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シャルロットの日常  作者: アルタ
ほうきのある方へ
20/64

7 ☆2

 湖の近くに来ると、シャルロットは持ってきた柳の苗をそっと水に浸けてゆっくり呪文を唱えた。

 これまで教えていたような簡単な魔法ではなく、精霊の力を借りてその力を使役する精霊呪文である。何を言っているのか、その単語一つすらも分からないが、子供達ははじめてみる精霊呪文に頬を染めて見つめていた。


 そうしてふわっと手を離したとたん、その柳は大地の精霊の力を借りてすくすく育ち始めた。それはもう通常では有り得ないスピードで。


「すげー!」

 ワンドが駆け寄ったときには、柳の枝はもう5メートル近くまで伸びていた。その枝はしなやかで、葉の色もなかなか艶やかである。くいっと引っ張ると、それは素直に頭をたれた。強度も申し分なさそうだ。


「それじゃあ、ナイフは持ってきたかな?。

 怪我しないように気をつけて、ほうきのしっぽになる部分の枝を切ってきてね」


 子供達の元気な声が聞こえる。他の学園ではナイフなんて危ないので使わせないと聞いたが、彼女はあえて使わせることにした。

 使い方さえ間違えなければ道具は自分のためになる。ナイフが良く切れること……それすら知らないまま、現実を知らないまま大人になることほど怖いことはない。致命的な失敗さえしなければいい、失敗をすることができなければ、それを回避する方法も学ぶことは出来ないのだ。


「柳を切る時、いる部分だけ切るのよ。そうそう、そこ、端っこのところ」

 それと、子供達には何かの犠牲の上に生きているということだってあると知っておいてほしい。そして、上手く共存していく術もまた身につけていかねば、結局自分に跳ね返ってくるのだ。

「その枝はまだ切っちゃだめよ」

 シャルロット自身も見本用に枝を切ったり、手助けしたりなんやかんやで、材料が揃った時には休憩時間に突入していた。




 昔々、まだ全ての精霊が妖精と暮らしていた頃、

 空を飛べない妖精と一緒に遊びたくて風の精霊が言いました。

「よく飛ぶほうきを作りましょう!」

 妖精も一緒に遊びたいなぁと思っていましたし、

 何より洗濯物がもっと上の方まで干せるとか、

 時計塔の修理が楽になるなぁとかおもったので、喜んで協力することにしました。


「風の精霊さん、まず材料は何がいいのかな?」

「良くしなる柳の枝でほうきの房を、

 硬く丈夫な樫の枝で柄を作るといいと思うんだ」


 2人は早速、道具を両手いっぱいに持って柳と樫の木から少しずつ材料を分けてもらいました。

 葉を払って、何度も水にさらし、陰干しを繰り返し……・

 最後にお日様の下で光をたっぷり含ませると、ほうきはふわふわ浮き上がりました。


「これでもっと色んなところで遊べるね」

 風の精霊は喜びました。

 妖精も喜びました。


 ほうきに風の精霊が飛び乗ると、ほうきは天高く舞い上がり、風を含んでゆっくり止まります。

 しかし、妖精がそのほうきに乗っても屋根の上より高くは飛べませんでした。

 それでも妖精は大喜びしました。


「精霊さんの眼から見た僕らの世界は、こんなにも小さくて……広いんだね」




 ほうきの材料をお日様の下で干している時に「よんでください」とムスリナに渡されたのがこの本だった。丁寧に読まれてきたのか、本文のページは少し日に焼けているというのに皮表紙にはキズ一つない。空飛ぶほうきの授業をすると聞いて図書館で借りてきてくれたらしい。


「……なんでこの妖精さんはあんまりとべなかったんだろう」

 ムスリナが首を傾げると

「経験の差じゃないのか?」

とセブルスがそっけなく答える。

 それにあまり口を出さないフォルスが割り込んできた。

「いや、単純に体重の差じゃないのか?。風の精霊と妖精では骨格も違うだろう」

 子供達の談義は止まらない。


「でも、シャルロットさんはおとななのに、すごくとんでたわよ。けたはずれだもん」

「んー、まあ私のは特別製なんだけれど確かに別の人が乗ってもそんなに高く飛ばないかな?

 シックはどう思う?」


 さっきからじーーっと材料を見つめたまま黙っているシックに話を振ると、彼は目をパチパチさせてちょっと笑った。


「多分だけど、そんなに高く……飛ぶ必要がなかったんだとおもうな。

 現に妖精はそれで大満足で、生活がしやすくなって、視野が広がった。

 下に何があるかなんて分からないような高いところを飛ぶ必要なんてある?

 そもそも妖精から見える空というのはせいぜい屋根までの高さしかなくて、そこまで飛べたら良かったんだよ」

「じゃあ、高く飛びたいって……思ったら飛べるようになるかな?」

 ワクワク目を輝かせて尋ねたのはワンドだった。


 シャルロットは今にでもほうきに乗って飛んでいきそうな彼の頭をゆっくりとなでた。

「勿論その人の魔力や、精霊との相性も関係しているんだけどね」

 きっと君ならすぐに飛べるとおもう。そう言うと、嬉しそうだった。



 ちなみに、ほとんどの妖精は魔力不足であり長時間飛べないため、低空用のほうきを使用していた(ショップでよく見かけるタイプだ)。その形もしっかり重力に対抗できるように柄を太く、房を多めに作られたものが多い。


「シャルロットさんのほうき、カッコイーなー」

 ファミィが誉めたほうきは、彼女は高速上空飛行用に作られた彼女専用の名工の作品だった。通常なら家宝として飾ってもおかしくない程度には年季が入っているが、まだまだ現役である。すわり心地が良いことと、意のままに動いてくれるところがシャルロットは気に入っていた。


 風の精霊が好きな香木を織り交ぜ、魔力を極力消費しないようにボディは磨き上げられ、様々なものが調合されているそれは、一般用のとは違って、柄は細く、房も抵抗を軽くするため少量になり、全体的にスリムなのが特徴だ。色もベージュではなく、しっかりと濃い茶色である。

 競技用のほうきはまたそれとは違って、芯がしっかりしているのだが。


 なお、魔力はあっても風の精霊との相性が悪い妖精もいる。彼女に近い例を挙げるとミカエリスだ。

 飛ぼうとしても揺らされたり飛ばされるため、お尻が痛いと顔をしかめている姿をアカデミーの研究生時代によく見かけたと、彼の同僚であるリロルは笑い話として話していた。(彼によると、ほとんど笑顔を見せないくせにひそかに女の子にもてるミカエリスが憎くてやった可愛いいたずらなのだそうだ。)


 彼の場合、ほうきで飛ぶという事実をいまいち信用しきれないのが原因かもしれない。

「セーフガードもねぇ、魂もねぇほうきなんぞに命を預けられません!」

とのこと。それで完成したのが、風の精霊の力ではなく、火の精霊他いくつかの精霊の力を借りた魔法のじゅうたんだった。複雑な呪文の組み合わせと珍しいマジックアイテムにより、大地からの反作用で飛ぶとか、理論を聞いたことはあったような気がする。


 それにしても、さすが由緒ある魔法アイテムだけあって、伸縮自在の魔法のじゅうたんは乗り心地が良かったなと、シャルロットは先日使ったときのことを思い浮かべた。

 常々あそこで昼寝したいなぁと思っていたのだけど、そんな時必ずみかちゃん同伴なので、なかなか……これが言い出せなかったのだ。

「シャルロット様一人で乗せたら、どこいくか……」

と同僚に呟いていたそうなのだけれど。

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