャルロットの見張りとして残した監視用コウモリは、ハロウィンのカボチャランプに変身させられた上、追跡機能も奪われている。これじゃあ追いかけようにも、どこへ行けばいいのか分からない。そういえば、どこからか来た手紙を読んだ後、除籍願いを出して出て行ってしまったと、同期の妖精は話していた。


 机の上に残されたメッセージカードに目をやると、再度彼の口からため息が漏れる。

 別に賢者の塔を飛び出そうが、隠居生活をしようが彼にとって大したことではなかった。高倍率のこの地位を手に入れたのは、別に金のためでも名誉のためでも、そして研究で世界に貢献したいわけでもなかった。


「ついてこいって、言ってくれりゃ良かったのに」


 なんのためにベルナーに学園長の補佐を任せて、世話になった学園飛び出したのか分からない。そう、つぶやいて、つついていたカボチャをさらりと撫でると、使い魔は元の姿を取り戻し、申し訳なさそうに彼の手元を照らした。




……みかちゃん、お世話になりました。少し確認したいことがあって、ここを出ます。突然の出発になってごめんなさい。今までありがとう。大好きよ。

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