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シャルロットの日常  作者: アルタ
魔王復活
31/64

9 ☆2

 次の日の朝になっても、ミカエリスは戻ってこなかった。


「あれ?みかちゃんせんせーは?」

 ファミィがようやく気がついたように問い掛けたのは、太陽もすっかり上がってしまったお昼前のことだった。チェックアウト時間をすぎても戻ってこないので、とりあえず連泊扱いにしてもらっている。

「ミカエリスのおじちゃんならアカデミーやで」

 いつの間にかすっかり同じ宿でくつろいでいる金髪の商人リラレは遅い朝食を取りながら答えた。

 さりげなく、真面目な彼が傷つくセリフをサラリと吐きながら。


 その答にツンドラは目を細めるが、

「みかちゃんも忙しいのよ」

と、まるで他人事のようにやってくる可愛い妖精の姿を認めた瞬間、細めた目を綺麗に隠してぴとっとくっつく。

「シャルロットさん、それなあに?」

 見慣れない箱に、かわいこぶって質問すると

「ゲームなんだけど、ツンドラもやってみる?」

彼女は最近流行中だというゲームを指して笑った。


――格闘!フエレンジャー ~愛はホイッスルと共に~

 全く平和なものである。


 いや、今現在……(子供達は気が付いていないものの)こうして軟禁状態にあり、商人の姿をとっている見張りがついていることを考えると、そうのんびりしている場合ではないのかもしれないけれど。


「よっしゃぁ!。フォルスに5ヒットコンボ入った!」

「も、もう一回だっ!!」

「ワンド、次、私!」

 わいわいと楽しそうな子供達を横目にシャルロットは微笑んだ。そしてそのまま窓へ視線を移す。


 平和、か。

 思えば200年前は戦争戦争で、こんなのんびりした生活ではなかった。

 それこそ魔法使い達は自分が生き残るために魔力を磨いたものである。

 そう、一方的に自分たちだけが正しいのだと信じて。


 闇の手と呼ばれた魔王がどういう人物で、どんなことを考えて、何のためにやっているのかだなんて知らずに。

 その事実を知っているのはほとんどこの世に残っていない。

 故に、あの戦争は半ば伝説のように語り継がれてきた。


――昔、闇の手と呼ばれた魔王率いる軍隊が妖精国に攻め込んできました。

――それは突然のことで、一体どこから現れたのかも分かりません。

――帝王の軍は強大な魔法で森の一角をなぎ払い、たった一夜で城を立てました。

――そこを拠点として帝王は闇の魔法で近くの村を襲いました。

――生き残った妖精はいなかったといいます。

――これを受けてアカデミーから優秀な妖精がたくさん派遣されましたが、多くが命を失いました。

――魔王の城は天然の要塞であったため、ついにアカデミーから軍隊が出動します。

――そして両軍が衝突した時、その最悪な戦争がはじまったのでした。


 これを聞いて誰も疑問に思わないのだろうか?

 闇の帝王はどこから来たのだろう?

 帝王の城は何故森の中に立っていたのか?

 襲われた村人達はどうして殺されなければならなかったのだろう。

 そして、アカデミーから派遣され「命を失った」とカウントされる妖精達の死体の多くが見つからないのは、一体何故なのだろう?


 国中が戦争1色に染まっている中、シャルロットはアカデミーの1室でそんなことを考えていた。

 そしてある1つの仮定にたどり着けたのは、皮肉にも彼女がアカデミーに所属していたからである。

 そう、強大な魔力を持つ闇の帝王とは……アカデミーに所属する妖精なのではないか?


 分厚い実績の本をめくると、各研究生の成績が現れる。

 その膨大なデータから、過去に死んだことになっていて、かつ優秀な成績の妖精を探した。

 あの時、湿った図書室で震えながら調べ物をしたことを思い出す。

 隣では攻撃魔法の研究をして失敗した生徒が大怪我をして運び出されていた。


 「ああ、この人だ……」

 闇の魔術専門。

 主に禁呪を解く研究でいくつかの論文を書いている。

 そして、とある森へ採取へ出かけたまま戻らぬ人となってしまった。

 けれど、一体何のために行方不明になったのかも分からない。

 しかし、次の日の記録には彼が死亡したことになっていた。ただ、彼のスカーフが谷底で見つかっただけだというのに……。



――ジークハルト・ベッケンバウアー


 外見はひょろりとした背の高い、さわやかな青年に見える。この妖精が何故魔王と呼ばれ、なんのためにアカデミーに対立しているのか知りたくて、彼女は「打倒策の調査に行く」という名目で、軍隊についていった。

 伝説ではこう語る。


――うっそうと生い茂る異常なほど大きく膨らんだ植物の森を進む一行は

――暗闇の中にうっすら光る魔王の城を見つけた。

――そして……


 そして、シャルロットが戦闘の末、魔王を封印の小箱に封じ込めたということになっている。

 確かに彼女は魔王を封印した。それは紛れも無い事実である。

 そしてそれをアカデミーに預け、近寄らなかったのも事実だ。

 けれど、伝承と事実が違うように、彼女の行動と心の中も違うのだ。


 シャルロットは魔王のことが嫌いではなかった。



「シャルロットさん。僕の側にいてくれませんか?」

 誰も魔王の顔なんて知らない。ましてやその心のうちなど。

 シャルロットと一緒に行った部隊は全滅したことになっている。

 もともとアカデミーの少年兵だったのだが……確かに彼らの多くは亡くなった。


 けれど、誰が想像したであろうか?

 彼らを殺したのは、魔王などではなく、アカデミーの妖精たちであるだなんて。


 けれど彼女は真実を語らない。

 結果的に彼を封印したのはシャルロットなのだから。


――シャルロットさん。僕は。

 一気に200年分の記憶が駆け抜けたためか息が詰まりそうになる。


――200年後に会いましょう。

 200年も秘密を守れというのは、あまりにも長い長い期間でしょう?。


 ゆったりと流れる雲が、いつしか積乱雲へと急速に変化し、びゅうびゅう風が吹き始めたことにも気が付かず、シャルロットは外を眺めていた。横合いから手が伸びてきて、パタンと戸を閉める。


「シャルロットちゃん、雨が吹き込むかもしれへんし一応閉めといたほうがええんちゃう?」

「あ、うん。そうだね」



 歯車は回る。

 200年経っても錆付くことなく……・

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