2 ☆3
目の前には学園長代理と、4人の妖精。そういえば先ほどからあまり先生の姿を見かけない。
次代の学園長候補は夢を追いかけていったっきり行方不明になってしまうし、何人かは隣町の大きな塾にとられてしまって、人手不足なのだそうだ。臨時でお願いしている先生が数人いるものの、本業があるから住み込みでは無理。
そうなるとベルナーさんの負担は大きくなるわね、と彼の苦労を思ってシャルロットは苦笑した。
ぎゅーーっと彼女の手を掴んだまま離さない少しつり目の黒髪の男の子の隣に腰掛けると
「シック、ずるーーい!!」
と茶色の髪の女の子が空いている方の手をにぎって来て、なんだか拘束される形になってしまっている。
「ファミィはいつもベルナーさんにべったりじゃないか」
シックが少し拗ねたように口をとがらせると、(その横へ順番待ちと言いたげに)とてとてと残りの2名も並んだ。慌ててベルナーが離させようとするけれど、なんだかモテモテ?のような気分だねぇ~と彼女はふわりと笑った。
でも、この体勢ではお茶が飲めないだろうに。
お菓子を与えられて子供達が静かになった隙にシャルロットは手紙を読んだ。手紙は特定の者しか読めないように封印され、かつ、数字ばかりが並んだ暗号になっているが、紙やペンを使わず彼女は読み進める。
そこにはアカデミーを出る際に薄々懸念していたことが書かれてある。……彼には、助手をしていた頃の経験を生かして、とあるお願いをしていたからだ。
これからのことを考え、どうしたものかと悩んでいると、
「もしよろしければ、この学園に滞在なさってください。
ついでに、少し手伝っていただけると、こちらとしては大変助かるのですけれど。
今後の方針が決まるまでで構いませんから」
有無を言わせないスマイルでベルナーが爽やかにお願いしてきた。
黒目がちの整った顔立ちに見つめられて、思わず「うっ」と言葉に詰まる彼女。
とりあえずどこかの街に家でも借りて、フィールドワークもとい隠居生活する予定だったのだ。
「とりあえず考えさせてください」
私研究者肌で教えるのとか上手くないですし、と付け加えると、残念そうにシックがシャルロットのスカートのすそを掴んだ。
「……」
もともと腰高位の大きさの子がこちらを見ると、自然と上目遣いになる。
「う……! そ、そんな視線で見つめられるとっ」
日頃、賢者の塔で大人ばかり相手にしてきた身にとっては、まるで小動物の期待を裏切ったような罪悪感にかられてしまう。キラキラした視線が眩しい。
「じゃあ、今日は一緒にご飯食べませんか?
私たちも頑張って用意するから」
水色の髪と涼しげな目元の女の子(最後に出てきたクールビューティーさんだ)が、おずおずと近くに寄ってきて微笑んだ。
――わぁ、可愛い
やはり、今まで周りは、外見はともあれ中身は相当年食ってる人が多かったので、こういうの、初々しくていいなぁ……なんて、少し絆されはじめている。
「お言葉に甘えていただきますね」
そう返事を返すと、扉の外から「やった!」とか「わあ!」といった声が耳に届く。ベルナーが足音をたてずに扉に近づき、開けると・・・
どどどどどどどどどどどどどど!!!!!
と、盗み聞きしていた子供たちが雪崩のように転がり入ってきた。
「う……わ???」
開けた方も見つかった方もビックリして、それから苦笑して、
「お恥ずかしいところをお見せして申し訳ない」
そう謝りながらも、もとが好意からくる行動だけにきつくも叱れなくて、
「皆、1週間全員で後片付けと掃除だからな」
なんとかそれで手を打ったのだった。
「はーい!」
重なり合った声は、どことなく嬉しそうだった。
1~2時間程度、近くの町へ買い出しに行って戻ってくると、大きな食堂に全員分のお皿と料理が用意されていた。
小麦を使った柔らかくて焼きたての白いパン、豆とベーコンのスープ、鶏の唐揚げ、庭で収穫した野菜のサラダ、砂糖漬けの果物。いつもの食事よりも豪華なのだろう、子供達の目が輝いている。
「あのう、ブーケさま? はじめまして、ムスリナと申します」
隣に座りたい!と希望者が殺到したため、公平にくじ引きで決められた席で隣になったのは、金色の髪のとても可愛らしい女の子だった。人見知りしていたのか、少し顔を赤らめてもじもじと、うつむく。
か……可愛いっ!
ラブリーです!
ピンクのレースのお洋服がとてもよくお似合いです。
ナイスチョイス!とシャルロットは心の中でガッツポーズをとりつつ、外面でははじめまして……と微笑む。可愛いものに弱いのだ。許して欲しい。クマのぬいぐるみをプレゼントさせて欲しいところだ。
「ブーケさまって、とてもすごい、まほうつかいさんだってききました」
いや、そんなことないです。亀の甲より年の功ですよ?
でも、なんとなくここは彼女が何かこっそりお話したいのかな?と思って聞いてみると
「あのう……とってもあこがれててすきなひとに、すきですって
つたえることができる、まほうってあるんでしょうか?」
と、持ちかけられた相談は恋する乙女のもの。
好きな男の子がいるんだね。にっこり笑って彼女にだけ聞こえる声で話し掛けると、ムスリナは真っ赤になってしまった。
ああ、無茶苦茶応援したい。
心から応援したい。
……でも、
「気持ちを伝えるのは魔法じゃなくて自分の言葉だからね」
ラブ呪文とか世の中には横行しているけれど、そんなものよりなにより一番すごい魔法は心から自分の思いを素直に相手に伝えることだよ。
大丈夫、きっと上手くいくから。
彼女の頭をなでると、ファミィがパタパタ走ってやってきた。
両手にフライドチキンを持って。
「ブーケさま!。きょうのってきた、ほうきのじゅもん、おしえてほしいの」
はい、とフライドチキンのお皿をくれる。
ムスリナとは対照的にすごくハキハキとした元気の良い子のよう。まあ、木に登って書斎の窓に張り付いている時点で相当なお転婆さんだが。
「もう少し大きくなって乗りこなせるほうきがあれば教えてあげられるんだけど……」
はたとそこまで言ってシャルロットは気づく。
いかんいかん、なんだか先生やる気満々じゃないの、私。
隠居生活が……これではアカデミーの喧騒の中にいるのと変わらなくなってしまう。
――それもいいかも、と思い始めている自分もいるのだけれども。