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Episode34 犯人

 廃工場内には断続的に金属同士がぶつかり合う音が響く。


「はあああああああああ!!」


 雄叫びと共に紅崎はStrengthに斬りかかる。が、力だけなら苦戦したJusticeにも劣らないStrengthには大してダメージを与えられない。

 Strengthは再び咆哮をあげると、こちらへ向かって突進して来る。紙一重でかわすが、それでもすぐ脇を駆け抜けて行ったので余波で弾き飛ばされる。


(速い……………それに力も凄まじい。とんでもない脳筋野郎だな)


 僅かな交錯で、そのように考察する。


『3枚コンボが使えないのは痛すぎるな』


『まったくだよ。でも、今の俺にはこいつらがある』


 Emperorの懸念に対して、紅崎はそう言って小アルカナのカードが入っているケースを軽く叩く。


『確かにそうだが、あの突進を止めない限りどうしようもないぞ』


『策ならある。心配するな』


 Emperorと会話していると、再びこちらへ向かってStrengthは突進して来る。

 それに対して紅崎は―――。


「Approve suit of Sword・Three」


 その音声と共にStrengthの周囲に3本の剣が突き刺さる。それによって動きを制限し、紅崎はその隙に1枚のカードを取り出す。

 そのカードはNo.11・Justiceだった。


(今までは他のカードと併用して使うことでダメージを減らしてきたけど、今は違う。この力を――俺は使いこなす!!)


 彼は強い決意と共に、


「Approve Justice」


 かつて自分を苦しめたカードを再び単体で使用する。

 紅崎が剣を構えると、別の金属音が鳴り響く。


「やってくれますね、姫矢美咲」


「あんたの自信の源、壊させてもらったわ。これであんたはもうStrengthを制御出来ない。自分の力だけで闘うことね」


 美咲がメーヤの持つ車輪に付いているダイヤルを撃ち抜いたことにより、Strengthは糸の切れた操り人形のようになり、静止した。


「悠一、今よ!!」


「任せろ、美咲!!」


 Priestessを封印した時とは逆になり、美咲が衝撃を取り除いて紅崎が止めを刺す。

 剣を突き刺すと、封印の刻印が浮かび上がる。紅崎は即座に無地のカードを投げる。戻ってきたカードには今まで通りNo.8・Strengthと記されていた。

 無事に封印出来たことを確認し、紅崎は美咲の援護へ向かった。





 紅崎が闘っていた場所から少し離れていた所で美咲とメーヤは闘っている。


「しつこいですね。いい加減楽になりなさい」


「お断りよ。ようやく救いたかった人を救えたんだから。こんな所で私は負ける訳にはいかないの」


 口調だけでは強気だが、実際のところ、美咲は劣勢である。件の車輪を盾のように使われ、こちらが放つ全ての銃弾が防がれていた。また、うかつにカードをスキャンすればStrengthのようになるのは目に見えていた。

 そのような理由により、今の状況はあまり好ましいものではなかった。


「仕方ないですね。奥の手を使いましょう」


 メーヤは呟くと、車輪からダイヤルを外す。

 その奥には――。


「目には目を、歯には歯を。銃弾には銃弾を、というのも悪くないですね」


「だったら拳銃にしなさいよ。ガトリング砲なんて卑怯じゃない」


 八門の銃身を持つガトリング砲だった。


「生憎、卑怯とかそのような考えは持ち合わせていないので。申し訳ないですが蜂の巣になってもらいましょう」


 言うや否や、ガトリング砲が火を噴き、美咲に銃弾の雨が降り注ぐ。


(マズイ。こんなにたくさんじゃ防ぎようがない)


 あまりの多さに立ち竦んでいると、


「Approve suit of Sword・Ten」


 十本の剣が隙間なく並び、壁となって銃弾を防いだ。


「Approve Strength」


 その間に、紅崎はStrengthの効果で力を上昇させてメーヤに斬りかかる。メーヤは掃射を止めて車輪を盾にするが、その程度のものではStrengthを止められない。

 紅崎は精一杯振り抜き、メーヤを壁まで吹っ飛ばす。


「ありがとう、助かったわ」


「さっきの礼だよ」


 カードをスキャンし続けることでそれなりの疲労が溜まるようであり、紅崎は肩で息をする。彼のふらつきを見て、美咲が支える。

 紅崎の息が整うのを待っていると、


「こんな簡単に吹っ飛ばされるとは困りましたね。このような屈辱は初めてです。死んでその罪を償いなさい!!」


 そう言うと、メーヤは紅崎達へ二つ(・・)の車輪を構える。


「ヤバッ!?」


「そんな!?二つも!?」


「誰も最初から一つしかないとは言ってないですよ!!さあ消えなさい、忌々しいコネクター共!!」


 憎しみに染まった叫びと共に再び銃弾の雨が降り注ぐ。今度こそ紅崎達には防ぐ手立てが無く、そのまま直撃する。


「うっ、がっ、ああああああああああああああ!」


「あっ、はぁ、ああああああああああああああ!」


 二人共その衝撃を耐えられず、苦悶の声を漏らしながら吹き飛ぶ。


「悠一君、美咲さん!?」


 その様子を見て居ても立ってもいられなくなり、長内が駆け寄って来る。


「来るな、長内!!」


「危ないから来ちゃ駄目よ!!」


 彼らの制止も虚しく、メーヤは長内に照準を合わせて再び引き金を引く。

 長内に向かって放たれた多数の銃弾は――。



「悠…………一……………………君」



 間に割って入った紅崎に全て直撃する。その様子を見て、メーヤは嘲笑する。


「身を挺して護るとは…………その女にそうまでして護る価値があるとは思えませんねぇ」


 が、それに一切動じることなく、紅崎は答える。


「うるせえよ。俺があると判断したからこうやって護っているんだよ!」


 紅崎の気迫に、メーヤは僅かながら引き下がる。が、即座に作戦を変更し、煽りの対象を美咲に変える。


「まぁ、そんな事は私にとっては無関係ですからどうでもいいでしょう。ですが笑えますねぇ。今の構図はまるで姉を心配して駆け寄ってきた妹が攻撃された時とそっくりですよ、姫矢美咲」


 美咲はメーヤの言葉を聞き流すことが出来なかった。


「何で…………あんたがその事を知っているのよ!?」


「自分の力の効力を調べていただけですよ。この力の、ね」


 可笑しさを隠しきれない表情でメーヤは長内に向かって手を伸ばし、一言二言何かを呟く。

 すると――。


「あ、れっ?」


 長内は地面に倒れたまま、動かなくなった。



「おかしいな…………脚が全く動かないよ」



 その光景は紅崎達に見覚えがあるものであった。ちょうど、今自宅に居るであろう美穂が入院していた時と同じ状況なのだから。



「まさか!?お前が…………お前が美穂ちゃんをあんな風にしたのか!?」


「えぇ。姫矢美穂をあのような状態にしたのは私ですよ。気付くのに随分とかかりましたね」



 紅崎の問いかけにあっさりとメーヤは自白する。


「じゃあ、メーヤさんがあの時居たのも…………」


「言ったでしょう、効力を調べる為だと。どんな方法で解除したのかは知りませんが、まぁ、姫矢美穂にはもう一度かければいいでしょう。面白いものですよ、他人の顔が苦痛に歪むのを見るのは。無駄な抵抗を止めなさい。私の予定をこれ以上狂わせるのは許しません」


 狂気的な事を平然と笑顔で言うメーヤを見据え、美咲は忘れていた感情を思い出す。


(こいつが……犯人。………私が…………ずっと探していた者……………やっと見つけた)


 今の心境を理解すると、どす黒い感情が溢れだす。


「…………す。………だけは…………に………す」


「何ですか?よく聞こえませんね」


 呆れたようにメーヤは再び問いかける。

 その問いかけに対して―――。



「Fortune、お前だけは………………お前だけは、絶対に許さない!!私が絶対に殺す!!」



 美咲は怒りに血走った眼でメーヤを睨み付ける。それを危険と判断したのか、Empressは必死に抑えようとする。


「落ち着きなさい、美咲!そんな状態だと――」


「Empressは黙っていて。これは私の問題よ」


 Empressの制止も聞かず、美咲はカードをスキャンする。


「Approve Chariot」


「はあああああああああぁぁぁぁぁぁああああああぁぁぁぁぁ!!」


 叫びと共に美咲は多数の銃弾を放つ。それに応じて、メーヤも反撃する。銃弾同士が空中で激突、反射して辺りに乱れ飛ぶ。

 この状況は動けないままの長内にはとても危険な状況である。紅崎は長内を抱き抱えると、近くの物陰に飛び込む。しばらくすると銃声も止み、静寂が訪れる。

 物陰から覗くと、美咲は肩で息をしていて今にも倒れそうである。それに対し、メーヤはほとんどダメージを受けずに立っている。


「この程度の強さとは期待外れですね、姫矢美咲」


「黙れ!!」


 メーヤの煽りを美咲は撃って黙らせようとするが、腕が震えていた為に照準が定まらず、とても撃てる状況ではなかった。

「撃たないならこちらから撃ちますよ」

 そう言ってメーヤは車輪を構えて――。


「Approve suit of Sword・Ace」


 紅崎がそれを阻む。

 それを見て美咲がこちらを睨みつける。

「余計な手出しはしないで、悠一」

「………、お断りだよ、美咲」

「何ですって!?」

「今の美咲は見ていられない。確かに自分一人の力で倒したい気持ちは分かるさ。それでも、出来ない事だってある。今がまさにそうじゃないのか?」

「だったら、どうしろって言うのよ!!私には……もう……」

 紅崎に自分の本心を言い当てられて、美咲は自暴自棄になる。

 そんな美咲を救ったのは紅崎の一言だった。

「俺も一緒に闘う」

 その言葉は予想外の一言だった。

「何でよ………何で……そうまでして私に優しくするのよ」

「言っただろ、美咲だから、困っているから放っておけないって。それに、おれもあの野郎にはいろいろと文句があるんだ。大人しく見ていろ、って言われても俺は大人しくしていないぞ」

 そう言って紅崎は美咲が立ち上がれるように支える。それと同時にEmperorとEmpressが治療する。

「悪いわね、Emperor。それに、Empressにも随分と心配掛けさして」

「気にする事ではない。悠一の願いを叶えただけだ」

「条件を呑むならさっきまでの事を水に流すわ」

「条件って言うのは?」

「これ以降はちゃんと悠一と協力して闘うこと。それだけね」

「ええ、分かったわ」

 信頼できるパートナーとの交渉をしている間に治療も完了し、美咲は再び立ち上がる。そこにはもう、孤独による恐れや憎しみといった感情が無く、悠一と共に闘うという想いしかなかった。

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