7 ☆3
「シャルロットさん、そろそろいい?」
考え事をしているうちに、休憩時間の終わりを知らせる砂時計が落ちきっていたらしい。
各自にねずみ針金と星屑の紐を配る。一人一人大丈夫か、しっかりできているか、チェックをしてオッケイだったら乗ることを許可した。
各々魔力をこめておいたほうきにまたがり、風の精霊へ願うように集中する。最初はカタカタと揺れるようだったほうきが、ゆっくりと持ち上がり、10センチほど浮く。それだけで生徒達は大興奮だ。
妖精によって差は出るものの10センチから30、50、100と徐々に高度が上がっていく。
一応もしものときのために、落下時に受け止めるネットを風の力で編みこんで辺りに張り巡らせてあったが、気づけば屋根の高さまで上がっている子に気がついて彼女は息を呑んだ。
「ワンドー!降りてきなさ――い!落ちても自分の責任だからね!」
「はーい!」
「ワンドは元々風の精霊や火の精霊と相性が良いみたいだからな」
羨ましそうにセブルスが呟いた。彼の場合は相性が悪いのだろうか。地上から10センチ浮いたところで揺らめいている。
「おかしい。角度、房のカールまでシャルさんと似せたのに」
計算し尽くされたほうきは、しかし一向にとぶ様子がない。浮かんでいるだけだ。
シャルロットはうーんと腕を組んだあと、一つアドバイスをした。
「すーーっと空に浮かんでいくイメージを思い浮かべてみて?」
「“くも”のようにか?」
「“雲”のように」
すると、セブルスのほうきはうねうねとうねり始め……
枝が伸びて、地面に8本足で立った!
それって“蜘蛛”!??? シャルロットがクエスチョンマークを飛ばす間にも、セブルスのほうきはみるみるうちに、にょきにょき伸びて、1点を支点に高速上昇し始めた。
「うむ。やはりよく飛ぶな」
「有線です!それ、飛んでるって言わない!」
唖然としたような他の生徒を置いて、セブルスのほうきはにょきにょきと……蔦が伸びるように行ってしまった。
それが、買い物帰りだったミカエリスの車の前に踊り出たと知ったのは捜索後5分後のこと。蔦を辿るにしても長距離だったので、子供たちと一緒に追いかけるのに時間がかかったというのもあるが。
「本来コードレスが空飛ぶほうきの基本だけど、これはこれで一応移動できるし……ま、合格点をあげましょう」
「シャルロット様、もう少し安全な授業してくださいよ」
ビックリして急ブレーキかけたミカエリスは、いきなり目の前に妙なものが飛び出してきて寿命が縮んだとこぼした。
ほうきの授業があった次の日から、学園ではほうきが流行だ。晴れた日の昼休みなぞは、あちらこちらで浮いている妖精を目撃することができる。
ほうきも、本当は各自自作が基本なのだけれど、木にぶつかったり、振り回したりして折ってしまった子供や、更なる飛び心地を求める子供達は、おこづかいを貯めて市販のものを買っているようだ。
「でもシャルロットさんみたいなの売ってないんだよ。ショーウインドに飾っているのって、がっしり骨太でスピードも出ないし、あんまり高く飛べないし」
ファミィが財布を握ったままガッカリしたようにうなだれた。
二人でベンチに腰掛けて、わあわあと飛ぶ妖精たちを見やる。
「これはオーダーメイドだからね。
一人一人にあわせて作られたものだから……うん、売ってないんだ」
ほら、とシャルロットほうきの柄をひっくり返して見せると、そこには金文字でシャルロットの名前が彫り刻まれていた。
――我、生涯ブーケシャルロットに仕えると宣誓せり
じっと眺めるファミィはとても不思議そうな顔をしている。
「ほうきには命が宿っていないって、みかみん言ってたのに、このほうきからは何だか感じる気がするんだもん」
意外と鋭い言葉は彼女は体を固まらせた。
そう、ミカエリスの言うとおり普通のほうきには命は宿っていない。シャルロットのほうきにももちろん宿ってはいない。しかし、命の代わりに魂が込められていた。
ふわりと風が吹く。
風に魅せられ、空高く飛びたいと願ったほうき職人の魂。
二度と会うことはないけれど……作品はいつもそばにいる。
これから人生が始まる妖精と、
そして人生を終える妖精と、
いろいろな妖精とすれ違い、彼女はいろいろな物を受け取ってきた。
例えば、その妖精の人生が「何を残したか」ということで価値付けられるならば、いったい私は何を残して、どう思われるのだろう。……ちゃんとしたものを残せるだろうか?
少し感傷に浸って目を細めると、きゅっとシャルロットの手にほうきが押し付けられた。
「ん?」
一緒に手を包むファミィが、あまりにすまなさそうなので首をかしげると、
「別にシャルロットさんのほうきを欲しいとか、盗ろうとか思ったわけじゃないんだよ。
ごめんなさい。だからそんな悲しそうな顔はしないで?」
添えられた手に力がこもり、そのまま少し眉を寄せてうつむいてしまった。
どうやら気に病ませてしまったようだ。
シャルロットは安心させるように、「違うこと考えてただけだよ」、と前置きして
「今度一緒にほうきを作ってもらいにいこうね」
と微笑むと、何度も嬉しそうに彼女は頷いた。
このほうきを作った職人はいないけど、きっと次の職人がいる。
空中都市外郭、グレムリン通り、ライオネック横丁のデュランほうき専門店。あそこならぴったりのほうきががみつかるだろう。価格も応相談だし……場合によっては材料の調達を自分でしなければならないが。
「材料を調達するの?」
「魔力が強いほど、安定化させるのに希少な材料が必要になるみたい。
ちなみに私のときは、ドラゴンのうろこと不死鳥の羽と月下クリスタルの花びらが貴方の魔力の安定化に必要だからと説得されて、誰も恐ろしくて近づかなかった氷山までいってきたっけ。
あれも今はいい話だと思うけれど、最初は一体どこのかぐや姫伝説かと思ったわよー」
そのときのことを彼女が語って聞かせると、ファミィは楽しそうに聞き、そして付け加えた。
「大変だけど、私だけのオーダーメイドって楽しそう!」