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シャルロットの日常  作者: アルタ
ようこそいらっしゃいませ
2/64

2 ☆1

「はじめまして。シャルロット・ブーケ様の地上でのお屋敷を借りているベルナーと申します。

 いつも当学園にお心を砕いていただき、本当に感謝しております。


 さて、前任の学長が、先日亡くなりました。その際の遺言で、お世話になったお礼に貴方様にお渡ししたいと残された品物があります。


 お忙しいとは思いますが、当学園までお越しくだされば大変有り難いです。

 子供達も一度ご挨拶をしたいと言っております。

 この家の住人全員が歓迎しています。是非お立ち寄りください」



 シャルロットは空中都市にある賢者の塔に住んでいる。彼女の実家は、地上世界の郊外というよりもむしろ辺境の村にあったため、例の事件の際に壊されることなく残った幸運な建物の一つだった。

 他に兄弟がいなかったため、それはシャルロットのものとなったが、当時はアカデミーに引きこもって研究をしていたことから、ずっと空き家のままであった。

 状態維持魔法をかけているとはいえ、誰もいない家はどことなく寂れた雰囲気を漂わせていたのであるが、ある日、ずっと自分を支えてくれた助手が退職するというので餞別として渡した。


 彼が身よりのない小さな妖精達を引き取って、小さな学園を作ったと聞いたのは、それからしばらくしてのこと。

 それから毎年、自分の財産から寄付をしてきたため、感謝状や学園の状況報告が送られてくることは珍しくない。


 ところが、なにがきっかけだったのか分からないが、この手紙を読んだ彼女はアカデミーの学長に面会し、朗らかな笑みを浮かべて除籍願いを提出した。


「んー。そろそろ隠居も良いかなぁって」


 長期休暇程度であれば、半年だろうが1年だろうが喜んで許可しただろう。

 退職願いであれば、まだ講師としてたまにアカデミーに来てもらうこと等お願いもできるのかもしれない。

 しかし、除籍である。それはある意味、これから先シャルロットにいっさい関わってくれるなという意思表示ともとれ、アカデミーは大騒ぎになり、幾人もの妖精が彼女に泣きついたというから大変だ。


「身寄りのない小さな妖精達のための学園として解放して差し上げるのは良いことです。

 けれど、シャルロット様を必要としているのは、小さな妖精だけではありませぬ。それこそ、シャルロット様しか頼りにすることが出来るお方がない妖精も大勢います。

 確かに、もう200年近くも在籍いただき、いつでも退職可能な状態ではありますが、まだまだ貴方様を慕って集まる妖精も多いのです。

 そんな私たちを見捨てられるのですか?」


 事実、優秀な人材が集まってくるこのアカデミーの目玉の一つではあるが、シャルロットにはそれ以上の魅力があった。

 しかし、必死の説得にも彼女は申し訳なさそうに首を振り「私がいなくても皆十分やっていけるわ」と返答した。



 結局誰の説得も成功せず、シャルロットは誰もいない研究室に戻り、大きめの鞄を取り出す。

 体の半分ほどもあるそれを奥の自室の入り口前に置くと、一瞬集中し、呪文を唱えた。鞄がぽわっと淡い光に包まれ、生き物のように口をぱくぱく動かしたとたん、するすると引き寄せられるように荷物が入っていった。


 あっという間に荷造りを終え、今度は白衣を今流行のドレープが綺麗なブラウスと、Aラインのスカートに着替える。

 薄くポイントメイクを施し、そっとピンクのリップを唇の上に乗せる。長いピンクの髪の毛先をくるんとカールさせて、とんがり帽子をかぶり、鏡を見ると可愛らしい魔女さん……じゃなくて妖精さんの出来上がり。


 最後にもう一度鏡でおかしくないかだけ確かめると、シャルロットはほうきの先に荷物を小さくして引っ掛け、トン!と窓から抜け出した。


 机の上には食事会やら論文研修の招待状。

 文句を言いながら整理してくれた助手のみかちゃんは出張中。

 きっと帰ってきたらびっくりするだろうなぁと思って、メッセージカードだけ残しておく。お詫びと感謝。交代したばかりなので、まだほんの短いつきあいだったけれど、文句を言いながらきっちり仕事してくれる彼が嫌いではなかった。


 またね。

 ウインク一つ残して。


 賢者の塔が小さくなり、アカデミーの敷地内をぐるりとまわるように大きな円を描いて飛ぶ。長年お世話になった地へ祝福を。 


「あーーーーっ!シャルロット様、もう出奔ですかー!?も~~~

 シャルロットさーまー! ちゃんと戻ってきてくださいよ~!

 外見幼いんですから、変な人に誘拐されないでくださいね―――!」

 聞こえてますかー?と拡声魔法で地上から門番が叫ぶ。

 大丈夫~!と元気よく答えて、手を振るシャルロット。


 「あの人、歳の割に秋波に疎いからなぁ……心配だよ」などと、呟かれていることを知らないのは彼女ばかりである。可愛らしい容姿に騙されてはいけないと分かっていても心配なものは心配なのだ。




 市街地を越え、空中都市の結界を抜けると目の前に鮮やかな緑の大地が現れる。虹が円形を描き、ところどころうっすら雲がかかって美しい。

 息を吸って、ゆっくりと吐く。気持ちがいい。


 久しぶりの地上は、開発が進んだのか地形も変わっているようなので、弓なりに流れる大きな川を目印にしつつ、上空を飛ぶことにした。

 リンリンと鈴の音が鳴る。

 町に近づくと、ずっと下の方で、町の門へ出入りする妖精達がほうきに乗って飛んでいく姿が見えた。


 飛ぶ……といっても、よほどの魔力がない限りこの世界では高く飛ぶことはしない。魔力が途中で足りなくなって落ちてしまったりすれば、それこそ命取りになりかねないからだ。

 けれど、彼女はそんなことお構いなしに、ぐぐーんとスピードを上げて、しばらく訪れていなかった自分の家を捜す。


 赤い屋根、とんがり屋根……高度を下げると可愛らしい家が森の中から現れる。風車が見えて、そうしてどんどん地平線に向かって進んだ先に日当たりの良い丘があらわれた。木々がたくさんある……その奥に光を受ける白い家。

「あ、あの家だわ。うわー懐かしい。十年ぶり?……あら? 百年振りだっけ」

 懐かしの我が家に思わず胸がいっぱいになった。

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