12 ☆6
同時刻、アカデミー軍が魔王の城に全面攻撃をかけていた。
ベルナーが黒竜を魔王から引き剥がせなかったことは執行機関に伝えられていたが、再度人材が揃えば可能であると判断されたのだろう。賢者の塔内でも有数の魔力量を誇るシャルロットの奪還について審議され、ただちに実行に移されることとなった。
「行け! 火を放て!」
矢が飛び、攻撃魔法が結界にぶつかって大地が揺れる。
城の近くの森で封印を行っていたシャルロットは、なるべく集中力を乱されないように注意しつつ、心の中で舌打ちをした。結界で跳ね返った魔法の矢の相当数がランダムに近くに落ち始めている。
自分か小箱に当たってしまえば、反動で何が起こるかわからない恐怖がじわじわとせりあがってきた。
五感を研ぎ澄まし、小箱を抱き込むように持ち変えた瞬間、飛んできた矢が腕をかすめる。
一筋の赤い線。
それに続いて血が流れたとたん、それまで大人しくしていた黒竜が暴れだした。
暴走する魔力が、抑えきれないほどの力で抵抗してくる。
封印は9割ほど終わっていた。
このままいけばと願うのに、黒竜の魔力は彼女の想像を越えて抵抗を続けた。ここまできて彼がドラゴンに変身なんてされたらもう絶望的だ。
シャルロットの腕から力が抜けてくる。
――止めようとしていた時間が逆流しているんだ
それに気付くのに時間はかからなかった。
この道では絶対的な自信を持っていた彼女は自分の魔力が抑えられるのを感じ、唇をかんだ。突然の暴走の意味もわからない。力の均衡が崩れてきたのだろうか?
自分の魔力とこれまで生きた時間が小箱に吸い寄せられていく。
10年……20年……竜の生きてきた時間なんて知らない。
30年……40年……このまま100年に達したら私は消滅してしまう。
50年……60年……失敗だなんて許されない。
70年……80年……ついに彼女の外見と時間が重なる。
これはカウントダウンだった。全ての時間を失ったとき、術者の存在は消滅する。
そして、もう一つまずいことに、小箱が魔力量に耐えかねてきしみ始めていた。
――とっさにシャルロットは、封印先を変更する。
――黒竜の魂の一部を別の器へ、そう、彼女自身へと。
黒竜が自分を選ぶのだというならば抱えてやろう。彼女は覚悟を決めて、封印の矛先を変更した。彼女のものではない記憶と時間が流れ込み、目の前が真っ白になる。
指先の感覚もなくなり、立っているのか座っているのかも分からない光の渦に巻き込まれているようだった。そして、怒涛のように意識に入ってきた黒竜はゆっくりと口をあけ……地響きがするような咆哮をあげた。
声がする。
「……で、まさか……」
「いや、……で間違いない」
懐かしい声だった。この数日の出来事が夢だったのではないかと思うような、暖かいお日様のにおいがした。
「この少女が、シャルロット様なのですか?」
「そうだ」
「外見の時間が止まることはありますけど、戻るだなんて」
「魔力とともに時間も封印に引きずられて吸い込まれたのだろう」
キリルが何を言っているのか彼女には最初理解できなかった。だが、彼の声がするということに、ひどく安心した。きっと、青竜は無事ベルナーが保護したのだろう。
そう言えば私は……一体どうしたのか。疑問が浮かぶ。
「黒竜を自分に封印するなんて無茶にも程があります。そんなこと守護神でもない彼女が……。だからお姿も幼く……・しかし、全ての時間をとられなくて良かった」
話し声が途切れ途切れになっていく。意識が消えそうになり、必死で手繰り寄せる。
手も、足も動かない。口も動かない。目も開かない。
「小箱に9割方封印できていたのが……大きかった。きっと……だ。
そして、彼の封印が200年ということは、彼女の……も200年封印されるだろう」
シャルロットは、生きた封印の箱になる。彼女の時間は200年凍結される。
「そんな大事の際にお傍にいられなかったなんて、悔しいです。
何のための助手なのか」
「我々は200年後に備えなければならない。
それから……から、彼女の俺に関する記憶は消さしてもらおう。
姿は変えるつもりだが、雰囲気から分かってしまったら……だからな。
それから、……を探して…………」
聞こえない。目の前が真っ暗だ。
『まったく、ジークハルトという男だけでなく、おぬしも貧乏くじじゃ。』
暗闇から声が聞こえた。
『でも、おぬしの魔力は嫌いではない。』
聞いたことのない渋い声だった。
『いいだろう。200年程度のことならしばし一緒に眠っていてやろう。』
この時間、好きなことに使うがいい。
シャルロットが目を覚ましたのは、それから1週間もたってからだった。
世話係の女の子が私が目を開けたのを見て飛び跳ねる。
「良かった。お目覚めになられたのですね」
アカデミーの白い天井が目に入り、手を伸ばすとぎゅうっと握り締められた。
「こちらに運び込まれた際には、かなりの量の魔力を失っておられましたが、もう大分回復なさっていますよ。
闇の魔王の封印はご成功されたのです。本当に、本当に、有難うございました」
シャルロットは知っている。封印は成功などしていなかったことを。
けれど、アカデミー側は事件をひどく簡素化した。闇の魔王は、アカデミーのシャルロット・ブーケが封印したと。
それは丁寧に修飾を施され、簡略され、そして飾り立てられた嘘だった。
地上で暮らす夢はしばらくの間お預けになりそうだった。こうなったらアカデミーのお金で研究するしかない。自分の未来のためにも。
ふと……魔王のことを思い出そうとして、よく思い出せないことに気がついた。
お城はどんなところだったのだろう。
魔王はどんな妖精だったのだろう。名前は? 闇の手にはどんな妖精がいた?
「記憶の断片によって封印の力が弱まるから、記憶が消されたのかしら」
キリルは魔力をほとんど失って、賢者の塔で暮らすことが出来なくなった。これからは地上で生きていくのだという。お別れにやってきた彼は寂しそうに微笑んだ。
「シャルロット様。私はもう魔力を使い果たし、お役に立てませんが、これから育つ人材の育成に精を出したいと思います。幸いアカデミーの知識は、これからの時代必要とされるでしょうから」
住むところはあるのか聞いたら今から捜すということだったので、彼女の家をそのままあげることにした。
「元気でね。またこっそり遊びに行くわ」
「シャルロット様も、腹など出して寝ないように」
外見はこんなになってしまったけど、心は100歳なのよ!と怒ると、キリルは「貴方のお役に立てそうな人材も探しときますよ。これでも私は、貴方の助手を務めていただけあって優秀なのですよ?」と笑っていた。
全てが終わった気がした。なにもかも終わったような気になっていた。
けれど、本当は先送りしただけ。
「200年後。私も地上に降りることを考えなければならないわね」
時間はたっぷりあるようでいて……全くないのだ。




